Mome Wonderland


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(変わらぬ愛、私を思って。)
(ぱちり、瑠璃がひらく。天上へ向かって踏み切った足、隣のひとの気配、繋いだ手。すべてがリアルそのものだった“夢”から、いま目覚めたのだということが数十秒間わからなかった。青いカーテン、白いベッド、お気に入りのクッション抱いて起き上がってみれば、そこは見慣れた自室。バイト先からどう帰って来たものか、あのワンダーランドの月を通って我が家に還り着いたらしい。朝を迎え、右の耳朶に触れ、そこに夜空も穴もないことを確かめたのなら。)…トロイメライ。(でもあれは、ただの夢では在り得ない。枕もとにあったスマホで日時確認したそのあと、娘は朝ごはんを食べ昼からコンビニでバイトをし夜には帰って来て――求人サイトにアクセスした。出勤時に唐突に「ここ辞めます」と店長に言ったのは職場を変える為、二日後には派遣会社にて介護スタッフとしての面接受けていて。“初心者歓迎、学歴不問、未経験者OK”の文字に、なんの躊躇もなく三か月契約を結んでいた。トロイメライ――そのひとがいるのが病院かケア施設かはわからないけれど、ざっと調べたところ、要するにヘルパーとして働く為の介護職員初任者研修という資格があるらしく、娘はそれを持っていた方が良いと咄嗟に判断した。ゆえに一つ目のアルバイト先は、派遣社員として送られながらも先輩の指導の下、その資格のカリキュラム受講し修了試験を受けられる余裕のあるところに決めて。自宅学習と通学講習に時間使いつつ、シフト制で介護の仕事をこなす合間に、一か月で資格を取ろう。そのあとと言えば、どんなに条件良くても必ず三か月ごとに職場を変えてもらえるようお願いを。)トロイメライ、恋しいよ…、…でもね。役に立つ方法を、考えてみたから。よろこんでくれるといいなあ。(かのひとは眠りに支配され、現のこの世では生活がままならぬ。ゆえにこちらから積極的且つ広範囲にわたって“出逢えそうな場所”を探さねば、きっと会えやしないからと、娘は何言われようが、そのひと見つかるまで職場を短期で変えているのだ。派遣会社にはだから、妙な視線を浴びることもあるけれど――老人ホーム以外の医療ケア施設なら、どこにだって赴いた。)お疲れさまでーす、香迷定時であがりますー。(そんな生活を続けること、三年。あのひとは絶対にいる、夢じゃない、そう言い聞かせていても会えない焦燥と疲弊とが募る、そんな時間。あのころ高校中退や、生きることそのものに悩んでいた娘も三度の誕生日を迎え、もう二十歳。伽羅の髪は願掛けみたいに伸ばし続けて、いまでは腰にまで。だんだんと心許なくも思ってしまう春先「香迷ちゃん、ヘルプに入れる?」「ここ、埋めて欲しいんだけど」爛漫の桜はまだだけれど、日差しはやわく花壇にはローズマリー咲く玄関口の、そこを紹介されたのは三月のはじめのこと。二か月後にはあれから四度目の誕生日迎える娘は、いっとき同僚となるスタッフにまずは簡単なことからね、と食事の運搬頼まれ部屋を訪ね歩こう。)全室ふたりで回るんですね?了解しました。…はい、お昼ごはんですよー。(さてその間、話しかけるひとはあったか。三年。長い時間だったともおもうけれど、決して忘れやしないそのひと見受けられた折、瑠璃どれほど見開かれよう――しかして娘は、変わらぬ愛を、信じていた。)
香迷友愛子 2020/02/25 (Tue) 04:26 No.1
ああ、(目を開く。吐息を解く。ああ、知った天井だ。見慣れているにも程がある実家の自分の部屋だ。いつどうやって自宅へ帰ってきたか分からないが、スマホを見れば命を絶とうとした時刻からほんの少しも世界は動いていない。彼女はいない。また独り、──いいや。胸裏をけぶらせるほどに懐かしく、懐かしいほどに親しみを抱く夢は鮮烈に記憶として残っている。忘れていない。憶えている。数年の刹那を経た自分は、死にたがっていた頃とは確実に何かが違っている。だから勇気を出して、踏み出してみようじゃないか。どんなに鈍い歩みだとしても、君の許へ必ず辿り着いてみせよう。意思を固めて過ごす日々の中、留年の憂き目に遭うことなく大学を卒業して。瞬きの間に幾年も経たかのような、そんな心地を与えてくるほどに人生は足早に過ぎていく。そうして二十四になる年を迎える頃には、社会人、勤め人に分類される立場にあった。とはいえ良くも悪くもならない体質との付き合いはずっと続いている。二ヶ月か三ヶ月に一度、病院へ薬を処方してもらいに赴く他、年に一度は短期入院を要する検査もある。後者について正直言えば時間も金もかかってしんどい。頭の天辺から足先に至るまで、無数のコードを繋いで一晩眠る。変わらぬ検査結果に医師と肩を竦めあう。決して楽しいものじゃない数日は、それでも社会の中で生きていくために。何よりも彼女を探し、いつかきっと巡り逢うために必要なこと。だからこの春先にもまた、掛かり付けの医者がいる病院に足を運んだ。そして一晩かかる検査も終えて、今は入院二日目のお昼時。淡い空色の病衣に身を包み、個室の寝台に身を横たえて。鳶色の瞳を窓外へ向けている。点滴も電極も繋いでいない体の天辺で、開いた窓から吹き込む風に黒い横髪がやんわり揺れる。ぼんやりとした面持ちは明らかに眠気と戦っているそれで、──入院二日目となる今日は、三十分の睡眠と一時間半の起床状態を一定間隔で繰り返す。常用薬は禁止、起きているべき時間に眠ってはいけない。端的に言えばそういうものだった。)……何か、本でも持ってくればよかったな……。(枕に後ろ頭を預け、曖昧な声でぼやく。裸足の爪先に触れる掛け布団の感触が心地よく、うっかり気を抜けば上下の瞼がくっついてしまいそう。うつらうつらと微睡む意識を掻き集めるも、それもまた中々気力を費やすものだ。せめて楽しいことを考えて気を紛らわせようと思惟を遊ばせて、すれば最初に浮かぶのはやっぱり瑠璃の瞳。伽羅の髪。花の乙女。星夜の君。小規模な病院であるものの、此処ほど美しいローズマリーを咲かせる場所を知らない。だから、もしかしたら、出逢える瞬間は近づいてきているのかも──ああ、そうとも。何ら根拠のない願望だとも。)……ユメ。(うたうように口ずさむ。すると次の瞬間に病室の扉がノックされ、寝ぼけた声で応を返せば板戸はするりと開き。そして昼食だと知らせる声がした。)……、……。(自然と目を瞠ったのは、上体を起こしていたのは何ゆえか。願望か、本能か、きっと恋情だ。幾年経ても褪せぬ想いは瞬く間に蘇る。ある詩人であった頃より少し大人びた面立ちながら、湛える色彩は何ら変わりない。最早瞳に薔薇色こそ差さぬものの、代わりに心臓へ沁みる色になっている。)ゆめ、(まぁるく見開いた双眸にその女性を映して。寝台に上体を起こして座り込んだまま。吐息同然の二音は、余りにも滑らかに現へ生まれた。)
芥生了一 2020/02/25 (Tue) 20:18 No.3
