Mome Wonderland


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(夢のおわりに)
(――月から降る影を見た時、"助けなくては"という焦燥が第一に胸を焦がした。それでも受け止めてあげることなど能わなくて、人型のシルエットの正体を此の目で垣間見るまで生きた心地がしなかった。そして。天満月のしたでようやく会えた彼女が無事なのを認めて、心からの安堵を抱いたものだ。過去を映すあの遠慮知らずの森だって、そう。目の前で失われるのが怖くて、自分の手で救えるものならすくい上げたくて、傲岸な善意を振り翳して生きてきた。過日。トラックの前で立ち尽くしていた子どもを見付けた瞬間だって、本当に勝手に身体が動いただけだったのだ。 そのツケがこれだというのなら、やっぱり自分は器じゃなかったんだろう。)……、……。(記憶を取り戻してからも歩みは止まらない。あの月が世界と世界を繋ぐ穴か扉だというのなら、きっとその近くに答えがあるはず。そんな風に思索を巡らせて、辿り着いたのは時計塔。重たい扉を開いて、内部の螺旋階段を登ってゆく。この程度の運動量で参るほど軟じゃない。此処にいる"エース"は"有馬丞"の最盛期をなぞる幻影だ。現実のおのれはもうしなやかな筋肉も自由に動く脚もない。そう思うと、やっぱり顔貌には翳りが過ぎる。それはきっと時計塔のいちばん高い場所へ来ても変わるまい。長い階段の果てに待ち受ける小さな部屋。表の時計へと至るための窓を開け放って、窓辺へ腰掛けながらぼんやりと消えゆく月を見仰いでいた。)――月のそばへ来たら何か分かるかもって思ってたけど……ちっともだなぁ。(ひと目を忍んでいたわけでもない。目撃者の言を頼ってか、はたまた自らの勘によってか、何れにしてもただひとりの"アリス"の来訪を悟れば、苦笑めく一声と共に迎え入れよう。)――君は、この夢からの目覚め方を教えてもらえた?("迷い込んだ娘の方は、方法さえ教えればすぐにも帰ることは叶っただろう"――そう夢魔が述べていた。彼等がこのむすめを害するとも思えない。きっとヒントのひとつくらい得ているだろうと踏んで、やっと碧眼を彼女の方へ差し向ける。落ち着いてみえるだろう。微笑んですらいただろう。窓枠に触れるゆびさきは凍えるくらい冷たいのに。)
エース 2020/02/19 (Wed) 18:49 No.5
(月の消えそうな夜だから、白いワンピースはひかるように目立った。『どこへ行くの?』『何かあった?』『そんなに慌ててどうしたんだい!?』――猫の商人におしゃべりトルソー、のっぽの街灯、道ばたの花々。こころの優しい住民たちから投げられるクエスチョンの全てに彼の名を返しながら駆ける“アリス”のことを、星も風もうわさしたらしい。いつかあなたのとなり、とびきりの魔法に出会わせてくれたりんごの鳥が、息を切らせる女のことを迎えに来てくれた。『エースを探しているんでしょ?ついておいで!』――“ファンタスマゴリアで一番高い時計台”。駆けながらも抱き締め続けたあなたとわたしの物語に記されているその場所へ、赤い翼は導いた。きっとこの世界で月にいちばん近いその窓を見上げると、腰掛ける影は――)っ居た……!ありがとう!(“一番逢いたい人”の姿を認めたなら、案内人へ禄に顔を向ける余裕も無く、重たい扉を全身で押し開いて螺旋階段を駆け上ってゆく。――思えばこのお話は、はじまりから完璧すぎるくらいだった。ラストシーンがせまっていることだってあまりに分かりやすいこのシチュエーション。ハッピーエンドに出来るかどうかは、きっと私に――私たちに、懸かっている。火照る指先で扉を開けば、ひりつく喉から零れるのは。)――エース……!