Mome Wonderland


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(とびきりの魔法を知っているの)
(うすく朝のひかりが満ちた部屋、目が覚めた。オフホワイトとピンクでまとめられた、誰も招いたことのない1DK。およそ2週間ぶりに手にするスマホに残る、宝箱のような検索履歴。怪我ひとつない身体に纏う、淡くミモザの描かれたパジャマ。——帰ってきたらしい。)……夢、……じゃあ、ないわ。(あまりにあざやかに色づいた記憶を脳裏に描いては、あの日と似た言葉をたしかめるように呟いた。左手の薬指に、あのキスの温度をそのままとじこめておけたら良かったのに。再会を手繰り寄せる魔法なんて使えないけれど、ベッドから出たらおまじないをかけよう。いつかあなたに会う日のため。髪を梳り、お化粧をして、鏡の前で笑顔の練習。——今日は、スカートを買いに行こうかしら。)

(どこかのワンダーランドに憧れるみたいに、『メリーランド』は今日も夢と笑顔をにぎやかに創り出している。相変わらずの颯爽としたモノクロパンツスタイルで、ゲストの目にはやはりハンサムに映るであろう“ジェットコースターのお姉さん”は、けれど近しい人々から見ればたしかに少しだけ変わった。イヤリングの象るリボンやハート、くちびるを彩る明るいトーン、どこかやわらかになった表情。『そういうの好きなんだ』と趣味を突かれれば少しだけ深く息を吸って「好きよ」と答えて、『恋でもしたの?』と問われれば分かりやすく幸福を香らせながらも曖昧に答えて、ちょっとだけ、同僚の間ではうわさの女の子になったりして。)——おかえりなさい!ハッピー・スプリング・メリーランドを、まだまだお楽しみあれ!(スリル満点の旅の帰還へアナウンスを投げたなら、休憩の時間。ふぅ、と一息ついてバックヤードへ向かう道を行こう。春らしいポップなモチーフに彩られたテーマパークで、今日もお城のフラッグは陽光を浴びてたなびいている。あの世界の、あの住まいとよく似た景色で、あなたを思い出さない日はなかった。——あれから、どれくらいの月日が経ったろう。私に並んで恥ずかしくない男になれたら、なんて、身に余るような言葉でおあずけにされている約束が叶えられる日はいつかしら——いやいや、”もしも“の再会がイコールお迎えだなんてロマンティックを夢見すぎかしら、白馬に乗った王子様じゃないんだから。いや、王子様みたいなところもあるけれど、)……それは“エース”の話、だものね。(——会えたら伝えたいことがたくさんある。知りたいことがたくさんある。どこかで生きるあなたの“目標”として想われているのなら、それだけで世界は愛おしく思えるから、あなたはいつだってとびきりの魔法だ。ショーの紙吹雪が春風に舞う道、人混みをゆく軽い足取りを、誰かがとめるだろうか。)
巡みこと 2020/02/27 (Thu) 23:56 No.25
(エース。そう名乗っていたのも随分昔のように感じれるくらい、戻ってきてからの日々は怒涛だった。人生設計の立て直し。人間関係の清算。リハビリの方針ももう一度医師と話し合った。救いだったのは人の噂も七十五日というのが現実で在ったことだろう。世間の関心が若造ひとりに向けられている期間は短く、代わりに男は自らの生をもう一度歩み直すことと相成った。――桜花爛漫。澄み切った青空の下、夢と笑顔を売り出しているメリーランドはファンタスマゴリアにも似てこそばゆい。ぞろぞろと歩く若者の集団はついこの前キャンパスライフをスタートさせた初々しい学部生。高校時代の縁故を辿って入ったサークルの親睦会。有馬も一応は新入生だけれど、ほとんどが未成年に囲まれてしまえば何だかもう引率の先生のような気分だ。きゃいきゃいと騒ぐ上京組の反応が微笑ましくて、ついつい眦が綻んでしまう。彼等があの地下のおとぎの国へ足を踏み入れたら一体どんな反応をしてくれるのやら。)――あれ、(不意にその足を止めたのは、ショーに歓声をあげる一群から目を逸らしたとき。「どした? 痛いのか?」とこちらの事情を知った上で気遣いを向けてくれる友人には「大丈夫、ありがと」と返したけれど、目線はいまだに人々の合間を行ったり来たり。そも、血を吐くようなリハビリの末、車椅子や杖に頼らず歩行が能うようになったものの、歩き方の癖は否めないし、常人のそれよりも足取りは鈍い。そんな男に不要な気を遣わずに誘ってくれるのだから、学部の性質を差し引いても根本的の気のいい人間の集まりだった。「探してる子を見付けたなら行ってこいよ。後で連絡くれりゃいいから」――そうやって背中を押してくれる優しさに甘えて、小麦色の髪を目印に歩み出す。花吹雪にまぎれぬよう目を凝らして追いかける。あの頃みたいには速く駆けることなんて出来ないけど。一歩ずつ、君へ向かって。)みこと。……っ、みこと!