(ここ三年で、生死に対する概念は少し変わったようにおもう。ひとの死とは何か、生とは何かと考える時間も完全には忘れていない娘だが、熟考し尽くすには時間が足早過ぎて何かと忙しない日々。ああ、あのひとはいまも無事でいるのか。出逢うまでは、ぜったいに大丈夫、と言い聞かせ。介護の仕事と謂えど、高等学校の卒業資格も持たない娘にできるのは精々がヘルパー業務。医師や看護師の資格取るのは到底不可能だったものの、逆に、それでよかったのかもしれない。激務とまではゆかぬシフト制勤務だし、何より娘の目的はあのひとを探し出すこと。時間は人探しの分、あまっているくらいでなくちゃ。その小さな病院の花壇にあるローズマリーは、殊更にうつくしい。何か予感めいたことがあったというわけじゃあないが、探し続けなければと今一度思い出させるきっかけにはなったろう。病院の白い壁、リノリウムの床、各病室並ぶ廊下にがらがらとカートを押して進み、個室のノックに返った寝ぼけたような声に束の間くちびる緩ませて。一人分の食事をカートから取り上げてベッドに向かう手順の中、トレイに乗せた昼食を落とさずに、コの字型サイドテーブルまで運べたのは僥倖だったに違いない。)――…トロイメライ…!(瞠った瑠璃が零れそうなほど驚いて、がちゃん、食事のトレイはいささか乱暴に着地する。開いた窓から気持ちの良い春風吹き込み、団子状に纏めた髪の下で露出した首筋を心地よく撫でていった。この国の大抵の人間に当てはまる黒髪だが、それはかつて烏の濡れ羽にも夜空にも例えた色。そのひとの瞳ははじめて出逢った夜の折の鳶色にひかり、あの頃よりすこおし大人びたかんばせながら、面持ちには変わらぬ色彩浮かんでいて。ユメ。娘はこの三年間、己の呼称をなるべく苗字の「香迷」としていたから、そう呼ぶひとは三年前から探し続けていた、)…トロイメライ、ミスター・ローズ。ううん…、…ううん、迎えに来たよ、りょういち!(そのひとはあの別れ際、フルネームを教えてくれなかった。ゆえに数々の病院やケア施設を歩き回った娘でも、判断付けるには患者の顔を直接見なければならなくて。捜索が難航したのは数々の施設回っても、名簿の一覧だけでは探し出せなかったがゆえ。)…りょういちって、漢字も、苗字もわからなかったから、こんなに遅くなっちゃって…!でも、でも、そうだよね、あなただよね…っ!(溢れ出す懐古とそれを上回る恋情は瑠璃にたっぷり潤い齎し、何度も瞬かせ、駆け寄った弾みで思わず介助バーにがたっと両腕を乗り上げよう。頑丈な作りのそれでなければ壊れそうなほどの勢い込めて、そのひとの傍らで大きな呼吸を。)そう、そう――ユメだよ。ゆめこ…ほんとうの名前は、香迷友愛子。あれからもう、三年になるけれど…はやくあなたに出逢わなくちゃって、これまで生きてる心地がしなかった。あなたを探すこと、それだけが私の光の道だったんだから。(ベッドに座るそのひとに、瑠璃きらめかせて力説しよう。逢えた。やっと逢えた――それだけで、どうしてこんなにも身体震えるのか。恋の訪れのように心へ染み渡る喜々のもと、娘は両手で口元を覆う。ついに巡り合えた。三年間で、これほどうれしいことは他になかった、と。)
香迷友愛子 2020/02/26 (Wed) 16:22 No.10
(昼食のトレイを運んできた女性へ、まず見せたのは随分と呆けた面持ちだっただろう。口ずさんだ二音も夢想を語るそれのようで、だけど窓から流れ込む風にとて何ひとつ吹き消されはしない。此処は現実。証左は数えるに余りある現。他人の空似ではないとは、他ならぬ花唇が紡いだ呼び名が示してくれた。トレイの着地音に肩が跳ねたのは単純に驚いた反射で、丸々と瞠った双眸は彼女から一分も逸らさない。瑠璃が薄い浅瀬を湛える様はさながら海のよう。介助バーの歓声も何処か遠く、二音を口にした後には吸い寄せられたように彼女を見つめたまま。それでも、)かまよい、ゆめこ。(享けたるほんとうの名前を、呼吸するように繰り返す。そうしたら眠気の倦怠が蔓延っていた肉体も息吹を得たかのよう。気持ちも体も随分楽になった気がした。三年。短くも長く、長くも短い月日。ずっと待っていた。探していた。花唇が細指に覆われる頃、動き方を思い出したように瞬けば口を開く。)ゆめこ。(ずっと待っていた。探していた。まるで今こそ夢を見ているようだ。焦がれつづけた少女は、記憶の像より随分と大人びて思える。互いの耳朶に星夜もない昼下がり。けれど間違いなく君なのだとは、もう疑う余地もない。)ユメ。……俺の、レディ・ローズマリー……、(呼べば鮮やかに蘇る想い出の花。もう一度ゆるりと瞼を上下させ、すれば双眸へ熱が滲んでいく。それでも眦も口元も和らぎを帯びて。)ああ、君だ……君だ、ずっと逢いたかった……君だ。(眩しがるように双眸を細め、昇らせる声にも春の喜びをありありと湛えよう。待望の瞬間を、隠さず、臆さず喜ぼう。)……そうだね。名前をちゃんと教えていなかった。それでも探し続けてくれて嬉しいよ。こうして、迎えに来てもらえたことも……本当に、嬉しい。(かの夢の国で、自分は彼女へ指針となるものをちっとも渡せていなかった訳だが。それでもこうして、本当に迎えに来てくれた。偶然ではなく必然だと、運命と呼びたい。それ以上に、互いの意思を結びつけた今であるとも思う。座る位置をベッドの縁の方へずらし、もっと近くで花の顔ばせを拝みたがった。)ほんとうの名前は……芥生了一、と、いいます。好きに呼んでね。(瑠璃を見つめ、やわとした声で真の名を、今こそ伝えよう。枕の方角にある病室の壁には、この入院患者の名札も貼り付けてある。けれど自分の口で彼女に伝えたかった。夢ではないのだと、本当に逢えたのだと、示す一助としよう。名乗れば両腕を伸べて、待ち侘びた花を抱き締めようとするけれど。はたと瞬いて、)……もしかしなくても、仕事中だったりする……? というか、この病院で働いてた……?(思うたことを問う最中、両手は彼我の狭間で宙ぶらりんに留め置こう。)
芥生了一 2020/02/26 (Wed) 23:03 No.14
(仕事時の常で、伸びた髪は団子状に纏めてうすく化粧もしている。三年分、しかも思春期から青年期へと移り変わる時期の、女子の変容は著しかろう。しかしてかのひとを呼ばう声音も瑠璃の眸も共に過ごした刻と同じく明瞭で、紫がかった視線を熱くそのひとへ向けようか。口元に当てた両手の中で、口吻がゆるむ。三年。あの頃はまだこどもの名残りまとっていた娘もいまは成人、無事おとなの仲間入りを果たし――この現にあって、かのひとへの“恋”を成就もさせられる年頃にまで成長を遂げた。ふたり決めた呼び名が、涙零れそうになるほど懐かしくって、いとおしい。)うん、ミスター・ローズ。できればあの時に名前、教えてほしかったけれど…見つけられたから、いいや。私もいま、すごくすごく…うれしい。泣きそう。(声は感動に打ち震え眸には膜張るが、流れは気力で押し留めよう。せっかく、やっと巡り合えたのに、涙で彼が見えないだなんてもったいない。鮮やかが過ぎる思い出の中のこのひとは、穏やかで、悲痛で、和やかな詩人で、嘆かわしいひとだった。いまもベッドに座っているということは、体質に変わりないのだろう、それだけは残念だが。)――…あざみ、りょういち。了一さん、かな。