(乱れた栗色を夜風がなぜる。こんなに会いたかったのに、名を呼べばしずかに微笑む彼が月といっしょに消えてしまいそうで、胸がぎゅうと苦しくなった。立ち止まってしまえば崩れそうな脚で、その傍まで歩み寄ろう。強くありたい、優しくありたい、誰といる時よりも心からそう思うから、ゆっくり言葉を探すように深呼吸をひとつ。夜色に星が走る表紙を指で撫でて。)……うん。ここに、書いてあった。……エースの言った通りだったわ、望む限りはちゃんと帰れるみたい(彼がいつかそう言ったあの日の自分とは違う、しずかな甘い声。愛する人へ届ける声。示した“ここ”だけで分かることなんてほんの少しだから、何よりたしかなあなたを見つめて。瞳よ、声音よ、どうか揺れないで。)ねえ、エース。……あなたが、ファンタスマゴリアへ来る前のことも、来てからのことも。嬉しかったことも、好きなことも……抱えきれないようなことでも、今はまだ話したくないことでも。色んな話、少しずつ、ゆっくりでいいから、聞かせてほしいの。(ひどくかなしく冷えた指先を、握ることは叶うだろうか。彼のため駆けた火照る温度で。切なげに寄せた眉根とまっすぐな琥珀で、おねがいごとを唱えよう。)月が消えちゃうまでに話しきれないことだって、“向こう”の“あなた”から聞きたい。――私といっしょに、帰ってくれませんか。
ミコト 2020/02/20 (Thu) 21:09 No.24
(ご丁寧にあつらえられた舞台。幕引きはもう間近。さりとて終劇後のカーテンコールに付き合うつもりなど毛頭ない。エースの物語は此処で綴じ終えよう。――そう胸裏で秘めやかに定めてしまえば揺らぐ理由なぞ見付からなかった。見下ろすファンタスマゴリアの街並みに灯る火は数多。されども、そのどれもおのれの為に灯っているわけではない。諦念はたやすく身に馴染んでいた。)――ミコト、(彼女の顔を見るまでは。 このむすめがいなければ、ファンタスマゴリアへ喚ばれた日と同じく窓から身を投げていたやもしれない。このまま夢のなかで泡の如く消えてしまいたい。左様な願いと同様に絶えぬ欲がある。走ってきてくれたのだろうか。乱れた髪、震える足取り。それらを眺め見て、得も言われぬ愛しさと切なさが胸にこみ上げる。死ねない理由が此処にある。)そっか。…よかった。なら、ミコトはいつでも帰れるね。(なんとなく分かってもいたのだ。物語の定石を破らぬこの世界が来訪者に望まぬバッドエンドを手渡す筈のないことくらい。それでも彼女の口から確認できれば、愁眉を開けることと相成る。"じゃあ、さようならの時間だ。"――そう続けようとして、真摯なまなざしに、声に、くちびるを縫い留められる。 聞かせて欲しい。だから、いっしょに帰ろう。 何もかもが褪めきった世界で触れた手の温度だけが鮮やかで、そのひたむきが胸に迫って浅く息を呑む。握り返すことは出来なかった。玻璃の双眸が揺れる。咀嚼して、多分、最初に抱いた感想が素直にこぼれ落ちた。)――どうして?(此方の事情も少なからず知ったんだろう。知ってしまったんだろう。為ればどうして斯くも優しいことを言ってくれるのか。分からなくて睫毛を伏せる。らしくもない嘲笑が口元でけざやかに咲いた。)…"向こう"の"俺"はミコトが好きって言ってくれた"エース"とは全然違うよ。君と居たエースはまぼろしだ。もう現実には絶えた、昔の俺だ……。本物はね、もっと鬱々としたいやーなヤツなんだ。(快活で鷹揚。前向きでフィジカルだけは優れている。そんな青年はあの事故とと共に死んだのだ。現実と夢想の乖離を示唆しては苦々しく彼方の自分を貶してみせる。)…ミコト。好きだよ。君に逢えて、楽しかった。…しあわせだったんだ。(好きを過去形にはせずとも、幸福は過ぎしものと定める口吻は、やはり諦観の色が濃い。泡沫の夢でも共にいられた。それでいいじゃないか。諭しているようで、本当は自分に言い聞かせてもいた。)好きだから――…君に嫌われるのは……いやだなぁ。(しずかに告ぐ、迂遠な拒絶。ままならなくて残酷な現実で愛想を尽かされてしまうより、生涯の綺麗な想い出でいたい。そう希うのは、逃避か甘えだろうか。)
