Mome Wonderland

Johannes
ヨハネ
いえ、いいえ。決して怪しい者ではございません。
貴女様との出逢いに感謝し、我が身をもって奉仕したいのでございます。
貴女様の護衛でも従者でも下僕でも椅子でもボロ雑巾でも、
どうぞ何でもお申し付け下さいませ。
性別 / 身長 / 外見年齢 / イメージカラー
男 / 184cm / 25歳 / アイリス(#8a80af)
好きなもの / 嫌いなもの
他人の世話、落ちにくい汚れ / なし
青いローブの男は七日に一度、ファンタスマゴリアの王都を訪れる。大小様々な小瓶が詰め込まれた荷車を引き、住人の悩みや要望に見合った薬を惜しげなく提供するのだ。男が町の人々から「薬師さま」と呼ばれ尊敬を集めるのには、大きくわけて三つの理由が挙げられよう。一つ、男が調合する薬の種類の豊富さと高い効果。二つ、誰に対しても分け隔てなく慇懃な物腰。そして三つ目は、頼まれればどのような依頼だろうと引き受ける本人の献身的な性格だ。薬の依頼は勿論の事、子守り、洗濯、鼠退治、配達代行、肖像画のモデル、結婚式の牧師役、クリケット大会の補欠、喧嘩の仲裁、矢の練習の的、エトセトラ。元より大病や死とは無縁の世界で薬師の出る幕が少ないとはいえ、その仕事ぶりはもはや「なんでも屋」の様相を見せつつあるが、当の男は嫌な顔一つせず「皆様のお役に立つ事が使命ですから」と語っている。それどころか無理難題であるほど生き生きと目を輝かせるあたり、些か“献身的”の域を通り越している感もあるが、それはそれとして。町では色々な意味で引っ張りだこの男も、普段は人目を忍び暮らす孤独な薬師。ひっそりとした森の奥のツリーハウスに棲み、動物や喋る老木など、摩訶不思議な仲間達と静かで慎ましい生活を送っていた。しかしあの日、空から人間が落ちてきた夜、男の日常は色彩が塗り替えられたように一変した。駆けつけた先で一人の女性に出会った瞬間から、男の世界は彼女を中心に回り始めたのだ。
他人に服従してばかりの人生だ。母親は子供が物心つく前に家を出ており、唯一の家族だった父親はろくに仕事もせず酒と女と暴力に溺れる生活を送っていた。眠っていたところを叩き起こされ、寝間着姿のまま半ば無理やり酒のツマミを買いにコンビニに走らされた事も一度や二度ではない。元より治安が悪い事で有名な地域であり、小中高と地元の不良に目をつけられパシリ同然の扱いを受けてきた。やがて地元から逃げるようにして東京の大学に進んだが、ここでも弱気な性格が災いしてノートの代筆や実験のレポートを押し付けられ、極めつけは卒業後に入社したブラック企業だ。来る日も来る日も残業に追われ、次第に身も心もボロボロになっていった。男を知る者に人物像を訪ねても「無口でおとなしい人」という答えしか返ってこないだろう。幼少期のトラウマが自我の発達を妨げ、自分の意思を持たず、気がつけば唯々諾々と他人の意向に従う事しか出来ない人形になり果てていた。希死念慮を抱く前から、とっくに幽霊のような男だったのだ。ある時同僚のミスを押し付けられ、上司から大目玉を食らった挙句減給を言い渡されて、辛うじて繋ぎ止めていた糸がふっと切れた。翌朝、男は死を決意した。男が25年の人生で初めて自ら選び取った行動は、電車が来ている線路に飛び降りる事だった。
♪ 羽山園 聖人(はやまぞの まさと)
♪ロールサンプル:A
(朝日より早く町へ下り、満月が輝く森に帰って来る頃には、色鮮やかな薬瓶を積み込んだ荷車はもぬけの殻と化していた。猫背の男はフードを目深に被り、眠る住民を起こさないように息を潜めて凹凸の多い道を歩いていく。夜の森はひっそりと静まり返り、夜行性の住民が時折鳴く以外には、行きより随分と軽くなった荷車を引くカラカラという音と、土で汚れたブーツが草を踏み分ける音のみが響いている。発光するコケを頼りに帰路を探し、男の身の丈よりも巨大なキノコが生い茂る一帯を抜け、川下から川上に向かって流れる小川に沿って進む最中の事であった。すぐ傍の老木が身震いするように枝を揺らし、ガサガサと枯葉を落としたと思うと、幹の模様が見る見るうちに老人の顔へと変化したのだ。