トロイメライならまだしも、この世界で呼び捨てにするのってなんだか気が乗らないし。了一さん、うん。…あれで「あざみ」って読むの?(先に音を聞いていなかったら娘には読めない漢字、枕もとのネームプレートにある「芥生」に首傾げ。それがかのひとの名前なのだ、そうほっこり胸を温めながら、ベッドの縁に寄り伸ばされた両腕へ――サイドレールを挟んで、娘の方から抱き着いてしまおう。)仕事中だけど、いいの。いまだけ。(ぎゅうっと胸いっぱい、かのひとの香りで満たそうか。ああ最後にこのひとを抱き締めた時には心痛んだものだったが、いまはちがう。運命の巡り合いでふたり揃い、共に生きてゆけるのだから――生きると、望んでくれたのだから。)…この病院へはね、一週間の助っ人で呼ばれたの。私ヘルパーやってるんだ、三年前から。(立っている娘の方が若干背が高いから、腕の中にかのひと囲うかたちになりつつそういった説明を始めよう。三年前、現実世界に戻ってきた娘が考えたこと。それは単純で、明快で、自分のわがままを仕事中にも通せるように、との思い付きからはじまった浅はかな作戦。)介護の仕事やってたら、なにかの時に役立つし。了一さんが眠っているあいだに、同じ場所で私が働いていたら、いつだって会えるじゃあない?たとえ了一さんが寝ていても、私は寝顔を見ていられるよね。(と、思って資格を取り、ついでに「了一さんを探し出すのに、三か月単位で医療施設をハシゴしてたんだ」これも白状してしまおう。すべてはかのひとに再び出逢うため、それが叶ったいま、山のように聞きたいことがある。)そいえばね、了一さんは何歳?いまは何をやってるの?入院はいつまで?(ああ、時間がぜんぜん足りないわ。はやく、もっと、ずっと一緒にいられる確約だって、ほしかった。)
香迷友愛子 2020/02/27 (Thu) 12:03 No.21
(伽羅の髪も今はひとつに纏められ、乙女の顔ばせも女人と呼ぶに相応しい顔つきになっている。何分異性のことには疎いままだったから、化粧の効果がどれだけのものかは判じられないけれど──三年という月日が確かに流れているのだと、そう感じずにはいられない。それでも紫がかる瑠璃の鮮やかさは変わらない。その眼差しを受ければ胸が高鳴るのも、やっぱり変わらないままだ。)そうやって呼ばれると……不思議な気分だ。……とても、いい気持ちでもある。(敬称をつけずに呼び合っていた日々を思えば、今時分の遣り取りは何だか擽ったくもなる。「そう、あれで"あざみ"って読むんだ。初見じゃ難しいよね」とも笑って添える。ほんとうの名前を教えあうだなんて想像もしていなかった。だけどずっと夢見ていた。焦がれていた。再び眼差しを、声を言葉を、温度と感触を交わしあうこと。)……そう? じゃあ、遠慮なく。(伸べられた細腕に包まれて、ほとりと瞬くも一度きり。すぐに微笑みに返り、此方からも手を向けて抱きしめ返そう。その胸元に頭を預け、懐かしいほどに思い出深く、待ち望んでもいた温もりに浸ろう。そのまま耳を傾ける中、彼女が此処にいる理由と経緯を聞き享ける。すればまた目を丸くして、込み上げる感慨のままに再び面差しを和らげた。ああ君は、本当に君は──、問い音に返す響きは長閑に、緩やかに。まるであの夢の日々の続きのように。)七月に、二十四になる。今は……在宅で、英会話の講師をやってるんだ。入院は明日まで。朝には退院するよ。(されど語るは現。それでも声は少しも悲嘆に染まらない。)……此処から、電車で一時間も掛からないところに実家があるんだけど、そこで暮らしてる。この病院には何ヶ月かに一度、薬を貰いに来て……年に一度、こうやって検査のために入院してるんだ。……君のいる一週間の内に、来られてよかった。(そこで一度言葉をきり、ほんの少しだけ腕を緩めながら上方を仰いだ。すれば花顔と、瑠璃と相見えるだろうか。微笑み携えて、君を見つめられたらいい。)友愛子。 ……で、いいかな。友愛子さん? それとも、ゆめ?(呼び方を探って幾つか口づかせる音節は、どれもが多幸を齎してくれる。彼女はどう呼ばれるのが一番いいだろうかって、そういうことを考えるのも楽しかった。)三年前からヘルパーをってことは、戻ってからすぐ探し始めてくれたってことだよね。……君のおかげで、こうしてまた逢えた。俺が病院を変えることはないから、また此処で逢えることもあるんだろう…──けど、それだけじゃ物足りないなぁ。(のんびりとした語り口は変わらぬも、ひとつ叶えば願いは次々と膨れていく。希望と呼べるそれは、しかし最早夢想ではないのだろう。)ねえ、今は……何歳? ……職場以外でも、俺と一緒にいてくれる気はある?
芥生了一 2020/02/28 (Fri) 00:14 No.26
(初見ではむつかしい苗字に「カッコイイ…」眸輝かせながら、ふと内心で、結婚したら芥生友愛子かあと思って頬赤らめよう。かのひとを目の前にしていささか早過ぎる妄想なので、ふるり、戒めのごとく首振って忘れようとしつつ。遠慮なしに伸びた大きな手が、ひどく懐かしかった。)七月。何日?私はね、五月十二日が誕生日なんだ。英会話の先生って、すごいなあ。勉強なんか一切合切嫌いだけど、了一さんが教えてくれるなら私もやる気出ちゃうよ。(だって大好きなひとから教えてもらえるんだから、そりゃあ気合も入るだろうって意気だけれど、それが当てはまるのは娘だけだろう。ああでも素敵な先生にうっかり憧れて、惚れちゃう女子生徒だっているかもしれなくて。かのひとの生活の一部を知っただけでは全然物足りず、もっともっとと強請るように言葉が口をついた。)じゃあ了一さんがこの病院に来るのは、珍しいんだ…!私もたった一週間の助っ人だし、やっぱり私たちって…運命だったんだよ。きっと。巡り合うように定められてるんだって、探してる間も信じ続けていて、ほんとうによかった。(私のいる一週間。そんな偶然、早々あるわけない。確率だって低いだろうに、でもふたりは、何かに導かれるように再会できた。これが運命でなくてなんだろう。恋情高まり、胸に預かったかのひとの頭の重みが心地よく、じんとしたしあわせ噛み締めて。身動ぎに腕を緩めたなら瑠璃まっすぐ鳶色へ、見つめ合っては頷いて。)友愛子、ゆめ、どっちでも、了一さんがしっくりくるほうで呼んでほしい。名前を呼んでもらえるなら…ほんとうに、どっちでも。(発音こそ明瞭なものの、感極まってそれ以上は詰まってしまって。そのひとの言葉をゆっくり噛み砕き、探し出そうとした努力が無駄にならなくて「ほんとうによかった」を繰り返す。)そう、夢から醒めたその時に、了一さんのためにできることを考えたの。…え。だめだよ、ここで会うだけじゃぜんぜん足りない!そんないじわる言うなら、明日の退院のあとをつけていくからね。(何よりかのひとと共にいたいという欲に塗れて、夢中で、脅すような口振りになってしまいながらも、かんばせには楽し気な笑み乗せて。病院で会うと言ったって、娘は一週間後には違う職場だ、これは上に頼み込んで契約を直さねばと思いつつ。)歳は、はたち。あの頃は未成年だったけど、もう立派におとなだよ。職場でだけだなんて、今度言ったら怒るからね。あ。いまスマホある?(そのひとからスマートフォン貸してもらえるのならメッセージアプリ起動して自らの連絡先を登録、借りれぬのなら電話番号だけでもメモに残しただろう。)了一さん…あの、あのね――…だいすき。あいしてる。(気恥ずかしさはたっぷりあるが、だって、伝えておかないと気が済まなくて。ふたり再び出逢えた奇跡に胸いっぱいの想い宿して、瑠璃は鳶色を覗き込もう。)