(距離にしておよそ五メートル。そこで堪えきれず声を張り上げ名を呼んだ。振り返ってくれるだろうか。仮に目が合ったところで、この程度の空白さえ容易くは縮められない男が困惑と歓喜を綯い交ぜにした表情でそこにいるだけ。ファンタスマゴリアに居た頃よりも筋肉量は衰えたろう。而れども困ったような笑い方は、あの頃と変わらない。)……まだ迎えに行くつもりじゃなかったんだけどなぁ。――見付けちゃったから。(まだ彼女に相応しい男になったとは思えない。時間も何も足りてない。それでも、再会を祝福する心持ちは真実で、どうしたって口角は持ち上がってしまう。)――ちゃんと憶えてる?(からかうような口振りで謳う。疑問形のくせに真っ直ぐに向ける視線の芯に宿るのは確信だ。うたかたの夢に消えた最愛のワンダーランドの記憶。もしも忘れていないのなら、新しい物語をいまここから始めたい。)
有馬丞 2020/02/29 (Sat) 23:34 No.49
(“有馬丞”。ふつうの人々よりは世間に通っているであろうその名前を、一度だけ、検索エンジンに問うてみた。こちらへ帰ってきて間もない頃のこと。あの日々や約束がまぼろしのようであってもうそじゃないことを確かめるように—だけど何だか、ちょっといけないことをしているような気持ちも秘めながら—一文字一文字をタップして、まるで英雄の物語のように書かれた記事に目を通しては、そこに彼の気持ちなど綴られてやしないことをいちばん濃く記憶した。彼の気持ちも、身体も、誰がどう語ったって彼のもの。これからもそう。ただそのいのちに手を伸ばした私がいたことが、どうか少しでも彼の支えとなりえますように、“頑張る“ことを選んだ彼が救われますように。そう祈ったなら、あとは誰に聞くよりもあなたのことを信じるだけだった。——あたたかな風に舞う紙吹雪に花吹雪。現実世界のワンダーランドに広がるいっそうのいろどりに紛れるように呟いた、呼べばいつだって駆けつけてくれた彼の名前。そう、こんな風な声で、私の名前を呼んでくれる、)——っ、!(“みこと”。——彼に名前を呼ばれるのが、好きだ。あまりに鮮明に、まっすぐ届く響きに、ローヒールパンプスが歩みを止める。小麦色を翻して振り向いた先。たったふたりきり、この道で立ち止まる、あなたの姿。)っ……あ、——丞くん……!(うそでもまぼろしでもない。呆然と立つ身体から、やっとその名前を絞り出した。変わらない笑顔にきゅうと胸が締め付けられて、まあるい瞳がじんわり潤み出す。ちょっとだけいじわるなクエスチョンにたまらず五メートルを駆けて、真正面からその手をぎゅっと握ることは叶うだろうか。)覚えてる、ちゃんと、丞くんのことも、エースのことも……っ——会いたかった……!(すぐそばでかんばせを見上げたなら、まるで時間や距離の方がうそだったみたいだ。いちばんに伝えたかった素直な気持ちを、潤んだ笑顔でまっすぐ届けた。ああ、この大きなからだがどれだけの道を歩んで今日まできたのだろう。生きていてくれて、見つけてくれて、本当に良かった。)ふ、ふふ、やっぱり、いきなりすぎるわ、”見付けちゃった“なんて。……ありがとう、見付けてくれて。うれしい。……丞くんも、ぜんぶ、覚えてる?(持ち上がる口角もおそろいだ。景色のすべてが祝福に映るくらいの幸福をそのままにじませ、あの日のつづきのような台詞にちょっぴりの擽ったさもひとさじくわえて、ふたりの物語がまた、始まってゆく。)
巡みこと 2020/03/01 (Sun) 20:24 No.60
(手を差し伸べてくれる人間なら幾らもいた。家族や監督、チームメイトだって真摯に気にかけてくれていた。まことに孤独であった訳ではなかったのに、ファンタスマゴリアへ招かれるほどに心が沈んだのは、結局は自分自身を認めることが出来なかったからだ。そういう意味では酷く傲岸な在り方をしていて、目覚めた後、こっぴどく両親に叱られたものだ。――生きる術を見出すことは決して容易くない。大学へ進学することで何かが解決するわけでもない。此処はまだ途上。果てなき道行きのほんの途中。)――…、(それでももう少し歩んでから迎えに行くつもりだったのに。運命ってのはいたずらで、けれど笑ってしまうくらい"運命"的だ。スローモーションで再生されているみたいに、振り返る一瞬さえも鮮やかに網膜に焼き付く。居合わせた客は今はもうエキストラ。たやすく埋められる五メートル。ファンタスマゴリアの頃と変わらない白いゆびさきの感触にくちびるを綻ばせる。むせ返るような春の匂いのなかで、とびきり甘いものが胸のなかに広がった。)うん、俺も。会いたかった。(ささやかな意地悪を紡いだのとおなじ口唇で蕩けそうな声が落ちる。多幸に酔いしれながら、誰より愛しいひとの笑顔に、自分もおなじものを返そう。)憶えてるよ、全部。……うん。何から何までおそろいだね。(いつかと似たような文句を口にして、手指を絡めたがる。