エース 2020/02/21 (Fri) 02:44 No.30
(こんなにもさみしい声で名前を呼ばれ、こんなにもさみしい“よかった”を向けられたことがあったでしょうか。いつでも帰れたって、ひとりじゃ嫌なのだ。ひとりにしないでほしい——独りにしたくない。願うようにその手を握れば、たしかに彼が揺れたのが分かる。届いているでしょうと確かめるように、きゅ、と柔い肌でそのつめたさをもっと暖めようとした。この世界で何より信じたあなたの言葉は、この瞬間だけすとんとこころに落ちてこない。目の前の陽の光が陰ることは、たしかにまだ想像し難いけれど、)あなたが?……それはそれで見てみたい、なんて言うと、何だかひどいこと言ってるかもしれないけれど……(色んな話を聞かせてほしいし、色んな顔を見てみたかった。ばかみたいに恋をしていることがあまりに分かりやすいおのれの台詞に苦笑さえこぼれる。苦しんで欲しくはないけれど、避けられないのなら、苦しみながらも何とかいのちが守られたのなら、そのあなたさえ受け入れたいなんて。“まぼろし”と“本物”のはざま、紡がれる言葉に常ならば頬を染めたかもしれないけれど、今はひたむきな視線で受けた。好きだ、楽しかった、しあわせだった。過去形にされなかった唯一が残されていて、諦めるなんてできっこない。片方の手は手を握ったまま、もうひとつで窓枠に腰掛けたあなたのその髪を撫でることは叶うだろうか。そっと撫でるような手つきを頬から下らせ、ほんの少しだけ顎を引き寄せたなら、愛しい“あなたの色”に私をどうか映してほしい。)……まぼろしだって、嘘じゃないでしょ。“エース”も、“あなた”も、ほんとう。(輪郭をたしかめるように撫でたこの手が、ふしぎの国での日々の記憶が、何よりの証明だ。ファンタスマゴリアのエースも、手向けてくれた言葉も、過ごした時間も、きっと嘘じゃない。)もう、嫌いになるなんて誰が決めたの?……きっと私、あなたが思っているよりずっと、あなたのことが好きよ。(どこか仕方なさそうな口ぶりで、困ったようにつんとくちびるを尖らせた。愛を囁くのには慣れていないから内心は精一杯だけれど、届いてほしいからもうひと頑張り。顕になったおでこに、ほんのり触れるだけのキスをひとつ。)——“エース”でも、“あなた”でも、変わらない自信があるから、信じてほしいの。私じゃ頼りないかな。……私だけ名前を呼べないの、何だかずるくないかしら?(今頑張らなくていつ頑張るの、と、照れ臭さなんて見ないふりで胸を張ってみせる女の姿は、たしかにどちらかと言えば”王子様“なのかもしれない。だけどもう大丈夫、拗れたコンプレックスはあなたが解いてくれた。お姫様だと言ってくれたあなたの前、王子様にだって騎士にだって救世主にだって、なってみせようじゃないの。小首を傾げて添えた疑問符は、何者でもない彼女のそれだけれど。)
ミコト 2020/02/22 (Sat) 09:24 No.48
