(触れたそばから弾ける透明な真珠が次から次へと流れてゆく。一緒に溢れる想いも受け止めるように優しく拭い続けながら、男は困った様に口端を緩めてみせた。彼女に対して困惑している訳では無い。己の事しか考えずに彼女を傷付けた事への罪悪感が有るのに、彼女が流してくれる涙を拭える今を喜ばしく思う反省の無さも確かに有る事が心苦しくて、胸が甘やかに痛むのだ。幼子のように泣きじゃくる声へ、同じだけの大きさをしたごめんねとありがとうを返したら、滑らかな頬を何度も撫ぜるようにして涙を拭い続けた。そうして互いに頬の上に幾筋もしずくの跡を残したまま、笑顔の花咲くファンタスマゴリアの真ん中を駆け抜けてゆく。簡単なカードマジックで容易く笑ってくれた素直でやさしい住人達。他愛ないお喋りで何度だって笑い合えた彼らへ、さようならと告げるのだけは憚られたから「いってきます」の想いを込めて何度も何度も手を振った。共に進む彼女も同じ感慨を抱いているのだろう、隣で笑っていてくれることに安堵しながら辿り着いた時計台で二人きりになったなら、仄かに息を呑む気配を感じて心に柔らかな熱が息衝いた。──階段を登りながら、思い出すのはおとぎの世界の素敵な記憶たち。どんな記憶の彼女だって大好きだった。飾ることなく想いを言葉にしてゆけば相槌も返事も特に聞けなかったが、最上段の手前で聞こえた小さな小さな声に思わず破顔してしまった。照れたら素直になってくれない、そういうところも可愛いんだよ──と添える前に、世界中を包む光の洪水を目の当たりにすれば、目映く輝く星の海へと意識が奪われる。)綺麗だね。こんなに……こんなに素敵な場所に、僕たちは居たんだね。(この世界に招かれなければ、静かな湖へと沈み永遠の眠りについていただろう。こんなに美しい光の世界を知ることも無く、暖かな笑顔に迎えられることも無く、そして何より彼女と出逢う事も無かった。本当に、本当に夢のような世界だった。だからこそ未だに震えそうになる足を、怯える心を素直に明かしたなら、受け止めてくれる笑顔に安堵の息を吐く。)……コユキ、君ってひとは。(シャンデリアよりも目映い光を前に、柔らかく微笑むりんどう色を見つめてはにかむような笑みが零れた。愚かな男が貰うには余りにも純粋な慕情に、心臓がやかましく歓喜を歌う。とくとくと高鳴る鼓動が全身に熱と勇気を巡らせた。だから、無条件の信頼を宿す眼差しを受けて大きく頷いてみせる。)そうだね。また逢えるって、君が言ってくれるなら。必ず逢える。どんなに見え辛くても、星はいつも傍に居てくれるって……信じるよ。(信じている。確かな想いを言葉にすれば、求めに応じてしっかりと掌を握り締めた。決して離れないようにと繋いで、正面を向けばまるで客席へ挨拶するように背筋を伸ばす。──然れど、不意に隣へと顔を向ければ徐に彼女の横顔へと身を屈めた。叶うなら涙が乾いた頬の上へ、掠めるようにそっと唇を触れさせる。だって君が教えてくれたねむりから醒める方法は、このくにでいちばん高い時計台から──)僕のことだけ考えていてね、エトワール。(目覚めたら一番逢いたい人の顔を思い浮かべて、月へ向かって跳ぶこと。そうでしょう?と笑った頬に挿した朱色は仮面の輪郭が隠してくれればいい。負けず嫌いの彼女から抗議や反撃を受ける前に、「行こう!」と微笑んだならカウントダウンを始めよう。明日へ。未来へ。ふたりで居るから怖くないよ。)──ワン・ツー・スリー!
(ふたり手を繋いで跳び込めば、月に導かれる引力で身体が光に消えてゆく。跳んだ拍子に外れた虚構の仮面は、おとぎの世界へ置いてゆこう。りんどう色の星を見つめて微笑んだ素顔は、君の為に輝くライムライト。どうか、本当の人生を授けてくれたあなたを照らす光になれますように。)
ジェスター〆 2020/02/24 (Mon) 22:11 No.75