そして、ようやく気づく。今日の彼女はファンタスマゴリアに居たときとは一風異なる。はじめに月から落ちてきたときと、よく似た格好をしていた。ぱちぱちと数度瞬かせて、思惟を巡らせること数秒。結論をはじき出すのに時間は掛からない。)仕事中? なら引き止めちゃ悪いかな。(そんなことを言いながら、まだ手を離せやしない。「大丈夫?」と軽く首を傾いで、彼女の予定を気遣う一幕も在りつつ。――ふ、と口元が花咲くときの軽さでやわらいだ。)俺さ、あんな冗談みたいな自分の都合のいい夢を見たのに……目覚めてからも"本当の夢"だったとか、"ミコト"は実在しないとか……。そういうことを、一度も思わなかったんだよね。(ともすれば盲目にも似た信頼を語る口振りはほろ苦さと照れくささが綯い交ぜになる。自分ひとりの空想とするにはあまりにスケールの大きな世界だった。登場人物だって濃ゆかった。"ミコト"と交わしたものを偽りに帰したくなかった。そういうのとはまた別の次元の話。何でだと思う? なんて、ちょっとだけ目線で問い掛けて――やがてはくしゃりと笑みを深めた。)ファンタスマゴリアはハッピーエンドが約束されたワンダーランドだったから。きっと、俺とみことにもハッピーエンドが待ってるんじゃないか……そう、思ってたんだ。(辿ってきた道程は平坦じゃないくせに、音にしてみたら随分と楽観的に響いた。それがどうにも気恥ずかしくて、もうひとつ問いを投げ掛けよう。)みこと。いちばん近い休日はいつ? デートしようよ。(衒いなく、真っ直ぐに、声に載せて贈る恋心。直球を投げて反応を楽しみたがるところは、世界が変わっても変わらない。 さあ、とびきりのハッピーエンドへ続く一頁を捲ろう。And they lived happily ever after――おとぎの国の続きを、君といつまでも。)
有馬丞 2020/03/03 (Tue) 01:23 No.74
(うれしさだって苦しさだって、誰かと比べて図るものじゃあない。にしても。ほんの一端だけ知った彼の境遇や心情、何よりも、あの世界に迷い込んだという事実を思えば、自分がここから抱えていった心の隙間なんて、とるにたらない、小さな小さなものだった。自分で自分を守れずに苦しむ女の子なんてきっとごまんといて、きっとどうにか戦ったり逃げたり受け入れたりしていて――どこにいてもどうにかはなってしまいそうな、ありふれたコンプレックスのほどけた場所が、あなたのとなりで良かった。――それから、もう一度、出会えて良かった。)ふふ、おそろい。……何か、まだちょっと恥ずかしいわ(蕩けるような声音が、おそろいの笑顔が、絡められる男の子らしい指が、体温をふわりと上げてゆく。正直にくすぐったさを零すのと一緒にはにかんでいれば、気遣う言葉が傾けられた。ほら、やっぱり、“エース”じゃなくなったあなただって優しい。優しくって、格好良くて愛おしくて、言葉とうらはらな手のぬくもりみたいに、いつだってずるい、ひとりの男の子。)ああ、大丈夫。今から休憩だったの。ふふ、出会った時とおんなじ格好して再会するなんてね。――ワンダーランドへようこそ、なーんて?(彼とおんなじ方にゆるく首を傾けて、あの日とは反対に世界へ招くような台詞を手向けてみる。「そっちこそ、誰か待たせているんじゃない?」と気遣えど、まだもう少し再会を祝福していたい気持ちはおんなじだった。――花咲く幸福な信頼に、ぱちくり、まばたきを数度、うん、と頷きながら聞き入った。そう、そうよね、と心がその言葉をなぞっては高鳴って、やがてくしゃりと咲いた笑顔に、愛おしく瞳をほそめた。)うん。――おとぎ話の終わりはハッピーエンドだって、私、言われたもの。だから、信じてた。……今の私たちは、エンドって言うより、つづきかな?それってもっとすてき。(今、私とあなたが佇むこの場所が、もうおとぎ話とは違っていたって、しあわせなつづきが始まりだしている。直球にちょっぴり息をのんでくちびるをむずむずと照れさせる彼女にとっては、また知らない世界の始まりだったりするかもしれない。匂い立つ幸福の予感を声に乗せて、)っ……あらためて言われると、そわそわするわ、もう。――次の、水曜日。会えるかな。(ゆびさきを絡めてデートの約束。ああ、水曜日までに可愛くなるおまじないを仕込まなくっちゃ。あこがれの中の話みたいで、気持ちがふわふわと花吹雪のように舞い上がってゆく。上目で見つめた彼のかんばせは、爽やかに甘やかな春の陽気によく似合うから、これからのストーリーのことだっていくらでも信じてみたくなる。――今、ふたりが佇むこの場所から。手をつないで、名前を呼んで、ゆっくりと歩んでゆきましょう。)
巡みこと〆 2020/03/05 (Thu) 01:06 No.80
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