香迷友愛子 2020/02/28 (Fri) 15:19 No.33
七月の一日。……そうか、君は五月の十二日か。憶えた。……オンラインでやってるから、気が向いたらいつでも言ってくれよ──…なんて。直接逢えた時に教えるのもいいね。(四方や彼女相手に営業を仕掛けるはずもない。病院に在りながら戯れ調子を昇らせて、けれどふたりきりの今に何の罪悪感を覚えよう? 心地の浮力は蝶の羽ばたきに似ている──浮かれ心地になるのも仕方ない。だって彼女の言うとおり、運命の巡りを信じたくなる再会なのだから。こんなにも近しい処で、瑠璃の瞳を見つめることが叶うなんて。昨日の自分に聞かせてやりたい。そうしたら億劫な検査だって、変わりない結果だって、無味乾燥とした診断書だって、もっと違った心地で臨めるはずだから。)そう? ……なら、友愛子。……友愛子。(彼女の言葉の輪郭こそ明瞭ながら、その音節が孕む心地は今にも爆ぜてしまいそうだと感じる。それは此方も同じことで、喜びと幸に浸っているはずなのに胸が詰まる。確かめる響きにて呼ばう、そんな幾つもの瞬間もまた世界の明度を上げていくかのよう。乙女から女性へ、それでも移ろう最中の齢とも言えるだろう時代を往く彼女。耳打つ音は瑞々しく、澄んだ想いに満ち、猜疑なんて生まれる訳もない。だからこそ"退院した後をついていく"なんて健気な言葉にも、楽しがる笑気を幾つか転がしてしまう。)そうか。……二十歳か。自分で考えて、望む方向に進んでいける年齢だ。……俺を選んでくれて嬉しいとも、心から思う──…もちろん、職場でだけだなんて、もう言わないさ。(笑って頷いて、スマホの所在を問われればまたひとつ首肯を刻む。寝落ちしそうになって見るのを止めていた端末は、枕の下に。片手を伸べれば事足りる距離。繋がりは望むところだ。よって彼女の手へ素直に機器を委ね、連絡先の交換が済めば「ありがとう」と、いっそう面差しを綻ばせて受け取ろう。して、今だ解かぬ近しさに在って、今一度花顔を見仰げば──目を瞠る。)……うん。(覗き込んでくる眼差しに、心へ灯る温度に、君の実在を知って相好を崩した。)俺もだよ、友愛子。大好きだよ、愛しているよ。やっと……何も憂わず、君に言えるんだ。君を、本当の恋人と呼べるんだ。(多幸に笑み、そうして囁こう。気恥ずかしくともほんとうだから。君だけを待ち望んでいた月日の果ては、こんなにも喜ばしい。しかしながら、呼ぶだけで満たされるならば、再会を切望まではしなかっただろう。お互いに。見つけてくれたのは彼女。ならば今度は自分が、運命を実らせるために口を開こうではないか。)ねえ、友愛子。……ひとつ、相談なんだけど…──、一緒に暮らさない?(敢えて長閑に、緩やかに尋ねてみた。実際は心臓が実に煩いし、何だか変な汗を掻きそうな気もする。答えを得る前に、眼差しをそっと横に逸らして、)……、……そしたら、一緒にいられる時間も長くなるし。お互い無理して時間を作らなくてもよくなるし、……。(ぽそぽそと理由を呟き落としてみるも、それで心強くなる訳でもなかった。だから勇気を出して、また瑠璃を見つめ返す。)なにより、俺……もっと、ずっと、友愛子と……一緒に、いたい、から。(擽ったさを隠せない。だって叶ったならば、今のような、もしかしたら今以上のしあわせが永らうと想ったのだ。)
芥生了一 2020/02/28 (Fri) 21:02 No.34
(「夏だね」暑くなりそう、と口の中で呟きながら、なるほどオンラインかとひとつ瞬いた。自宅でと言っていたから招いて教えているのかと思ったが、そうだ、今はパソコン一台で事足りる。ただし娘は、無機質なディスプレイ越しに会う気などさらさらなく。こうして向かい合って名前呼ばれる方が、断然気分が良いもので。)うん。…はい、友愛子です。そだね、相変わらず考え過ぎちゃうこともあるんだけど…了一さんと出逢ってから、何か掴んだ気がするよ。生きるってひとりきりの戦いじゃあない、ってこととか。(かのひとがくれたたくさんの優しさとやわらかに包み込むかいな、きらきらと輝く言葉たちのおかげで、娘の“人生について”も中々落ち着いた。不完全こそ、経過こそ、迷いこそ――生きているってことで、それがわかったら、すこおし呼吸が楽になった。千差万別、道はそれこそ多岐にわたる。どんな人生にするかは娘の選択肢の限り広がっているのだ。連絡先打ち込こめば「いつでも鳴らしてね」仕事時以外ならば優先度一位のひとにそう告げて、満足そうにスマホ返そう。唐突な愛の言葉だったけれど――受け止めてもらえたなら、恥じらいながらも瑠璃逸らすことなく。だいすき、あいしてる。ふたりの間に飛び交う情愛がこんなにもやんわりと、くすぐったい。呼ぶ声鮮やかに色付く中、改まった相談の音になあにと相槌打とうとして――かのひとの提案に息を呑み、眸まあるくして、それから、)――…いいの?ほんとうに…一緒に暮らして、いいの?(ああ語彙が足りてない、と瞬いた瑠璃は逸らされた鳶色追いかけつつ、連ねられた理由を咀嚼して、めくるめく心地で情報処理に脳を費やそう。)…あの、いま私は兄と二人暮らしなの、アパートで。ここから車で三十分くらいの場所。もし了一さんが良いならね、兄を追い出してアパートに一緒に住むか…それとも私が了一さんの実家へいく?ご両親はご健在?邪魔にならないかな…!(ばたばたしがちな早口で、かのひとの両手を救い上げてきゅっと握り。一緒にいたい、一緒に暮らそう――それをこのひとが言ってくれた、今日いちばんにうれしい瞬間だった。握った手を一瞬離せば、ポケットから一センチ角の煌めきを二粒取り出そう。黒く丸い台座に、一回り小さく細やかにカットされ、多角的に光を放つラピスラズリが乗ったピアスだった。)…これ、夜空と星のピアスに似てたから、了一さんに会えた時にぜったい渡そうって決めてて。今はピアッサーがないから、預かっていてくれる?(仕事着でも肌身離さず持っていたあたらしい夜空、かのひとの掌に落としたら。あっ、と急に声上げて、)お昼ご飯、これ以上遅れたら怒られちゃう…!了一さん、明日の夕方仕事が終わったらかならず連絡するから、待っていて!ねっ!(昼食の運搬を頼まれた身で随分と話し込んでしまったけれど、娘はここに仕事に来ているのであって。慌ただしくそう言ったなら、くるっと回転して忙しく部屋をあとにしようか。)

(して、翌日。助っ人業務二日目を滞りなく終えた娘は、一日中上機嫌で過ごして夕刻迎えよう。入浴介護を最後にシフトから上がり、ロッカーで着替えてスマホを操作。かのひとには「了一さんの家の最寄り駅ってどこ?」そう連絡入れて、返答あればマイカー運転して駅へ向かう道を。いきなり自宅に上がり込む度胸はなかったから、駅前のカフェで待ち合わせでも良い?と何度かやりとり重ねたはず。外で待ち合わせなんて、ふつうのデートみたい――なあんてちょっと、いやさかなり、内心にて浮かれながら。)