……物好き。(むごいこととは思わぬが、代わりに差し出した評価は苦笑めく。年下だろうが格好付けたがるのが男の性分。こんな風に髪を撫でられるのは大人になって初めてだ。彼女の手はずるい。その細指から生まれる熱に、絆されそうになる。)っ、(白い手に唆されて、上向く顎先。澄み切った蒼穹に似たまなこに愛し君の面影が映り込む。まぼろし。夢。形なきもの。目覚めれば消えてしまう泡沫。けれどもそれが偽物という証拠にはならない。重ねられた"好き"も合わさって刹那、目元が泣き出しそうに歪む。額への接吻。信じての言葉。彼女の胸裏は露知らず、すべて受け止めては眉は八の字を描く。)――…格好いいや、君は。惚れ直しちゃうな。(ミコトとしての前向きな在り方を見仰いで、眩いものを見つめるように両眼は細まる。おでこが熱い。ゆびさきも温まっている。為れど。)変わらない自信がある……疑うわけじゃないよ。……でも。きっとさ、"それ"は君を縛ってしまうんじゃないかな。(少しずつ、少しずつ。こぼれ落ちてゆく弱音こそ本音。彼女から視線を逸らさずに紡いでゆく。)"有馬丞"はさ、サッカーで飯を食ってたんだ。いつか現役を退く時が来ても、フィールドの傍から離れることなんて考えてなかった。(Once upon a time――で幕開けはしない、ある愚かな男のつまらない人生の話。彼女がスポーツに一定の興味を抱いていたらニュースで名前を聞いたことがあったかも知れない。あるいは幼子を救った美談の方が有名か。)だけれど"事故"で俺の足は使い物にならなくなった。いつかは歩けるようになるかも知んない。だけど、もう……選手として復帰するのは無理だろうって。なら意味なんてないよ。俺にとってはね。(表情に陰が落ちる。視線が外へと逃げてゆく。月が完全に消えるまで幾らか時間はあろう。息を継ぎ直して、続きを。)惨めだよ。今まで当たり前に出来たことが誰かの力を借りなくちゃ叶わない。未来の展望だってない。二十一で無職になってこんなハンデを背負うなんて想像したこともなかったよ。(自分以外の誰かの境遇ならお気の毒さまで済んだ話。而れども逃げようもない現実の自分の話。俯瞰して紡ぐ音には明確な自嘲が織り混ざる。輪郭に触れる手を空のそれで掴んで、俯いては、むすめの白い手を額へ押し当てる。告解にも懺悔にも似た風体で。)恨んだ。呪った。悔やんで、…やり直したいって思った。――酷い話だろ? 俺の足が無事なら、子どもがひとり死んでたかもしれねえのにな。(吐き捨てる。正しき行為をそうと認められず、運命を受け止めることも出来ぬおのれに何より反吐が出る。身を灼くのは自己嫌悪。もうサッカーが出来ないのなら、この程度の人間でしかないのなら、生きてたって仕方ない――。眉間の皺を残したまま、額に触れさせていた手を開放し、漸う顔を持ち上げる。彼女は今、どんな顔で其処に居るのだろう。)軽蔑する? そっちの方がいいな。――好きな女の子に同情されるのは…ちょっと、辛いから。(慈悲深く、優しいむすめだ。憐憫の鎖で繋げば傍に居てくれるのかも知れない。でも。そうしたくないと、そんな可哀想な道程を辿らせたくないと願う程度には、彼女のことが大切だった。もう何処へも行けない自分とは違う。君はあの空の果てまでも羽ばたいてゆける。その手で魔法をかけた紅鳥のように。ワンダーランドを抜け出した先の旅路で余計な重荷を背負わせる必要なんてない。……そう、分かっているのに。最初に触らせてくれた手指をこの期に及んでも振りほどけずにいた。)
エース 2020/02/22 (Sat) 23:37 No.54
(こちらを向いてくれたこと。手向けた言葉に、くちづけに、表情を変えてくれたこと。差し込むほのかな月明かりにつつまれる彼を見つめながら、心の底から安堵した。苦笑めいた評価も、格好いいとの告白も、気丈なように見せてほんの少しゆるく細めた瞳で受け止める、けれど——“縛ってしまう”?エースとしての彼からはおよそ聞くことも、結びつくこともなかったその言葉には、疑問符が浮かばなかったわけではない。だから指先の温度をまざりあわせたまま、瞳も耳も心も、ぜんぶをあなたに傾けた。)