Mome Wonderland


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(青のキセキをこえて)
(音がないことが嫌だ。騒音よりも無音が特に嫌いだった。出したくても出せない、掠れて形のない自身の声に重なるように感じるから。不協和音でもただ、音を紡いでいたい。記憶の奔流の中で、夢への逃避直前の苦悩が蘇る。暗闇の中で瞼を落としても消えず纏わりついてくるものは、ごろごろと違和を訴えてくる喉の感覚と思うように出せぬ声。夢の中だからそんなものはない筈なのに、声を出した時にあの音が出たらと思うと唇を開けども何も紡げぬまま。噴水の水音や風の伴奏だけがただただ響いていくばかり。まるで喉が凍り付いてしまったかのように動かせないという錯覚は、本当に凍てついた訳ではない。ただただ、その先で掠れて空気だけが吐き出されるような音がおそろしくてとそれだけのこと。分かっている、ここはファンタスマゴリアだ。逃避した夢、誰かが紡いだ夢想の先の世界、いつか覚めるまでの揺り籠。けれど覚めるまでは夢ならば、この声はきっと思った音を奏でてくれるだろう。それでもうたうのがこわくなるほど、この声を奏でることは自分の中で特別だった。)――、(はく、と空気を唇がはむ。声の出し方さえ忘れてしまいそうな闇の中だった。視線を持ち上げた先に、月でも星でもない白が揺らめく。まるで記憶を抜け落としてまっさらになっていた自分のような花弁だ。けれどその花弁は、中央から徐々に滲むような赤に染まっていて、その姿が――)……ジュン、(彼女に重なった。朱に揺れる髪、白いワンピース、月から降ってきた、きっと自分が呼んでしまったひと。返してあげなくちゃと、反響する問いかけに思わせるきみ。)……ッ(きっとごめんとか、ありがとうとか、伝えなきゃいけない。なのに一番に思うのが会いたいと、うたいたいなんてどうかしてる。でも浮かべば君に会いたくて、同じくらい君を想うと溢れる音をうたいたい。この声で、ただ想ったままに。噴水の背にして駆けだせば、探すように彼女が好きだといったダリアの花を探す。それからその中心で、ひゅっと息を吸ってうたった。きっと咆哮のようにも泣いているようにも聞こえる、めちゃくちゃなうた。けれど気持ちをそのまま、会いたくてここにいるんだって呼ぶように響いて、知らせるような月の歌だ。花の香りに染まった男が夢でいちばん、うつつを恋う姿。ああなんだ、暗闇ばかりに見えたのはこの目が曇っていたからかもしれない。眩い色を視界に捉えた時に気づけば、泣きそうな顔で花園のどんな花よりも鮮やかな彼女を抱きしめようと腕を伸ばしていた。)
エセル 2020/02/19 (Wed) 22:51 No.13
(まるく並べられたおとぎ話のような家から一目散に飛び出したとき、彼がいるとすればあの花園に違いないと既に解っていた。消えかかった月明りしか頼りの無い夜道でも足取りに迷いが見えなかったのは、彼に会うためそこに向かっていたこれまでの毎日、毎朝があるからだ。無論呼吸には限りがあって花園の入口に辿り着く頃には息があがってしまっていたけれど、これでもまだ十代と言わんばかり、膝の力が抜けるほどではなかっただろう。肩で息をするのも立ち止まってからの数十秒で、ぐるりと一面の花の中を見渡す頃には深呼吸のひとつで幾分か落ち着いている。暗がりに目を凝らして、彼の姿を探した。噴水の音に誘われるようにそちらへとつま先を向けたのは、彼なら噴水の音色さえうたに変えてしまえるとそう思ったから。「エセル」と名を呼んだ。鏡の森で助けを乞うたときのようなか細い声じゃなく、張るような平べったさで。耳を欹てれば水の音がすぐ近くにあって、そこに彼の姿はもうないのに、香りが残っているような気がする。花の香り、なんて此処じゃいくらでもあるのに。すう、と凍えた夜の空気を肺に取り込めば、視界が開けたように思えた。泣きたいような、叫び出してしまいたいような、そんな歌声が耳朶に触れたのはそんな時だ。)──……ッ、 みつけた……っ(ワンピースの裾を翻して花のあいだを駆けた。彼がいると思えばなりふり構えず、もしかすると眠るように横たわった葉だとか、或いはその中に小さく埋もれた花を踏んづけてしまっていたかもしれない。