Mome Wonderland


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(コルネの自慢のおともだち。)
(俯せた頭の内側に下校のチャイムが鳴り響く。なんて憂鬱な音なんだろう。どうして子どもは日が暮れたらおうちに帰らないといけないんだろう。あの子は何故、希望も優しさも無い世界に帰りたいと願うんだろう。涙と共に溢れ出る「どうして」に答える声などありはしない。道端に散らばった星屑はそれぞれが鮮やかな色彩をしていて、髪だって見慣れたキャンディピンクの筈なのに。夢と幸せに満ちたワンダーランドは現実から逃げ出した弱虫を受け入れてはくれなかった。瞬きをする度に涙の粒が頬を滑って、地面に小さなあとを残す。鏡の草むらを蹴飛ばした足は全くの無傷であったけれど、胸が痛くて仕方がない。腹を痛めて産んだ実母すら受け入れてくれなかったのだ。世界が受け入れてくれないのも当然だ。そう自分を納得させたいのに、ズタボロになったこころでは自分の不幸を嘆くことしか出来なかった。)かえりたくない……。(ほんの一日前まで二人分の「好き」できらきらしていたのに。黒くてぐちゃぐちゃした何かに幸福が喰われていく。息苦しさから逃れたくて、転がっていた地面から身体を起こしたけれど、呼吸は徐々に浅くなる。吸っても吐いてもまともに酸素を取り入れられている気がしない。いよいよヒューヒューと掠れた音を立て始めた口を覆って、祈るように頭を下げる。テストの点数が奮わなかった時、解答用紙を前に正座をしたまま母に謝った日のことを思い出す。忘れたかった記憶をもう一度失うには、どうしたらいいんだろう。)ここ、で、 この国で、もう一回……もっかい、しねたら、今度は、 今度っ、こそ、(今度こそ世界から消えちゃえるんだろうか。肩を大きく上下させて、必死に呼吸を繰り返す。息をするみたいに、なんて表現を考えたのは一体何処のどいつだろう。息をするだけのことが、出来損ないのおれにはこんなにも難しい。)ナル、……ナルに、 さよなら、言 わなきゃ、(呼吸は未だ儘ならない。それでも重たい体を引きずるようにして歩き出したのは、彼女を元の世界に帰してやりたかったから。それだけが、今のコルネが生き長らえる理由だった。もしも彼女がファンタスマゴリアに落ちてきていなかったら、今頃舌でも噛んでいたに違いない。笑える例え話だ。)
コルネ 2020/02/19 (Wed) 23:10 No.14
(死んじゃいそう、と思ったことはこのファンタスマゴリアに来てから何度もあったけれど、それは決していやなものではなくて。少女はこれまで自分がきらいで情けなくてみじめに思うことはあっても、本当のほんとうに死にたいと望んだことや死のうと思ったことはなかったように思う。だって、少女には絶対的な味方が居た。学校ではどんなにひとりぼっちだったって、おうちに帰ればあたたかくてやさしい家族が包んでくれた。だから、つらいことがあったって悲しみに染まりきらずにいられたのだ。この変テコな世界に来てからは、彼と子ネズミが少女にとってのそれだった。自分でさえきらいな自分のことをすきだと言ってくれた、とびきりに特別なはじめてのともだち。──現実世界の彼にはそういう存在が居なかったのだろうか。死を願うほどに彼の心を苛んだことの詳らかは分からない。けれど、すべてを否定されるってどれほどにつらいことだったろう。死んじゃいたい、と思うほどの絶望はどれほどに深く昏いものだったろう。)──っ、コル、ネ、くん……っ!!(その姿を見つけられたのはきっと彼が歩きだそうとしていくらも経たぬ頃。