香迷友愛子 2020/02/29 (Sat) 05:05 No.40
……そうだね。君の言うとおりだ。(生とは孤独な戦いではない。悩みこそすれ、頼れるものがあるならば、独りで突き進む必要はない。忘れていたこと、思い出したこと、新しく知ったこと。すべてが、独りじゃ決して得られなかったものだ。あの寂寞や悲嘆を遠ざけ、傷を癒してくれる縁を大切にしたいとも思う。受け取った端末をそっと握り締めると、いつもより温かい気がした。)うん。……そうしたい。(一緒にいたい。だからって、突飛な提案だったという自覚はあった。だから見守る先で彼女が驚きを見せても、寧ろ得心を抱いていたものだけど。諾に等しい言葉を受け取れば、安堵交じりに面持ちを緩めた。)そうだな……君が言ってくれたのもいいね。それか、ふたりで……一緒に暮らす部屋を、探すのも楽しいと思うよ。その辺りもまた、話していきたいね。(元々ある居場所にて暮らすのも、安住の地をふたりで探し求めるのも──彼女の兄にとっては青天の霹靂やもしれぬが──どちらも明るいものを思い描けた。今は彼女の意向を聞ければ十分で、細かい部分は今後詰めていけばいい。そうも思えば預かり物に意識は容易く移ろって、)ああ、ほんとうだ。……うん、大事に預かっておくよ──…いってらっしゃい、待っているよ。またね。(煌く二粒はいっそ懐かしい。和らぐ目元をそのままに、職務へ戻る彼女を見送ろう。さよならではない言葉を贈る声は柔らかく、さながら窓外を暖める日和のごとく。いってらっしゃい。また逢おう。夢見るのではなく、そう言える現実を噛み締める。)

(翌日、恙無く退院した。病院を後にする足取りは、特段急くでもなく長閑なもので。短期入院をする時期は、なるべく土日に被るようにしている。更には月曜に有給を取るようにも心掛けているから、退院の日はいつも時間に余裕があった。常ならば帰宅した後も休養しているところだけど、今日は母へ「あとで出かけてくるよ」と伝えて──驚いたような、それでいて何処か安堵と喜色も垣間見える親の顔が何だか新鮮だった。夕刻の頃には彼女との遣り取りを経て、最寄り駅の名前を伝えてから再びの外出を。シャツの上にセーターを重ね、薄手のコートを着れば障らぬほどに春近しい此日。待ち合わせの場所としたカフェへは一足先に到着しており、窓際のソファ席にて待つこと幾許か。硝子の向こうに待ち人の姿を見て取れば、軽く手を振りもしただろう。)友愛子。おつかれさま。(彼女を迎えての挨拶は、変わらず長閑に。「何飲む? ここはケーキも美味しいよ」とメニューを差し出しながら、彼女と初めて共にした朝食の席を思い出したりもした。こうやって笑って懐かしめるのも、彼女と過ごした時間と再会があるからだ。)──…ねえ、友愛子。君は、せっかちな男をどう思う?(落ちついた頃に、謎かけのように切り出す調子もまたのんびりとして、夢の終わりに見せた嘆きも、それこそ夢幻のよう。)
芥生了一 2020/02/29 (Sat) 17:34 No.43
(周囲との差に悩んで、どうにもひとと違うらしい、だなんて風に自分を追い詰めて、友人をも積極的に作らなかった娘だが、ひととの触れ合いが一部だけでも面倒でなくなったのは、明らかにかのひととの出逢いがあったから、そうに違いない。こちらに戻って介護職についてからは、だからすこおしばかり人当たりが良くなっているとか、いないとか。兄の愛斗と一緒に家を出たのは、娘が齢十八の頃。継母との確執が悪化して、友愛子と愛斗が二人で暮らすことを条件に、父親から家を出る許可が下りたのだ。それからずっと、さほど仲良しとは言えずとも、まあまあ生活には困らない二人暮らしだったけれど――、)じゃあ、新居を一緒に探したい。了一さんが良いなら…この病院の近くで、物件を探せないかな?(病院はかのひとの通い付け医院であることだし、娘も仕事場として契約を短期から長期に変えたいと画策しているから。そこら辺は追々詰めてゆくとして、二粒の夜空渡し終えたあとには、いくらか満足気に口吻へと笑み形作ろう。一週間だけの予定であった病院での助っ人業務が二日目を終える頃、主と呼ばれる看護師長と、派遣会社の方には既に連絡を入れて契約更新の相談しつつ――あわいブルーのプリーツスカートに白いシャツ、厚手のボレロは紺色で、黒いパンプスでブレーキ踏んだならギアを操作し停車しよう。かつかつとヒール鳴らして駅前のカフェへと赴けば、その先にはいとしいひとの待つ姿。手を振り返し、)ごめんなさい、遅れちゃった?了一さんも、おつかれさま。カフェオレを頼もうかなあ、ケーキは…また今度。(メニューもらってすぐに注文を決め、軽食は控えて飲み物が来るのを待とう。いささかそわそわと落ち着かないのは、こういったデートめいたシチュエーションがほぼほぼ初めてであるがゆえ。かけられた声に「はい!」うっかり威勢の良い返事しながらも、その質問の意図がいまいち掴めずに。)うん?せっかち…別に良くも悪くもおもわないけど、了一さんのことなら、珍しいなあとおもうよ。(会うたび穏やかに、或いは優し気にのんびりと話してくれるひとだから、かのひとが自分自身のことを指しているのなら意外の念が少々。でもこのひとがこういった、持って回った言い方をする時っていうのは、)――…大切なこと、言ってくれる気じゃあない?了一さん。こわがらないで、なんでも言って。(詩人であったひとの回りくどい言い回しは良くない癖か、それを察知するほどにまでかのひとに夢中であることが幸いか。娘は「なんでも聞くからね。」ってかつて応じた通りにそう言おう。話をしてくれるのならばじっくり聞く心算、届いたカフェオレをひとくち含み、鳶色へと視線で促して。そののち、白いハンドバッグからことりと手のひら大の器具取り出して「ここでは何だから、あとで、違う場所でね。」と添えたものの正体は、ピアッサー。あなたの左耳、私の右耳。夜空はやく身に付けたくて、でもあなたの話も聞きたくって、ああやっぱり時間がぜんぜん足らないわ。)
香迷友愛子 2020/02/29 (Sat) 23:55 No.50