——有馬、丞……(なぞった名前。あなたの名前。ゆっくり、ひとりたしかめるようにこぼしたその響きとは、はじめましてじゃないような気がした。付けっぱなしのテレビから流れたスポーツニュースだか、はたまた——つづいてゆく彼の語りを追えば追うほど、息をのむようだ。きっと私の知っている彼も、世間の言う“子どものヒーロー”。ワイドショーだか、SNSだか、世間を賑わせた彼の話題が耳やまぶたの裏にフラッシュバックするようで、その脚へ戸惑いの逡巡を落とす。額へ手をみちびかれるままに彼のかんばせへ視線を戻せば、ひとつひとつの言葉がこちらにまで刺さる気がした。痛い。—痛かったでしょう。ふたたび交わる視線に、さみしい台詞に、かける言葉がすぐに見つかるわけでもなくって、泣きそうに瞳が歪むのはこっちの番。それをあなたは見ただろうか、衝動的に、包むように、こちらを見上げる顔を胸に抱き込んだのだけれど。)……エース、丞くん、…………良かった、……ここで出会えて……(ぎゅう、とその温度やかたちを感じながら、吐息まじりにまずこぼれた本音。ここで出会えて、なんとかあなたのいのちがあって、良かった。——すべてを賭して生きるものがある明朗な青年は、きっと明るい場所で生きてきたのでしょう。未来に希望があったでしょう。そのすべてがある日奪われて、恨みも呪いも悔いも知ってしまった彼は、それをどこにぶつけられたのか。—彼自身、でしょうか。きっと目の前で語られたのは、今宵の月のようなほんの一端。心も身体もままならない日々の中、あなたが諦めたあなたのいのちが、夢にすくわれていた。あなたの諦められなかった声は、私まで届いた。抱きしめたままでいさせてくれたなら、今は何にも見なくて良い、ささやくように落とす声だけ聞いていてほしい。)……軽蔑も、同情も、してないよ。……何て言う気持ちなのか分からないけれど、……こうしたい。そばにいたい、(どんな言葉も安く聞こえるようで、紡ぐよりこうしたいと抱きしめた大きな身体。彼に現実は暗すぎるのだろう、いっしょに帰りたいなんて酷なのだろう、それでもここに置いてはおけないと思うのはエゴなのかもしれない。だけど。)……私があなたにできることがあるかなんて、分からない。あなたの気持ちも、きっとすべて分かってはあげられない。……それでも、変わらないのよ、好きで……いっしょにいたいって、さっきよりずっと強く思ってるの、……縛っちゃうのは、どっちでしょうね(苦笑めいたお返しを残して、そっと抱き込んだ頭を離す。澄み渡る青の瞳を、若い顔つきを、おまもりをたくさんくれた唇を、だいすきなあなたのかんばせを両の手で包むようにして、見つめることを許してくれる?)ね。私、「助けて」って声に導かれて、この世界へ来たの。——あなたの声だった。ここでは助けられてばっかりだったけど……。ほんの少しでも、まだ、あの気持ちがあるのなら……丞くん。私と、もう一回、世界に出会いなおしにいこう?(わがままでも、物好きでも、正しくないと誰が言おうとも。自分がこの世界にやってきた意味は彼なのだ。まっすぐな琥珀から流れた涙の跡が月光に光るのも、もう長くはないかもしれない。)
ミコト 2020/02/24 (Mon) 20:40 No.73