「今日は一段と遅かったな」低いしわがれ声が言う。)ええ。皆様のご相談をお聞きしていたら、夜更けまでかかってしまいました。(老木に向けてフードを上げれば、揺らめく蝋燭の炎のように赤い瞳が姿を現した。荷車を下ろし、親密な微笑みを携えて会釈する。一方の老木は幹をよじって空の荷車に視線を移し、突然雷に打たれたがごとく目を見開いた。「底が抜けているじゃないか!」)ああ……お気づきになられましたか。(遅れて男も背後を振り向く。男がここまで運んできた木製の荷車は、小瓶の一つも残っていないばかりか、底板が壊れ致命的な大きさの穴が空いていた。 事の次第はこうだ。頼まれた配達を終えて戻る途中、ドレスがはち切れんばかりに太った女性に声をかけられた。歩き疲れたから家まで送ってほしいというので、荷車に乗せてやろうとしたところ、彼女の重量に耐えかねて底板がバキバキと悲鳴もとい断末魔をあげたのだ。)……で、仕方がないので馬車を呼んで差し上げました。最初は私が自力で運ぼうとしましたが、残念ながら力が及ばず……危うく、ご婦人の臀部に押し潰されて人間カーペットにでもなるかと思いましたね。(その時の感覚が蘇ったのか、胸元を掴んだ手がローブに皺を刻む。といっても俯き気味の男の顔に苦痛や悔恨の色は無い。むしろ笑顔である。何なら恍惚としていた。軽く呆れた様子で男を眺めていた老木が、ふと木片で出来た眉を持ち上げる。「朝に積んでいた薬はどうした?」)置いていきました。(「は?」)近隣の家に預けましたよ。中にモノが入っていたらご婦人を乗せられませんし。穴が空いた荷車ではとても運べませんし。(「――バカモノォ!!」 怒号が真夜中の森に木霊した。森の奥から風が吹き荒れ、フードを飛ばされた額に木の葉が直撃する。咄嗟に腕で顔面を庇い、吹き飛ばされぬよう必死に向かい風をやり過ごす事暫し。やがて静けさが戻った頃を見計らい、恐る恐る片腕を下げていく。)……申し訳ございません。確かに秘伝の薬を町に置き去りにするのは軽率でございました。この体たらくを師匠が見たら何と仰るか……。(暫しの沈黙を挟み、深々と頭を垂れた。己を責めるかのように眉根に険しい皺が寄る。男の薬は森で採れるハーブや鉱石を主な材料とする、いわば森の財産の賜物。それを外部の人間に不用意に預けたとなれば、男が棲むよりずっと昔からこの土地に根を下ろし、男のかつての師匠とも懇意にしていた相手が腹を立てるのも当然であろう。男とて薬がどれほど貴重であるかは深く承知しているが、如何せん人助けの最中はどうにも己の事に無頓着になる。自己犠牲というのとは少々異なるが、他者を前にすると自分自身の優先順位が極端に低くなる嫌いが男にはあった。)ですが……どうか怒りを鎮めて下さいませ。町の者はみな信頼がおける人々ですし、明朝には薬を取りに戻ります。……それに、ほら。今宵は満月でございます。一点の曇りも無く、美しい月ではございませんか。(顔を上げて告げ、男は天を仰ぐ。小川の向こう側の夜空に見事な黄金色の満月が輝いていた。空気が澄んだ森から見上げる月夜は町で見た其れよりも壮麗で、無意識のうちに双眸をうっとりと細めさせる。そう、今しがた語った通り、一点の曇りも無く――。 おや、と瞬く。磨きあげられた金皿のごとき月面に、よくよく見れば染みのような黒点が一つ。染みは段々と大きくなり、やがて人型の影に――というか、人間だった。呆然と眺める男たちをよそに見る見る落下し、)…………。(川を挟んだ向こう側で、木々のクッションが何かを受け止める音がする。老木ともども言葉を失ったまま立ち尽くす数秒間。一体何が起きたのか、正直なところ頭の整理が追いついていない。しかし、確かに人間が落ちてきた。この男が行動する理由としては、それだけで十分であったから。)……様子を見に行って参ります。(そう言うと、男は迷わずローブを脱ぎ川に入っていった。一番底が深い地点で腰まで水に浸かるほど。冴えきった冷水が両足のブーツに流れ込むが、構ってなどいられない。どうかどうか、無事でありますように――川を渡りきり、落下地点へと急ぐ男は、後の出会いが己の運命を狂わせる事になるなど想像もしていなかった。)