向こうには鏡でできた森の入口、割れた小瓶、散らばる星屑たち。 記憶を思いだした彼はきっといつかの自分と同じように銀色の森に心を喰われかけたのだろう、と察するのはたやすかった。速度をゆるめずに駆け寄り、急ブレーキで止まって。おもむろに伸ばした両腕でぎゅうっと彼を抱きしめてしまおう。彼がびっくりしたとしても、すこしくらいの抵抗があったとしても譲らぬつもりの強引さで。すこし背伸びの視界には間近のキャンディピンク、夜明けのまなこから零れる痛ましい雫が少女の髪や肌に触れ、不規則な呼吸音がすぐ耳元で聞こえる。いつかに少女を抱えあげて鏡の森から助けてくれた、ひとまわり大きな彼の身体が今はこんなにも儚い。胸がきしんで、痛くて、でもきっと彼のほうがずっとずうっと痛いに決まっている。ちいちゃなおともだちもふたりの肩を行ったり来たりで心配そうに覗き込んでいた。)呼んで、くれたよね……。助けてって、声も、聴こえたよ、……聴こえてたの、ここに落っこちてくる、前にも……。……っ、遅くなって、ごめん、ね……っ (あがる息に途切れながらも懸命に伝えたがる。さっきも、あのときも、彼が発した儚いSOSはどこにも届かずに消えてしまったわけではなかったのだと。この耳に、この心に、ちゃんと届いたのだと。彼の心をかげらせるものをちちんぷいぷいで解決してしまえる魔法使いにはなれない、絶望を力に変えて導く英雄にだってなれない。自分なんかに何ができるかなんて全然わからないから『助けに来たよ』とは言えなかったけれど、心意気ばかりはそうでありたかった。あなたの心をほんのちょっとでも……本音をいうならば沢山たくさんまたあの笑顔が見られるくらい、すくえたならいいのにと願っている。──だって、ともだちだから。)
ナル 2020/02/20 (Thu) 21:48 No.26
(電子の世界からおとぎの世界へ。それも駄目だというのなら今度は地獄に逃げるだけ。結局は逃げる先が変わっただけで、根幹は何一つとして変わっちゃいない。知らず根付いた逃げ癖に従うままの人生だ。こんな思いをするくらいなら、いっそ首を刎ねられた方がましだった。奥歯を強く噛み締めて、俯き気味に足を進める。散らばった硝子の破片を踏まぬよう避けた拍子に足が縺れて、倒れかけた上体を必死で保つ。今度は慎重に足を踏み出そうと片足を浮かせた時だった。ざわざわ煩い頭の中に、声が聞こえた気がした。自分のそれとも友人のそれとも違う女性の声。だけどボイスチェンジャーを通した声とも、母の声とも違う音。地面を向いた鼻先がそちらを向くより、何かがこちらに飛び込んでくる方が早かった。死にたいなんて言っておきながら、いざ何かに襲われるとなれば恐れをなしてしまって。弱い力で、でも確かに押し退けようと藻掻く姿は滑稽だろうか。)……っや、 やだ、やだ……っ、(幼子みたいに頭を揺すって、嫌だ嫌だと繰り返す。揺れに合わせて溢れる涙は、美しい宝石や花びらに変わることなく頬を伝って落ちていった。目の前にいるものが鋭い牙を持った獣でなければ、底無しの闇へ引きずり込むゴーストでも無いと気が付いたのは、必死になって紡がれる声がようやく耳に届いたから。浅く吐いて、吸って吸って、苦しいのにまだ吸い込む。上手く行き渡らない酸素を必死になって取り込もうとする呼吸の音に紛れることなく、彼女の「ごめんね」が聞こえる。震える手はゆっくりと浮き上がり、寄り添う身体に縋ろうとした。だけど、縋れなかった。)聴こえた……? おれの声が、ナルに?(それは希望であり、絶望であった。ピンチの時にヒーローが――彼女は女の子だから、不思議なちからで変身する魔女っ子の方が正しいかもしれない――現れたような安心感。