うん、それだと俺も助かる。病院近くの不動産屋さんを探すところから始めるのがいいかな。(それぞれの意向を踏まえるに、あの病院を新居探しの拠点にするのが一番だろう。提案に否はなく、新しい生活に希望は膨らむばかりだ。三年と少し前までは、晴れも曇りも雨も、どんな天候も代わり映えなく思えた。夕刻は夜が近づく証にて、絶望と失望と寂寞の時刻であった。なのに今はどうだろう。夕刻が過ぎ、夜に耽り、そうして朝を迎えたならば君に逢えるのだと思える。目覚めて真っ先に思い浮かべる花顔が、少女のものから女性のものになっている。世人から見ればささやかなことだろうとも、この生に於いては実に喜ばしいことだった。誰かと想いや縁を繋ぐこと、のみならず、こんな風に待ち合わせをすることだって初めてだ。楽しさを抱く待ち時間もあるのだとは、やはり今日に知ったこと。)ううん。丁度いい時間だよ。(遅くなんてないさと首を振り、彼女の注文を店員に告げて。元気よい返事にはつい、可笑しげな笑み息を零してしまったとも──ああ、そうだ。君との時間は笑顔としあわせに満ちていた。どんな囁かなものも、幸福の種だった。)そうだね。大切なことだ。(もったいぶる生き物の正体を憶えていてくれたことが嬉しくて、首肯を刻む面は喜色に明るむ。言葉と共に示されたピアッサーにも頷いて返そう。星夜の輝石は今日もきちんと携えている。夢とは違って終わりも消えもしない夜を穏やかな心地で迎えるためにも、今は心に抱いたものを言葉にしよう。席に落ちついたまま、ちょっとばかり居住まいを正して彼女へ改めて向き直った。夕刻のカフェには他の客もいるけれど、皆が皆自分や連れあいとの世界に浸りきっている。店員もまた数多の内の一席を然程注視している訳でもなかろう。それにこれから口にすることは、彼女だけに届くようにと囁きの声量を以ってかたちにする。)ねえ、友愛子。 結婚しよう。(瑠璃を見つめたがる眼差しは、星の瞳の方角を向いたまま。穏当に口にしたつもりでいる。もちろん緊張こそしていたものの、募らせて、積もらせていた想いは存外すんなり声になった。)今すぐとはいかないだろうけど、一緒に暮らすだけじゃなくて……君と、本当の恋人になるだけじゃなくて。家族にも、なりたい。一緒に生きたい。(君は驚くかもしれない。本当にせっかちだって笑うだろうか──、どんな顔を見せてくれるのでもよかった。微笑んで願うは君が幸。ふたりで創り続けていくしあわせ。人生のどんな時であれ、最後に笑ってくれるなら。しあわせだと言ってくれたなら、それでよかった。テーブルに隠れている両膝へ手をそれぞれ置いて、軽く頭を下げる。)芥生友愛子になってください。(そんな、もうひとつ願い事を口づかせたなら、また顔をあげて愛しいひとを見つめよう。もう怖がるまいよ。求めつづけて已まない君よ。だから、あの夢の蒼穹に似て晴れやかな微笑みを、ひとときも絶やさずに。)
芥生了一 2020/03/01 (Sun) 00:41 No.51
(娘は喜々として、それなら良い不動産屋さんがあるよ、と紹介を。兄と暮らすに当たってお世話になった不動産屋さんが、珍しく担当がおんなのひとで、たくさんお世話になった。人当たりも物件探しも丁寧だから、また頼るならばあのひとと決めていたくらい。そう説明する夕刻のカフェテラス、両手に持ったカフェオレ暢気に啜りながら、)こういうのって、良いなあ。了一さんと仕事終わりに待ち合わせして、ゆっくりするの。待った?待ってないよ、って定番のせりふ口にして。…毎日そうだったら、きっと、しあわせだなあ。(ふふふ、と口の中で笑って多幸にゆるゆる表情が綻ぶ。娘の中に出来上がった想像は、しかし夢でなく現実に実行可能なのだ。それがうれしくて、喜ばしくて、じわじわ幸福の種が芽吹いてゆく――さて、大切なこと。ピアッサーはテーブルに放置してしまいながら、改まるそのひとを見詰め、娘もなんとなくカフェオレ持つ手を置いて。がやがやと自然な騒音の中、声が聞こえなくなるでもない。ただし、今までの声量より十二分に控えられたそれは――愛の告白。を、通り越して。結婚のやくそく。)………け、っこん……。(ぱちくり、瑠璃はそれ以上の語彙を消失したようにまあるく見開かれ、はくはくと口元は何度か開け閉めを繰り返す。さぞ驚いた顔をしただろうけれど、最初の動揺乗り越えて何とか口を閉じれば、かのひとの言葉ひとつひとつがよく聞こえてきて。今すぐでなくとも。一緒に。暮らすだけじゃあない。家族。娘が素顔に戻る頃、その言葉は実にスムーズに流れ出よう。)了一さん――…不束な娘ですが、私の方こそ、どうかよろしくお願いします…!…あとね、了一さんは今すぐがむつかしいと思う?私は…もういろんなことすっかり片付けて、今すぐ結婚したい。(両親や兄への顔合わせ、一緒に住む住居探し、挙式場選びに招待するひとたち諸々。数々準備の必要があれどその最短コースをゆきたいと言ったら、あなたは私のほうがせっかちだって笑うかしらん。まあるい瑠璃はアーモンド形に慶んで、ふたりで作ってゆくしあわせ思い描いては、幸福の足音がどんどん近づいてくるのを確かな実感として身に受けていた。家族になりたい、一緒に生きたい。娘の心も、奥底からそうなることを願っている。)芥生友愛子。なんだか最初っからそうだったみたいに、しっくりくる名前…だとおもわなあい?了一さん。私ね、あなたと出逢えてよかったです。つらいことも、一緒に経験したから――…だれより信頼できる。いちばん愛してる。あなたと一緒に生きられるのなら、悦びが尽きないとおもう。(言葉をいっぱいくれるかつての詩人は、いま愛をいっぱいくれる未来の旦那さま。かのひとのかんばせ正面から見詰め、瑠璃は鳶色と交じり合い――いま、しあわせが渋滞を起こしているみたい。言葉にならない思いぎゅっと胸に押し込んで、娘は「車できたの。乗っていかない?」ゆきさきはかのひとの実家、或いは娘が一番にかのひとを紹介したい実兄のもとか。どちらにせよ車内に誘う心積もり、だって右耳が、ずっと夜空を恋しがっているから。)
香迷友愛子 2020/03/01 (Sun) 05:11 No.52
(不動産屋に見当をつけ、他愛ないことを語りあう。待った、待ってないよ、彼女の言うとおり定番であろう台詞だって、次に逢う時にそれぞれ口にしたって何ら不思議じゃない──こんなにも平穏で、翳りなど微塵も存在しない世界が現にもあるだなんて。この安寧が毎日続いていくならば、これもまた彼女の言うとおりしあわせなこと。折角繋げたものを絶ちたくなかった。薄れさせも、弛ませたりもしたくなかった。だから結婚しようと願った訳だけど、さて、さすがに性急だったかと思いはした。けれど撤回するつもりは少しもない。よって弧に結んだ唇をそのままに、彼女の応えを待つ。)そう、結婚。(恋人のままじゃなくて、家族に。やはり驚いた様相を呈していた彼女が──やがて、願って已まない答えを口にしてくれた。すると肩から力が抜けた。背筋からも。いつの間にやら緊張で力んでいたらしい節々に反し、鼓動は温かな昂ぶりを見せている。自然と面持ちを一層緩ませながら、)……よかった。そうだな……色んなことを片付けて、そうしたら籍を入れたり式について考えるのはどう? って思ってたから……結局は"今すぐ"ってことになるのかな。一緒に暮らす部屋を見つけて、引越しもして。君を両親に紹介したいし。そういう意味では、結婚に向けて色々進めていこうか。ってなるね。(流れ星に追いついた祈りが成就するのと似て、ふたり願う速度が同じであるならば、それはきっとしあわせなこと。幸福に染まる瑠璃を眼界に映し、そうしたらこの心も花束を抱いたように明るんだ。同じ名でも彼女の声で編まれると、喜びも殊更現実味を帯びて感じる。)うん、とてもしっくりくる。芥生友愛子、って……いい名前だなぁって思うよ──…香迷も、ああ君の名前の一部だって思ったものだけど。ねえ、ローズマリーの君。君だからこそ……結婚したいって心から願った。恐れずに言えた。俺も、君を誰より信じている。愛している。一緒に生きるなら君がいい……これからも、どうぞよろしくね。(かの花を見出して想うたひと。こうして想いや未来を語れるのだって、苦しみさえも共にした仲だからだ。痛苦の在らぬ夢の国。あそこの住み人で終わっていたならば、今の幸福もまた存在しなかった。この一日で一体どれほどの幸が花開いたかと思う。数えきれないものを心で抱きしめて、誘われれば頷いて助手席にお邪魔しよう。行き先はいずこでも良かった。今の時刻、実家には母のみがいる。それで良いならば、此方の家に誘ってみよう。二親が揃っている時が都合がいいのであれば、彼女の思う処へお邪魔してみよう。後者に加えて未来の義兄と顔を合わせる場合は、やはり緊張してしまうのだと思う。それでも多幸に背を押される今、微笑み絶やさず過ごせるはずで。)
