(彼女の微笑みに何となく察するところもあったが、否定出来る要素がないので押し黙るしかない。どうせ未だ頬は赤いままだろうし、己の情動に偽りはないのだから、再びわざとらしい咳払いをするくらいは見逃して欲しい。彼女の嬉しそうな表情に見惚れることも、また同様に。視界の隅で星が流れた時に不意に思い出す。)ここへ迷い込む前、俺の呼ぶ声が聞こえたって言ってたっけ。(物語のはじまりの話。思考が白に塗り潰されていた時、自分が誰かを呼んだということが正直不思議だった。感慨をゆっくりと噛み締める。他者との繋がりを作ることに怯えたくせに、他者との繋がりに焦がれていたということか。その資格がないと思い知って尚求めただなんて、自分に呆れがないと言えば嘘になる。つい頭を掻いてしまった。)本当に全然憶えてないんだけど……でも、(ファンタスマゴリアの夜風は優しかった。今も頬を撫でて去って行く。それを味わうのももうおしまい。)俺の声が届いたのが、聞いてくれたのが璃亜でよかった。(この世界で商人として生活していた折も、人当たりはよかっただろうが、懐の深いところに踏み入らせたことは一度もない。拒絶というよりは敬遠というのが正しい。それでも手と手で結ばれているさいわいが存在する今を知ったのなら、離れることなんて出来なかった。そのさいわいをこれからも紡いでいこう。手繰り方が拙いとしても、彼女がいてくれる。ぬくもりが胸裏を仄かに照らすのを感じながら歩いた。たかだか十四日のうちに隣を歩く速度が見についている上に、それがあまりに自然だった。青薔薇の庭園を抜け、城への街道を進んだ時も。城内にて、先程と同じく薄暗い廊下を往く時も。繋いだ手に力を籠めて時計台に辿り着いた時には、男の横顔は神妙ではあったが、哀しみに浸ってはいなかった。彼女の声が真直ぐに響いてくる。首肯を返す。)……そうか。(彼女は何度でも、己を貶める必要はないと伝えてくれる。同じ空にあって、互いを映し時には重なり、存在を確かめ合いながら生きていく。翳りを落とさずに微笑んだのは、彼女が望んでくれるに値する男になりたかったためだ。)そうだったらいい。沈んでも昇って、確かに此処にいるって言えるようになりたい。……なんて、まだ言いきれないのが情けないけど。(携えるのは気後れではなく意思表示だ。豊かに満ちていく君を一番傍で見ていたい。君が一等綺麗に輝くなら、己もそれに相応しくありたい。故に言いきる声に迷いはない。)どんなに星が瞬いていても、昼の空色に薄らいでいたとしても、俺の月に手を伸ばすよ。絶対に逢いに行く。……そう思わせてくれて、ありがとう。(何度でもうれしいとしあわせとありがとうを織り成そう。太陽は自分がどんな光を戴いているのかもわからない。黒点の正体も見い出せない。けれど淡くも清らかな月が、そのセレスティアル・ブルーを煌かせていてくれる。だから──大丈夫。それは祈念ではなく、確信だった。ファンタスマゴリアで最も空に近い場所なら月の裏側にだって手が届く。昏くとも、そこからはじまる明日に踏み出そう。「せーの」なんて声を揃えれば高く跳べる。人生で稀にしか起こり得ないたったひとつの奇跡を、他でもない君と一緒に掴まえるんだ。)
イディオ〆 2020/02/24 (Mon) 21:26 No.74