それと同時に、彼女を巻き込んでしまったのが他ならぬコルネ自身であると突き付けられる絶望が沸きあがる。どちらも弱虫が抱えるには重すぎる。ぼろぼろ零れる涙の所為で、見上げた夜空のどこに月がいるのかすらわからない。)ごっ、ごめんは、おれのほう……おれが、おれが呼んだりしなきゃ、ナルは……。(おかあさんのオムライスが食べたい。そう言っていた少女が家族のいない家で暮らすのはどんなに寂しく心細かったろう。おれの所為で、おれが居なければ。そんな自責の念は勿論絶えないけれど、それ以上に問題なのは彼女が来てくれたことをうれしいと思ってしまうことだ。戸惑う手のひらを握って、開いて。)ナル。帰ろう。ナルだけでも元の世界に帰ろう。おれは、もう……もういい、から。
コルネ 2020/02/21 (Fri) 20:09 No.37
(幼子がぐずるような拒絶も、弱々しいけれど確かな抵抗も、まとめてぎゅうっと抱きしめる。不器用な呼吸がすこしでも楽に整うように願いながら背を撫で、吸うだけじゃなく吐くこともうながして。自分の息が整うとともに彼の抵抗が薄くなりゆくのを感じながら、ゆるゆると首を横に振ろう。)「助けて」って声が聴こえた時ね、……私、おんなじ気持ちだったの。自分がいやで、逃げ出したくて、助けてって誰かにすがりたくて……だから、共鳴しちゃったん゛じゃ、ないかな……。(鏡の森がみせる記憶に心すくませた少女のありさまは彼にも覚えがあることだろう。『死んじゃいたい』には届かずとも、憂いなき身では決してなかった。あの声がファンタスマゴリアに落っこちる切っ掛けであったのだとしても、それが彼だけのせいであるとは思わないし、思えない。少女のほうにも彼の声が聴こえるだけの理由があったのだろう。)最初はなんてところに来ちゃったんだろうって、思ったけど……コルネくんやチップちゃんに逢って、はじめてのと、……ともだち、が! できて……すごく、すっごく、嬉しかったの。だから、だから……「ごめん」なんて、いらないんだよ。(この世界に落っこちたからこそ出逢えたひとの背をゆっくりと掌で宥めつづけながら、子ネズミとも視線をあわせて微笑む。あのまま何事もなく泣きべそで家に帰りつく道と、変テコな世界に落っこちて彼らと出逢う道と、もしもふたつの道のどちらかを選んでいいと言われたのなら今の少女は間違いなく後者を選ぶ。それくらいに、この世界での日々と彼らとの出逢いや想い出は、少女にとってかけがえなく大切なものだった。けれど、そんな想いをくれた彼が現実世界では深い深い絶望を抱えていたなんて。少女を元の世界に返そうとしてくれるのに、彼自身はすべてを諦めきったような言葉に、ぎしりと胸がきしんだ。)……、……やだ。……それなら私も帰らない。(胸の痛みを耐えて数秒黙りこんでから、さらに腕の力を強めて駄々っ子みたいに否を返した。)……いまのコルネくんを置いて、私だけなんて行けない……行きたくない、よ。(家族に逢いたい気持ちがなくなったわけではもちろんない、けれどそれ以上に今の壊れ物のような彼を置いていきたくない。帰らぬ責任を彼に押し付ける気では決してなくて、自分をたてにいっしょに帰ろうと脅迫しているつもりだってなくて、これはただのわがままだった。)──……ねぇコルネくん、……もしもだれかがコルネくんのことを否定するなら、私がそれよりもっと多くコルネくんのよいところを言うよ。だれかがコルネくんのことをきらいでも、私がそのひとの何倍もコルネくんをすきでいる。……コルネくんは私の大切な自慢のはじめてのおともだちで、私はあなたのことが……だいすきだよ。(いつかに彼からもらった言葉をなぞるように、懸命に想いを編む。彼が真実肯定をもらいたいひとの代わりとはなれないだろうけれど、そんなふうに彼のことを思っているひとがすくなくとも一人はここに居るのだと伝えたくて。)