(――言葉尻こそ柔らかく、彼女を責めるような音が滲むこともない。けれどもこれは八つ当たりだなと、抱きすくめられて気付いたものだ。ささくれ立った気持ちが物事を穿って捉えたがる。だから、"良かった"と出逢いを肯定する音に口元をむず痒そうに歪めたりもした。彼女には見えない。ただ。まなうらに焼き付いた泣き出しそうな表情が胸を押し潰して、如何なる言葉も形となる前に霧散してしまう。エースなら、そんな顔をさせなかったのかな。答えの出ない問いを循環させる麻痺した脳内に、注ぎ込まれる言葉の誠実に息を呑んだ。何かをして欲しかったわけじゃない。理解されたかったのも少し違う。ただ其処にいる自分を認めてそばにいて欲しかった。)――ミコト。(やわらかなぬくもりが離れてゆく。代わりに目の前へ飛び込んだうつくしい琥珀。これまで見たどんな宝石よりいっとう美しい宝玉の在り処を男はもう知っている。)……そっか。俺がミコトを此処に喚んだんだね……。(見つめ合う視線は外さぬまま、うすら察していた事実をなぞる。"もう一回、世界に出会いなおしにいこう?" いつかむすめの手を引いてワンダーランドを駆けたように、今度は彼女が世界へと男を誘う。喉奥が震えた。すぐに返答は出なかった。積み上げてきた何もかもが崩れ去った現実に還るのは苦しい。でも。やがてむすめの眦からこぼれ落ちたひとしずくを見仰いで、荒野に咲く一輪のばらを見付けたようなある種厳かな気持ちにさえなった。ためらいがちに頬へ伸ばす手。この指の腹で涙の跡を拭いたかった。)"それ"はずるいなぁ。(好きな女の子の涙にはどうしたって弱い。お人好しと揶揄したくなる胸裏と純粋な喜色が綯い交ぜとなって顔ばせには曖昧な微笑みが浮かぶ。)世界と出会いなおすって感覚、今は見当も付かないけど――君が一緒なら頑張れる……頑張りたいって、思うよ。弱音も吐くだろうし、格好良くもなけりゃ、君をいつだって助けられるような余裕だってないかもしんないけど……"みこと"のこと、俺だってまだまだ知りたいんだ。(ハッピーエンドが必定じゃない現実。そこで何が出来るのかは分からないけれど、彼女と共にあれるのなら以前とは違う未来をその目に映すことも叶うだろうか。そよ風が吹けば絶えてしまいそうな儚い希望の灯。竦んでしまいそうな心を奮い立たせるよう腹の底に力を込める。)俺さ、目標がないと生きれないんだよね。(ふと、違った角度から切り込んだ話題に違和を覚えるやもしれない。さりとてこれも変わらぬ話。月の向こうで生きるすべを求めてのこと。願わくば白魚の細いゆびさきをすくい取りたい。弧状を描いた目元。やにわに持ち上がった口の端で紡ぐ。)向こうで、もしもの話だよ。みことに並んで恥ずかしくない男になれたらその時は――俺の、嫁さんになってくれる?(その左手に、薬指に、乞うようにくちびるを寄せる。縛ることに抵抗がないのなら、それさえも得難い絆としたい。顎先を上向かせる。伺うように向けた碧眼はこの期に及んでも強欲で傲岸だった。不安だろうが苦しかろうが――それ以上に君が欲しい。)

(絡めたゆびさき。眼下に眺め見るファンタスマゴリア。愛しのワンダーランドと別れを告げるのは、彼女とおなじく名残惜しいけれど。)――憶えてて。俺もちゃんと憶えてるから。 またね、ミコト。(夢はいつか醒める。おとぎ話には必ず最後のページがある。けれどそれは見てきたものがまぼろしって訳じゃあない。夢は現実から逃れるためでなく、現実を生きるために。さあ彼女と共に跳ぼう。月を越えて、あの空の向こうまで。)
エース 2020/02/26 (Wed) 01:36 No.84
(彼に名前を呼ばれるのが好きだ。聞き慣れたたったの3音が、彼に唱えられると、希望にもときめきにも切なさにもたちまち姿を変えて、体温も心音も動かしてしまうのだからふしぎだと思う。まっすぐな視線とともに零されたそれが今も、とくん、と胸に響いた。一輪で咲く花に気付いた誰かが、そのあたたかな手を向けてくれたように。)、やだ、泣いたりなんかするつもり、なかったんだけど……(おずおずと頬に触れる指先に、擽ったそうに目を細める。涙をずるいって言うならばお互い様だわ、なんて心のすみっこで思い返すのは、ふたりきりの舞踏会のこと。