ごめんなさい、と謝る傍から遠く背の向こうに流れてゆく。「エセル」、もう一度名前を呼んで歌声のする方へと距離を詰めれば、探し求めていた姿があっただろう。こちらへ伸ばす腕があるならその中へと飛び込むように。背に回した腕でぎゅうと抱きしめてから、白皙の頬へと両手を伸ばした。包み込むように触れることが叶うならば、その瞳に映り込むように見上げよう。)ここにいると思った。……あのね、わかったの。帰り方。それからエセルの、……ことも少し。わたしを呼んだの、やっぱりあなただったんだね。(彼を見詰める視線は、怪我はなかった、とすっ転んだ子供を心配するような母親の眼差しにも似ている。けれどこの場合の怪我は表面上ではなくて、もっと深く内部に出来た亀裂。その証左のように聴こえてきた歌声は助けを求めていたから。)わたしはあなたの為になりたい。(だから使って、と付け足した声は震えて掠れた。ダリアのまんなかで永遠に現実を忘れてしまいたいと言うのならそれだって、構わないくらいの気持ちで。物語の最後に書かれた一文を思い出す。己に懸かっているというならば、すべては中天の彼の為にありたいと。)
ジュン 2020/02/20 (Thu) 05:06 No.18
(うたうことがすべてだと、そこまで振り切った考えなんかじゃない。ただ失うことがこわかった。この声がなにも奏でることが出来なくなることが、ただ空気を揺らすだけになることが、たまらなくこわくて耐えられなかった。だってこんなめちゃくちゃな旋律でも、こんなにも心が震える。暗闇にその色を見つければもっと、溢れるみたいだった。ぎゅうっと眉間に寄った眉は、けれどその尾は情けなく下がったかたち。呼び声を拾ってふつりと止んだ声のかわり、唇がまるで音と言葉を忘れた魚のようにはくはくと震えた。ごろごろと喉で転がる違和はないはずなのに、上手く紡げないのがもどかしい。それよりもと伸ばした腕と共に地を蹴った足はずっと素直で、飛び込んでくる彼女を受け止めるようにしてぎゅうと、背に回した手のひらが力いっぱいに彼女を抱きしめた。花の香りが舞う。でも腕の中の彼女は花というよりも、陽だまりのようにも思えた。抱きしめた身体も、頬を包む両手もすごく温かい。濡れていなくてよかった、とその感触に思うけれど、彼女の瞳には情けのない自分のくしゃくしゃな顔が映っていた。)……う、ん。……俺、だった。呼んだのは、(今も、月から降ってきたときも、彼女を呼んだのは自分だ。あたたかに感じる眼差しから逃げるように逸れる視線は、バツが悪そうに。胸が軋むと同時、もつれたようにたどたどしい言葉がそれでも何かを伝えたがるように音を探す。)俺は、君を帰さなくちゃ。……まだ、間に合うよ。まだジュンは、帰れる。(彼女を月へ、消えてしまう前に帰さなくちゃと紡ぐ。帰り方なら自分も知った。見上げた月は未だ消えていないから間に合うと、背を押すような声が震える。離してしまうのがこわかったし、かといって自分もというのもこわかった。ごめんもありがとうもやっぱりまだ紡げないまま、ただ自分の為にと声を震わす彼女がいとおしいのに、応える音がまだ一つも見つけられないでいる。それもまた、自分の中ではこわかった。)……俺は、なにかが欲しかったわけじゃ……ないんだ。ただ、なくなるのがこわくて、 うたっていたかっただけ、で。(抱きしめた指先が、彼女の白いワンピースに小さな皺を作る。欲しかったわけじゃなかった。ただなくなるくらいなら消えてしまいたかった。でも今は、それだけじゃない気がしている。)わからないんだ。……だって夢の中でも、こんなに苦しいなら消えてしまいたいって、思うのに。(どこにいてもこんなに苦しい、と。腫瘍があるのは胸ではなく声帯、喉なのに痛むのはずっとそこだった。情けないでしょう、と。下手くそに笑おうとして結局できなくて、かわりに瞳を瞼で伏せて彼女と額を合わせる。)でもジュンがいたら、色んなものが溢れてくるんだ。(音とか、気持ちとか、足りないものなんてないみたいにたくさん。まるで欠けるものも、欠けたものもないみたいと、そんなふうに眦だけがちょっとだけ笑った。)
エセル 2020/02/20 (Thu) 23:25 No.28