芥生了一 2020/03/01 (Sun) 20:59 No.61
(繰り返し、結婚、結婚と呟いて――ましろなドレス、ベール、ブーケ。おんなのこなら誰だってちいさな頃には知っていた、幸福のかたちのひとつ。まさか自分がそんなしあわせに身を浸すとは思っていなかったけれど、それもこれも全部かのひとがいたからだ。娘はいまたっぷりの愛に溺れそうなほど沈み、なのに以前よりもずっとずっと息をし易く感じていよう。)えっと、まずは仕事。了一さんの病院に長期で入れないか相談して…不動産屋さんで、新居を探して。引っ越して。同時進行で家族に挨拶………が終わったら、もう籍を入れちゃいたいな。式はね、いつするんでも良いから。(ふたり、すこおし興奮したようなテンポで、だけど同じ温度であるのもまた確かな幸せの証のような。色んなことの内訳をざっと、指折りリストにしながら整理して。結婚式はそれなりに時間をかけたいから後回しでも良いけれど、ならば先に入籍だけは済ませてしまいたい。ふたり、永遠に一緒だよって印がはやく欲しいから。良い名前。気が早いようだけれどこれからは、芥生の性を名乗って生きるのだ。)了一さんがそう思ってくれる私で、私は、実は良かったなあってほっとしたんだ。おとぎの国じゃあずいぶん夢見心地だったけれど、この現実世界じゃあ、時間がきりきりしているようにも思えたから。(たぶん、かのひとを探せずに焦っていたせいもあっただろう。今にしてようやく、ゆっくりと呼吸ができた気も。共に苦しみ乗り越えてこちらへ還って来たからこそ、かのひととの結婚、そして未来が見えるのだ。ワンダーランド、しあわせのつづき。それだけで終わらなくって、ほんとうによかった。)ね、了一さん。ピアスを持ってきた?ここで、開けちゃおう。(車中、エンジンをかける前。助手席に座るそのひとへと身体ごと向き直った娘は、先ほどテーブルにて遊ばせていたふたつのピアッサーをバッグから取り出し提案を。ずっとずっと大切に、肌身から離さなかった黒色と瑠璃のあたらしい夜空。ピアスは娘が右耳に、かのひとが左耳に付けてこそ意味がある。さて、それぞれの耳朶に一センチ角の宇宙は無事咲くであろうか。)…そうだ、兄はね、いま通し稽古の最中でぴりぴりしてるから、お誘いに甘えて芥生家の方にいこ。うわあ、すごい緊張する。――…出会ったきっかけは?とか聞かれたら、どうしよう。(運命でした、と答えて詳細は誰にも秘密にしたいけれど、いずれ結婚式を挙げるのならば馴れ初めは必要なのかも。どうすべきかとかのひとへも悩み共有しながら、くん、とアクセル踏んで駐車場を抜け、案内に沿って彼の実家へと。)病める時も健やかなる時も。富める時も、貧しき時も。誓いの言葉が言いたいから、チャペルがいいな。(車内にてラジオの音漏れ、流れてきたのはクラシックの名曲、花のワルツ。月夜の下、草の上で踊った記憶も鮮やかに、式の形式について希望を挙げながら――、)指輪、買わなくちゃね。(それも、どうか一緒に、と。)
香迷友愛子 2020/03/02 (Mon) 14:20 No.67
(仕事、新居探し、引越し、挨拶。入籍、式。現の空の下で、声言葉で"一緒にやりたいことリスト"を描く。独りで想うのではなく、彼女の声で並べられていくそれらを改めて紙に書き記したとき、まるで世界を描いている気分になるんだろう。孤独の壁に囲まれたそれではなく、ふたりで創る世界を描いていく。生の限り──ああ、あの時死なずにいてよかったと思う。あの時の自分は彼女を知らず、最後に残された最良と思えたからこそ絶命を望んだものだ。それでも知った今なれば、最幸の最良はいくつも生まれてくる。)……同じ世界にいても、時間の流れや色が違っているとは常々思う。君と出逢う前と後じゃ、空の色だって全く変わって感じられる──…けど、生きるって、そういうことでもあるよね。どんな世界でも、どんな風に時間が流れているのでも、君は君さ。……どんな君だって、変わらず想いつづけるよ。俺が俺であるかぎり。(変わったものと変わらぬものを双方宿す彼女。どんな君でも、って、それこそ夢見事なのかもしれないが。何らか変わっただけで薄れてしまうようならば、夢から帰還する寄る辺とも思えなかっただろう。そんな彼女の要請に、応えぬ訳がないのだ。)持ってきたよ、……ここで?(尤も最初こそ、意外な言葉にぱちりと瞬きついて。それでも間もなく相好を崩し「いいよ、そうしよう」と頷いた。ピアッサーを扱ったことはないけれど、説明書でも見ながらやれば仔細ないだろう。女性の耳朶に針を打つという行いもまた、夢の中で覚えがあったもので──互いの耳朶へ星夜を飾りあうまでに、然程長い時間は掛からないだろう。)……うん、知ってたけど……よく似合っている。(懐かしくも新しい色彩と輝きに、面を綻ばせて。和らぐ眼差しを瑠璃へ向ければ、喜色ばむ囁きを狭間に落とそう。)お兄さん、何の稽古を? ……母は驚くだろうけど──…っていうのも、俺が女の子を連れてくるのは初めてで……そういう類の話も、今まで一切してこなかったからなんだけどね。緊張しない方が難しいだろうけど、怖いひとじゃないから……そこは安心していて。……出逢った切欠は病院……というよりは、新婦の職場で、とかかな……。(疑問符も差し挟みつつ、語る声は穏やかに。走駆音も軽快に、黄昏を越えて夜に近づいていく。彼女の言葉に賛同するかのごとく、車中を揺蕩うワルツの音色。今、眸を鎖せばまなうらに、刹那で蘇る夢の過日よ。)……そうだね。誓いの言葉を言いたいし……ドレスの君を、また見たい。だから俺もチャペルがいいな。(未来を口づかせ、希望をうたう。それでも決して褪せぬものたちよ。)指輪も、今度……お互いの休みが重なる日に、一緒に選びに行こうか。(痛苦の時も今に繋がっているならば、不可視の血を流させるそれらさえも幸の種の呼んでみせよう。 道案内の終着点にあるのは平凡な一軒家。息子を迎えた母は、伴われてきた女性の姿に驚きこそすれ、温かく笑って彼女を招き入れただろう──息子の口から結婚を考えている相手だと紹介されれば再び吃驚するけれど。夜も近しい時間帯。挨拶もそこそこに、夕食を食べていきませんかと彼女を誘う頃には、人好きのする笑みを湛えていた。)
芥生了一 2020/03/02 (Mon) 21:15 No.71
