(――言葉尻こそ柔らかく、彼女を責めるような音が滲むこともない。けれどもこれは八つ当たりだなと、抱きすくめられて気付いたものだ。ささくれ立った気持ちが物事を穿って捉えたがる。だから、"良かった"と出逢いを肯定する音に口元をむず痒そうに歪めたりもした。彼女には見えない。ただ。まなうらに焼き付いた泣き出しそうな表情が胸を押し潰して、如何なる言葉も形となる前に霧散してしまう。エースなら、そんな顔をさせなかったのかな。答えの出ない問いを循環させる麻痺した脳内に、注ぎ込まれる言葉の誠実に息を呑んだ。何かをして欲しかったわけじゃない。理解されたかったのも少し違う。ただ其処にいる自分を認めてそばにいて欲しかった。)――ミコト。(やわらかなぬくもりが離れてゆく。代わりに目の前へ飛び込んだうつくしい琥珀。これまで見たどんな宝石よりいっとう美しい宝玉の在り処を男はもう知っている。)……そっか。俺がミコトを此処に喚んだんだね……。(見つめ合う視線は外さぬまま、うすら察していた事実をなぞる。"もう一回、世界に出会いなおしにいこう?" いつかむすめの手を引いてワンダーランドを駆けたように、今度は彼女が世界へと男を誘う。喉奥が震えた。すぐに返答は出なかった。積み上げてきた何もかもが崩れ去った現実に還るのは苦しい。でも。やがてむすめの眦からこぼれ落ちたひとしずくを見仰いで、荒野に咲く一輪のばらを見付けたようなある種厳かな気持ちにさえなった。ためらいがちに頬へ伸ばす手。この指の腹で涙の跡を拭いたかった。)"それ"はずるいなぁ。(好きな女の子の涙にはどうしたって弱い。お人好しと揶揄したくなる胸裏と純粋な喜色が綯い交ぜとなって顔ばせには曖昧な微笑みが浮かぶ。)世界と出会いなおすって感覚、今は見当も付かないけど――君が一緒なら頑張れる……頑張りたいって、思うよ。弱音も吐くだろうし、格好良くもなけりゃ、君をいつだって助けられるような余裕だってないかもしんないけど……"みこと"のこと、俺だってまだまだ知りたいんだ。(ハッピーエンドが必定じゃない現実。そこで何が出来るのかは分からないけれど、彼女と共にあれるのなら以前とは違う未来をその目に映すことも叶うだろうか。そよ風が吹けば絶えてしまいそうな儚い希望の灯。竦んでしまいそうな心を奮い立たせるよう腹の底に力を込める。)俺さ、目標がないと生きれないんだよね。(ふと、違った角度から切り込んだ話題に違和を覚えるやもしれない。さりとてこれも変わらぬ話。月の向こうで生きるすべを求めてのこと。願わくば白魚の細いゆびさきをすくい取りたい。弧状を描いた目元。やにわに持ち上がった口の端で紡ぐ。)向こうで、もしもの話だよ。みことに並んで恥ずかしくない男になれたらその時は――俺の、嫁さんになってくれる?(その左手に、薬指に、乞うようにくちびるを寄せる。縛ることに抵抗がないのなら、それさえも得難い絆としたい。顎先を上向かせる。伺うように向けた碧眼はこの期に及んでも強欲で傲岸だった。不安だろうが苦しかろうが――それ以上に君が欲しい。)
(絡めたゆびさき。眼下に眺め見るファンタスマゴリア。愛しのワンダーランドと別れを告げるのは、彼女とおなじく名残惜しいけれど。)――憶えてて。俺もちゃんと憶えてるから。 またね、ミコト。(夢はいつか醒める。おとぎ話には必ず最後のページがある。けれどそれは見てきたものがまぼろしって訳じゃあない。夢は現実から逃れるためでなく、現実を生きるために。さあ彼女と共に跳ぼう。月を越えて、あの空の向こうまで。)
エース〆 2020/02/26 (Wed) 01:36 No.84