(魔法の箱を通じて見るレイカより、こうやって見るレイカはずっと記憶の中に近い。もちろん変わってもいるけれど――大凡成長を拒絶する事は難しいと、俺は最近になって学んだのだ――それもまた、成長のひとつなのだ。)あ、これ?へへ、いいだろ。俺の好きな色。(紫の尾っぽを自慢げに揺らす。何気ない挨拶は非日常なんてなかったみたいだけれど、世界に帰って俺はずっと異端になった。けれど夜空を泳いでたどり着いたお月様での生活は案外悪くない。俺はヒューでも王子様でもなく、ただの俺で、お姫様に戻った少女の事をそうっと見守るだけで良かった。彼女には彼女の道があって、俺には俺の道がある。それは当然の事に思えたからだ。)俺の隣に?(だけど彼女はそんな事を言う。不思議がった双眸が月を模し、角度をつけて彼女を映す。ゆらゆら揺れる繋いだ手は、落ち着かない心地の表れ。差し出された紅に我らが女王の事を思い出した。ああ、あの癇癪!朝に出逢ったあの場所がなつかしくなって、俺は微かに笑ってしまう。)あーあー、それは早計ってやつだぜ。俺のことちゃんと知る前にそんなこと言っちゃうなんてさ。(夢の中とおんなじようににんまり顔。無防備なところがちっとも変わっちゃいないんだ。)俺はあんまり聡くないから、きっとたくさん間違えるよ。一般的じゃない寄り添い方も上手くできないかもしれないし、一般的な寄り添い方っていうのも実はよくわかってない。いっぱい怒られてきたし、これからもたっくさん怒らせるんだろうな。変な話だけど、俺さ、最近やっと歩き出したんだって感じなんだ。朝目が覚めたとき、時々自分が誰でここがどこなのかわかんなくなるし、陽優や母さんのこともまだ…、それは俺が向き合わきゃいけないことなんだと思う。だから…(一般的な寄り添い方が出来ないという点において、おそらくは慎ましいアイドルよりきっと俺は程度が酷い。馬鹿で乱暴な俺がまたふたりになる事は、夢みたいに美しくて、恐ろしく儚いことでもある。俺は終わりを知ってしまっているからだ。言い淀んだ言葉の先をもしも思うままに辿るなら、手の感触が消えてしまわないうちに。)…これからたくさん俺のこと、教えてあげる。きみのこともたくさん教えてよ。夢の中の出来事だけで、きみをすっかり理解した気になりたくないんだ。(ぽつりと雨だれのように落ちた言葉は月面に何と響いたことだろう。スニーカーの踵がコツコツ音を立てても身体はまだここにある。根無し草にも家が出来た。帰るべき場所が今はある。)その薔薇を俺にあげてもいいかなって、もし思ってくれるなら、はじめにいくつか約束してくれる?聞き逃さないように、ようく耳を澄ませてね。――消えちゃわないこと。壊れちゃわないこと。俺をひとりにしないこと。それから、俺を呼ぶときにくんはなし。(内緒話の声色は、花に触れるようにそうっと。陽優に焦がれた俺は、懲りず今は違うものになりたがっている。絶望の朝が希望に変わったように、今はもう取るに足らない事たちがあんまりに愛おしすぎて、本音を言うとちょっと困ってる。馬鹿みたいだけどさ、ヒューでも王子でもなく、性差すら投げ捨ててしまって、俺は俺を好きでいるために、ただの優吾になりたかった。だから。たったひとつの希求を音にするだけなのに、馬鹿みたいに緊張しちゃって息を吸う。ふたつの満月が照れくさがって欠けた。“だから”――ほら、呼んでよ。“麗花”。)
春名優吾〆 2020/03/04 (Wed) 18:28 No.78