ナル 2020/02/22 (Sat) 20:18 No.50
(そんなことってあるんだろうか。願いの強さや信じる心ではなくて、傷付いた気持ち同士が呼び合うなんて。漫画、小説、映画にドラマ。少年が知る奇跡の多くは別の世界の物語でしか無かったけれど、こうして身を以て奇跡みたいな出来事に直面しても何だか現実味は湧かなかった。「ごめん」は要らないという彼女に早速口をつきかけたごめんねを呑み込んで、揺らぐ視界の中、持ち上げた顔を小さな子ネズミへと向ける。ちゅ、と短く鳴いたネズミはコルネの名前を呼ぶ。涙がまた一粒、頬を滑った。だって彼女が友達になったのは、少年の理想を詰め込んだコルネというおとぎ話の人物だ。本当の自分はコルネほど陽気じゃないし、見た目も華やかではないし、彼女を抱えて回れるほど力持ちでも無いだろう。うじうじ虫が胸の中に巣食っている。だからきみはお帰りよと続けようとしたくちびるは、震える息を吐き出して、そのまま。)そんな、だめだよ……ナルは、帰らなきゃ。あったかいおうちに帰って、おかあさんのオムライス食べなきゃ……。(突き放したがる心はぐらぐら不安定に揺れていて、帰さなきゃと帰らないでが綯い交ぜになっている。ふたりきりのダンスパーティで感じた名残惜しさよりずっと強く、離れたくないと胸の底が叫んでる。どうしてずっと幸せな世界で暮らせないんだろう。そう疑問に思うのは何回目?呼吸はまだ整わなくて、涙も忙しなく零れてくる。だけど握った手のひらはゆっくりと開かれて、控えめに彼女の服を握った。)…………っ、……っふ、う゛、 う゛ああぁ゛……っ、おれっ、おれ、 ほんとは、ただ、そのままのおれでいいよって…………ううん、だめじゃないよって、言って 欲しく、てっ、(感情がないわけじゃない。なのに言葉が上手く出てこない。彼女もそうだったんだろうか。素直になることは簡単そうで難しい。途切れ途切れに吐き出すこころは、コルネがひとりじゃないからこそ音になった。彼女がくれた言葉と想いが傷口に沁みて、痛い。嬉しい。痛い。震える手はようやく少女の細い身体を抱き締め返した。弱い弱いちからで。)あっちに、戻っても……会えるかな。また、会って、もう一度ナルとともだちになれるかな。(世界に小さな希望を見つけてもいいんだろうか。溢れる涙は塩辛い。そう、甘くは無いのだ。涙も現実も世界も何もかも。それでも彼女が居る世界なら、もう一度ひかりを見つけられるような気がして。涙に濡れた頬を、少女の頬にそっと寄せた。夢の終わりはいつだって穏やかで名残惜しい。)
コルネ 2020/02/23 (Sun) 13:29 No.62
(ピンクのギンガムチエックの背に感じた控えめな重みと力、鼓膜と心を打つ涙まじりの不器用な言葉。 認められたい、肯定されたい、嫌わないで、──彼が苦しげに吐き出したものは決して大それた望みなんかではなくて、きっと誰だってみんな持つ当たり前のものだった。それを否定し彼を追い詰めた周囲や状況を恨みたくもなってしまったけれど、ぐっと唇を噛む。代わりに慈しむ手付きでネイビーの背を撫で続け。やがて弱々しく、けれど確かに彼が自分を抱きしめ返してくれるのを感じ、落とされた声に緩やかに黒の双眸を瞠った。──それってつまり、『もういい』じゃないってことだろうか、諦めや絶望から僅かでもひかりを見つけてくれたということだろうか。 息が詰まるような感情の昂ぶりが目の奥を熱くさせ。)