満月のもとであなたに出会ったあの日、とびきりの魔法が羽ばたいた瞬間、苦しみの底まで救いに来てくれた黄昏――胸にいっぱいの思い出をともに描いてくれたエースとは、おんなじであって少し違うはずの、向こうの世界の彼に、どうしても出会ってみたい。その祈りが届いたように、あなたの言葉がおそろいの気持ちへと終着したなら、)……っ!ほんとう!?(きらきらの星屑が瞳じゅうにちらばるように、かんばせにぱぁっと希望が浮かぶ。安堵とよろこびでまた溢れてしまいそうなしずくをぎゅうと閉じ込めて、言葉にならない吐息を吐いた。ゆっくり睫毛を持ちあげたなら、きっと今まででいちばん、強くやさしく愛おしい、憧れたような微笑みを、あなたに捧げよう。)――ありがとう、丞くん。……まだまだ知りたいのは、こっちのせりふだわ。これから、ね。(――ここで彼と出会ったから、これから目に映るたくさんのことが、耳や心の受け取るものが、きっとずっと素敵に変わってゆく。世界に出会いなおすように。あなたにとっての私もそうあれますように、と願う気持ちだって案外傲慢じゃないかもしれないと、あなたの言葉を素直に信じてみることにしよう。いつだってそうやって、この14日間を駆け抜けてきたのだから。無邪気な笑みにかすか揺れる声音で“これから”を約束したものだから、ふと、彼が切り込む話題にだって、生きる意思を読み取っては微笑のまま受け止めた。目標がないと生きれない。そうね、いかにもスポーツマンらしい気質だわ、と納得する傍ら、ゆるく小首を傾げたのはその表情のあやしさのせいで――) 、!?(フリーズしそうな頭の中を、薬指へのキスが熱くかき乱す。今なんて。今、なんて?数秒前までの格好良い饒舌が嘘のよう、はくはく、言葉をろくに紡げないで、くちびるはふるえだして、)ょっ……な、もうっ……~~っいつも、いきなりすぎるのよ……!(まっかっかな顔色は、暗い夜だからごまかせていやしないだろうか。ごまかせていますように。あなたに掬われた指先にぎゅうと力がこもった。心臓がうるさい。ああ、とびきり可愛い反応ができる女の子にはどうやらなれそうにもないし、どうせなら格好付けたままってのもこの人の前じゃあ無理みたいだわ。胸中で降参の旗をあげたなら、混乱するほどの幸福に困り顔でむずむずと言葉を探そう。)そ、……そんなこと、言われたら、私、本当に待っちゃうから……“もしもの話”じゃなくって、……約束、してくれる?(この世界で先延ばしにし続けたことを、またもう少しだけ先延ばし。忘れないように、解けないように。すくわれた左手でそっと小指同士を絡めようとしながら、琥珀も伺いの色を返そう。ああ、最後まで本当に、ずるい人だわ!――さぁ、とふたりの髪を撫でた夜風が、有明の月へと誘っている。そのかすかな光にいちばん近いこの場所から、いっしょに帰ろう。指を絡めて手を繋いだのなら、愛しきワンダーランドを見下ろして。)――ふふ、ねえ、ちょっとだけ名残惜しい感じ。(内緒話をするみたいに、おかしく切なく囁いた。おとぎ話は、これでおしまい。上々なハッピーエンドのつづきも、向こうで描いてゆけるかしら。)ファンタスマゴリアのこと、エースのこと、……さっきの約束だって、ちゃんと覚えておくから。また会いましょうね、丞くん。(となりのあなたを覗き込むように微笑んで、そのすべてを胸に焼き付けた。思い出に満ちた手を繋いで、春の花香より甘やかな胸で跳んでゆこう。とびきりの物語に出会わせてくれた愛するあなたと。――Thank you, good bye, wonderland!)
ミコト〆 2020/02/27 (Thu) 20:56 No.89
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