(ワンダーランドに落っこちて、かのひとと出逢い、いずれ連ねたやりたいことリスト。それをこの現実世界でも充実させてゆくこと、減らしたり増やしたりとふたりで満たしてゆくことは、共に生きる上での目標にもなろうか。かのひとが一度は諦めてしまった“生”を取り戻したいま、今後一切あんな思いは抱かせない。それは娘がプロポーズ受けた際、心中にてひっそりと留めた思い。)時間の流れ、色、質感に温度。たぶん私たちふたりでだって違うんだろうけれど、少しでも了一さんと同じものを見たいなあ。私が私で、あなたがあなたであるかぎり――…うん、互いの想いをいつだって、いつまでだって伝え合おう。(夢から醒めてなお共にいられる、これが現実、この先が未来。プラスチックの容器から取り出したピアッサー、斜め読みする説明書、ぱちんと鳴ったふたつの音。夜空と星が耳朶へ咲けばなんだか安心して、この安心感こそが欲しくて、唐突な流れでも穴を穿ちたかったのだと気が付いた。「…了一さんも、ちゃんと似合ってる。」夢の中にあなたがいた証拠、現の世でふたたび出逢えたあかし。ハンドルに手を乗せ慣れた手付きにて車を疾駆させながら、)兄は劇団で、役者をやっているの。だから次の舞台の、通し稽古。………私が、了一さんの家にお邪魔する、いちばん最初のおんなのこ?ええ…うん、それ、緊張しないのはむりだよ…!(ただでさえ恋人の実家へゆくだなんて顔が強張って仕方ないのに、初めてとなればさらに戸惑おう。なるべく落ち着いて、と自分に言い聞かせ「私が職場を転々としていた時に出会って、互いに惚れ込んじゃった、とかかな?」距離が近付き、娘が成人に至るのを待って結婚。その間は婚約者として過ごしておりました――なあんて、式場のナレーション勝手に想像しつつ、暗くなってきた道でライトを点灯。)了一さんも、誓いに賛成でよかったあ。ドレスなんて二度と着る機会はないとおもってたけど…人生の晴れ舞台でまた着られるの、うれしいな。…あ、ちょっと寄り道するよ。(車路肩に寄せればスマホ弄って近くの洋菓子店を検索、言葉通りの寄り道で小さなケーキセット購入し、それについてはかのひとに有無を言わせず、やがて一軒家へ辿り着こう。迎えてくれたお母さまにぺこりと頭下げれば、手土産渡して。)急にお邪魔してすみません、香迷友愛子と申します。(いささか緊張気味に挨拶交わすも、あたたかく、そして人好きのする笑みで迎えてくれたそのひとは、未来の旦那さまに似て非常に優しげな印象だ。誘われた娘は一頻り恐縮しながらも、夕食を頂いてゆくだろう。)わあ、すごくあたたかい。了一さんがとてもおだやかな理由が、わかりました。私は家庭料理に縁がなくて…喜んじゃっても、いいですか。(環境がまるきり違っていて驚き、かのひとの幼少期聞いたりと、家族の団欒とはこういうものかなんて心温めた一時。食べ終えて一息つけばそろそろ辞去をと申し出て。)次のやすみは五日後、そのあとの予定はまた連絡するね。指輪、買うの楽しみにしてる…、…了一さん。じゃあ、またね。おやすみなさい。(もう随分前、このひとのくれた「おやすみ」は何にも勝るやすらぎであった。玄関先にて別れても、これからは何度だって会うだろう。そしてその度、別れ際には次の約束を唱えるのだ。「またね」が「ただいま」と「おかえり」になる、その日まで。)
香迷友愛子 2020/03/03 (Tue) 16:26 No.77
(巡り往くなかで、何が残るだろう。何が移ろうのだろう。ほんの刹那を経れば彩を変える世界に在っては定かじゃない。それでも齢を重ね、世界を広げ、歩みゆく道のりにひとつでも多くの幸が芽吹くといい。ふと振り返った時に、想い出の花が優しい色を湛えていてくれたらいい。ひとりでは決して果たせなかったこと、ふたりならば実らせられること、たとえばピアスがそれだった。彼女の右耳に、自分の左耳に収まって初めて意味を持つ星夜は生涯の宝になるだろう。いつか新しい命を家族に迎えた幾年か後にでも、煌きの所以を語って聞かせられたらいい──とは、それこそせっかちな話かもしれないが。)へえ、役者さんなんだ。それは凄いなぁ……稽古の邪魔をしてしまうのは申し訳ないから、日を改めて……だね──…そう、君が一番最初の女の子だよ。(なんて言ったら、それが例えかろい調子だったとしても緊張を募らせてしまうんだろうか。見る側からすれば初々しく愛らしい反応ながら、余りプレッシャーを感じさせてしまうのも申し訳ない。なれば彼女の言を受け「ああ、それいいね。嘘じゃないもの」なんて、笑って頷こう。"互いに"惚れ込んだ、と、彼女の口から聞けたのもまた嬉しかったから。)目の覚めるような……って言い回しがあるけど、友愛子のドレス姿を見た時には……そういう気持ちになるんだろうね。楽しみだなぁ。(純白の装いに身を包む彼女は、それこそ言葉を忘れるほどに鮮やかなのだろう。遥か過日を思い返せば気分は容易く上向いていく。そんな未来の新郎がハンドルの向き先に口を挟むことはなく、斯くして寄り道を経て馴染み深い自宅へ帰っていった。)友愛子さん、は……お付き合いさせてもらってる……というより、結婚を考えている人だよ。(──とは、母へ向けて彼女を紹介した時の言葉である。あんなにも目を丸くした母は初めて見たし、安堵と喜びの入り交じる笑みというものも改めて知った気分だった。夕餉の献立は飾り気ない、白米と味噌汁、野菜をたっぷり添えた生姜焼きに作り置きの小鉢たち。素朴な面々ながら、きんぴら牛蒡とひじきの煮物は母の得意とする品だった。温かな食事を共にする団欒が、心に幸せを呼ぶものであるといい──とは、"家庭料理に縁がない"という彼女の言葉を聞いての願いだった。今は内に抱くばかりながら、君とならばいつか形にしていけるのだろう。昨日と今日は、そのための新たな一歩を刻んだ記念日だ。)うん、待ってるよ。そうでなくても……俺の方からも、連絡するし。俺も、指輪……楽しみにしてる。(約束を結ぶだけじゃなく、他愛ないことも数多。離れていた三年だけじゃなく、君と出逢うまでの年月を少しでも埋めていけたらいい。涙するとしても最早独りではないのだから。)またね。……おやすみ。友愛子。(玄関を出た外で、今日の終わりをとっときの柔らかさで結ぼう。微笑んで、ライトの明るさが見えなくなるまで見送っていよう。ふっつりと夜闇が訪れても、去来するは寂寞ならぬもの。待望と名付くべき温もりが確かに心に宿っている 、ああ、けれど、それでも、やっぱり寂しいものは寂しい。もう逢いたくなって寂しい。「またね」もいつか「ただいま」と「おかえり」になるだろう。迎えあう幸いを贈りあう日々も決して遠からぬ。それでも恋しがる灯火は胸裏に揺れるまま、せめて空を見上げて遣り過ごすとしよう。ほら満天の星。君の瞳の次に眩きものたち。君の眼差しの次に優しきものたちよ、今ばかりはあの瑠璃の代わりに恋心を慰めておくれ。お前たちの向こうに君を見て、僕は何度でも知るのだ──ほら。世界はこんなにも、ゆめに満ちている。)
芥生了一 2020/03/05 (Thu) 22:47 No.83
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