っ、う゛ん………きっと逢えるよ、ぜったい逢いに、行くっ……よ! だからまた、……また私の、ともだち、に、なって欲しいな。(優しいばかりの世界でも、うまくいくばかりの世界でも当然ない、それは少女にとっても同じことで。きっとまたうまくやれずに落ち込んだり泣いたりもするのだろう。それでも、彼がいっしょに現実世界へ戻ってくれるというのなら、望みたい未来がある。彼もそれを願ってくれたことがどうしたって嬉しくて、ぴたりと寄り添った頬の濡れた感触に覚えるどきどきも手伝い、ぽろりと零れ落ちた雫。あたたかな温度をしたそれは嫌なものでは決してなく、ふたりぶんの涙が頬のあいだで混じりあって落ちていった。「ふたりとも泣き虫ね」子ネズミがあたたかな声で笑うから、つられて少女も潤む瞳のまま笑ってしまって。淡い息の揺らぎはくっつけた頬からも、ぎゅうっと抱きしめた身体からも伝うだろう。名残惜しくて、離しがたくて、けれど夜空に浮かぶ猫の目はもうほとんど眠りかけているから、悠長にもしていられない。一度きり頬を擦り寄せる、飼い犬が懐いてくる時のような仕草をなしてから、そうっと腕を緩め顔を離し、ピンクの髪の少年と子ネズミをあらためて見つめる。共に過ごした長さはほんとうは少女とほとんど変わらぬらしいのに最初から息がぴったりだったふたり、はじめて出来たともだち。彼らを揃って見られるのも今宵が最後かと思えばまたすこし涙腺が刺激されたけれど、深呼吸ひとつふたつでどうにか気持ちを落ちつけて。)……もとの世界に帰る方法は『月が消えるまでに一番高い時計台から、目覚めたら一番逢いたい人の顔を思い浮かべて、月へ向かって跳ぶこと』なんだって。──…私は、現実世界のコルネくんに逢いたいって思う、ね。(元の世界には少女が知るそのままの"コルネくん"は居ないのだろう。現実世界の彼とファンタスマゴリアの彼とにどれだけの違いがあるのかは分からない、けれどきっと、まただいすきになれる予感がしていた。)……チップちゃん、お見送りしてくれる?(ちいちゃなおともだちにそう訊けば「もちろんよ、ともだちだもの」と返事をしてくれた。それにくすぐったげに笑ってから、大切な宝物に触れるように濡れた彼の頬を指先で拭って、手のひらを差しだそう。いつも彼がしてくれたように、当たり前のように。──さぁ目指すは時計塔、月が眠りきってしまう前に行かなくちゃ。)
ナル 2020/02/23 (Sun) 17:47 No.63
(喜びと悲しみと。天秤にかければ喜びの皿が沈む人生だった。なのに一度の絶望で世界全部を否定した少年は、きっと周囲の大人が言うほどには優等生では無かったのだ。優等生の息子じゃない。電脳アイドル胡桃コルネでもない。そしてファンタスマゴリアのコルネでもない。剥き出しの自分でも構わないと言ってくれる人が居るなら、それはきっと何物にも代え難い力になる。心が折れない魔法ではなくて、帰り道のスニーカーに宿るちっちゃな勇気に。頷く動きに合わせて混ざる涙の粒がぽたぽた落ちて、少年の顔貌にも仄かな笑みが戻ってくる。深い呼吸を繰り返せば、心が凪ぐのに合わせて呼吸も規則正しくなっていくだろう。)月に向かって……、(すん、と鼻を鳴らしながら空を見上げる。月明かりはもう殆ど見えなくて、心には焦りが滲み出す。うさぎを追いかけるアリスもこんな気持ちだったのだろうか。視線を彼女に戻して、緩めた眦にくしゃりと皺が寄る。元の世界に戻ったら会いたい人は沢山居る。友人に従兄に先生に、それから両親。だけど一番に会いたいのは、目の前にいて欲しいのは、コルネの自慢のおともだちだった。願えば叶う夢の国で過ごした所為だろうか、一緒に願えば本当に叶うような気がして。おれもと言う代わりに、浅く首肯を返した。濡れた頬を拭ってくれる手に一度瞬きをして、ずっと軽くなった心と足で駆け出した。差し出された手を強く強く握って。真っ直ぐに、振り返らずに。)

……ナル、ありがとう。ナルはね、おれの……コルネの大事な大事なともだちだよ。それはおれが日本に帰って、コルネじゃなくなっても変わらないから。(時計塔の階段を一息に駆け登ったから、息はすっかり切れている。見下ろす地面はあまりに遠くて目眩がしそう。そう、あの日飛び降りようと忍び込んだ深夜の廃ビルから見下ろした景色みたいに。ここまで来て怖気付くなんて、馬鹿みたいな話だろうか。握った手に力が篭もる。「チップもね、おれの最高のともだちだよ」そう言う声はほんの少し震えていた。)向こうに帰ったら、パフェでも食べよう。あっちの星はあんまり美味しそうじゃないからさ。(真下で動く文字盤で、針がカチコチ回っている。天を仰ぐまでもう時間が無い。肩から飛び降り、柵の上に着地したネズミに笑みを返して。地上から見上げるよりずっと近い月を見仰いだ。)おれね、ナルの一番好きなとこはおしゃべり上手なとこだと思う。(軽快な音楽みたいに紡がれるわけではないけれど。嘘のない言葉は耳に心地よくて、それが真のおしゃべり上手だと思うのだ。伝え足りないだいすきは再会した時のお楽しみにしておこう。ぎゅっと手を握って、まぶたの裏に彼女の姿を思い描く。くるくる回るだけのダンスをした時の、すてきな笑顔を。)…………戻ろうか。ナル。(さあ、準備はもう出来ている。絶望に抗う覚悟を胸に抱いて、少年は物語の終わりに自ら飛び込まんと高い塔の縁に立った。)
コルネ 2020/02/24 (Mon) 14:11 No.70
(鏡の森はもう遠く、花たちの眠る丘やおおきなきのこ十字路をぐんぐん抜けて、駆けのぼった時計塔の螺旋階段。塔から見おろす景色はぞっとしてしまうほど高いけれど、月から落っこちてきた時よりはまだ地上に近い。ぽつぽつと明かりの灯る夜色のファンタスマゴリア、暗くともなにがどこにあるかおおよそ分かるくらいにはこの変テコな世界をたくさん彼と手を繋いで見てまわった。お城に湖に広場の噴水、そしてパン屋さんや灰色屋根のお家も見える。彼を絶望へ沈めた現実世界に返すことが本当にただしいのかは、人生経験の足らぬちっぽけなむすめには正直なところわからない。けれど彼自身が迷いながらでも怯えながらでも元の世界へ戻ろうと思ったのなら、そこに勇気を添えられる存在でありたかった。)わ゛っ……私こそ、沢山ありがとう。はじめてのおともだちがコルネくんとチップちゃんで、ほんとうに、すごく、よかった。(おしゃべり上手なんて自分とは無縁の評価に思えるけれど、彼がそう感じて、それを好ましくみてくれているのなら、単純に嬉しかったからすこし照れくさそうにして。彼の指の力が強まった理由を察した訳じゃないけれど、大丈夫を伝えるように親指でそっと彼の手の甲を撫ぜ。)……っ、うん゛、素敵なお店、探しておくね。──ぁ。あのっ、よかったら……うちに、ママのオムライスを食べにも、来てね。私の……とととも゛、ともだち、だって紹介したら……きっと、すごく喜んでつくってくれる゛と、思うから…!(ともだちとパフェを食べにいったり、両親にともだちを紹介する奇跡みたいな未来を思い描いたら、遠い地面への恐怖が高揚へとすこし変わる。ちいちゃなおともだちにさよならと手を振ったなら、もう片方の手をぎゅっと握りなおした。この手を離さずにいたら、現実世界でも同じ場所に落っこちられるのではないかと願うみたいに。)うん……、せーの、でいっしょに跳ぼう、ね。(名残を惜しみたがる心を、時計の針が進む音と今にも眠りきってしまいそうな細い月が追い立てる。けれどピンクの髪と夜明けの瞳の彼を慕わしく思うのとおなじくらい、まだ見ぬ現実世界の彼にも逢いたいから、逢えると信じているから。すぅ、はぁ、覚悟のひといきを吸って吐いてから、少女はわらった。くるくる回るだけの拙くてとびきり楽しいダンスをした時とおなじように。) ──……せーのっ、……!(ピンクな髪とギンガムチェックのワンダーランドの住人の証がはためいて、ふたつの影が月に向かって跳びたつ。──さようなら、変テコで優しいワンダーランド。忘れないよ、この世界で出来た想い出と出逢ったひとたち。ありがとう、ピンクの髪のコルネくんと子ネズミのチップちゃん。今帰るよ、パパ・ママ・ティティー。お手柔らかにしてほしいな、愛しく儘ならぬ現実世界。そして……また逢おうね、まだ見ぬ私のおともだち。)
ナル 2020/02/24 (Mon) 22:50 No.76
うん、うんっ。おれも、……おれもいつか、お母さんにおれのともだちだよって紹介……出来たら、いいなあ。(ねむり草の香りを乗せた夜風が濡れた頬をこしょこしょ擽って、それがあんまりにも心地良いものだから、後ろ髪を引かれるまま立ち止まってしまいそうになる。爪先がはみ出した足先も固く繋いだ手も僅かに震えていただろう。だけど、それで良いのだと思った。怖くて当たり前だ。生きてるってそういうことだ。大切なのは恐れないことでも傷付かないことでもなくて、そんな弱い自分を受け入れること。そう思えたのは、隣に立つ彼女がコルネの分までコルネを好きでいてくれるからだった。撫でられた手の甲から滲む勇気を握って、せーので地面を蹴飛ばすイメージを脳内に思い描く。夢にあふれたおとぎの国ならば、白い羽でも生えてきそうだ。すぐ隣の横顔を最後に一度眺めて、少年はコルネらしい笑みを浮かべた。明朗で、悩みなんてなさそうで、いっつも幸せそうな。ファンタスマゴリアの住人らしい笑顔を。)せーのっ!(元の世界へ戻る方法は、目覚めたら一番逢いたい人の顔を思い浮かべて、月へ向かって跳ぶこと。うさぎの尻尾みたいに丸かった月は、今にもまなこを閉じようとしている。掛け声に合わせて跳ねた身体は、きらきら輝く流星に紛れて夜の空へと落ちていく。閉じた瞼の裏側に思い描いた少女の表情を忘れませんようにと祈りながら、結んだ手に力を籠める。まるで空でダンスをしているみたいな感覚。憂鬱な帰り道も、こんな風変りなら悪くない。「またね!」と叫ぶともだちの声を背中に受けながら、ふたりの身体は沈んでいく。その手が解けてしまう前に、不思議の国から目覚める前に。薄く開いたくちびるは、彼女の名前をつむいだ。)ナル。おれの名前はね、…………。(ワンダーランドのコルネじゃない本当の名前。それを伝える前に、ページは捲られてしまうだろう。おとぎ話というものは案外にせっかちなものなのだ。こうして、ファンタスマゴリアのコルネといっぴきおおかみのアリスは元の世界へ戻っていきました。ふたりの再会が知りたいのなら、どうか下巻を手に取って。ファンタスマゴリアでなくとも奇跡は起こせるってことがきっとわかる筈だから。月が夜空で居眠りを始めた頃、ふたりのともだちを見送った子ネズミはチュウと鳴き声を残したきり、いつまでも星降る空を仰ぎ続けていたそうな。そんな子ネズミの大冒険が描かれる予定は――残念ながら、今のところはないみたい。)
コルネ 2020/02/25 (Tue) 15:54 No.80
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