(どれだけぴったりとくっつけているつもりでも、指の隙間から滲むように落ちてゆく滴をもう一度掌に戻すことなど出来ないように、途中で霞と消えてしまう幸せならば端から無い方がましだった。そう、項垂れてしまいたくなる不幸が現実世界には嫌と言う程溢れているのだろう。他人の痛みを慮ることは出来ても完全に理解することなどどのような聖人にも出来ることではないし、世良ごときが知れる彼の心中なら、痛切なうたと表情がそのすべてだった。苦しいのだろう、と思う。恐ろしくて、逃げてしまうことは決して罪じゃない。世良の背へときつく絡む腕は確かな人の温かみを有していて、透けるような髪でさえ人の子のそれには違いない。親指の腹で撫でるようにした頬はさらりとしていて、それが反って表情だとかと不釣り合いな気がしてしまうくらいだった。)そう。エセル、あなたが呼んだから来たんだよ。……それなのに、わたしにだけ帰れって言うの? エセルがわたしを戻すんじゃなくって、わたしがエセルを、連れて帰らなきゃいけないんじゃないの。(ジュン“は”と言った。やんわりとした口調はけして咎めるような響きではなくて、多分どちらかと言えば諭すような、或いは自分自身を納得させる言葉を探すようなものだった。逸れていった視線を追いかけるように首を傾けて、頬に触れる手で無理矢理こちらを向かせたりはしなかったけれど、代わりに世良からの眼差しは逸れず彼を見つめただろう。辛い記憶に蓋をして、ずっと幸せなだけのファンタスマゴリアで生活をしていたのだ。急にすべてを思い出してしまって嘸かし胸が痛むだろう。今の彼には鏡の森に入ることだって出来ないに違いない。)うん……、……わたしも大事なもの逃したからちょっとだけわかるよ。別に、わたしのすべてじゃなかったけど……、わたしのすべてにしたかったもの。失うくらいならはじめから無い方がよかった。(だけど過去に戻っても目の前にまた転がされたら、失うと知りながら手を伸ばしてしまうのかも。もしかしたらなんて期待をして。もうひとつ先の幸せを夢見ていた世良にとっての逃した幸福とは、彼にとってのうたとは少し違うかもしれない。けれど確かにいっときは手をつないでいた筈のものだったから、今では軽く吹っ切れているとはいえ当時の喪失感はそれなりにあった。その喪失感に続く絶望を、彼は今、感じているのだろう。掌は頬をくるみ、中指は耳朶の裏に触れる。そうしてそっと、顎筋から鎖骨を通るようにして滑らせた両手は嘆く彼の胸へと降りた。ぴたりとくっつくように腕を折り畳む。)夢の中でも辛いんだったら、夢に留まる必要はないんじゃない。……うたえるようになる方法は、ないの?(本で読み得た以上のことを世良は知らない。大切にしていたものを、喉を、声を失いつつあるということ以外は。だから、現実世界でもあなたのうたを聴きたいと、そう口にしてしまうことがどれだけ彼のこの胸を穿つか分からなくて、明確に伝えることは出来なかった。溢れてくる色々なものの中に、例えは希望とか、例えば勇気とか、在り来たりでちゃちなものでも含まれていたらどんなにか素晴らしいだろう。撓んだ眦を見ればつられて眼が細まった。)
ジュン 2020/02/21 (Fri) 03:44 No.32
(自分の中には今、きっとふたりの自分がいた。情けないと、嘆いていても仕方ないのだと正論を言う自分。おそろしいのだと、このまま消えてしまいたいのだと弱さを隠さない自分。そのどちらもが正しくて、どちらもが自分だった。理解と感情は必ずしも一致しない。混在するからこそ動けなくて、それがまた葛藤や痛みになり、疲弊し摩耗していく。現実から逃れて夢に在っても、夢は永遠には続かない。必ず覚める時が来る。なければよかったなんて思わないけれど、取り上げられそうになってこれなのだから、失くした時にはどうなってしまうのだろう。そう言うものが今ぜんぶ、エセルという器の中で渦巻いているのに不思議と、溢れてはいかなくて――溢れないから、なのかもしれないけれど。)……でも、俺は……帰るのが、こわい。(細い指に頬をなぞられながら、諭す口調にぽつぽつと落とす声は少しバツが悪そうに。呼んだくせに彼女にだけ帰れというのは、確かに勝手が過ぎて言う通りだった。眼差しが追い掛けてくるのを感じる。でも視線を戻されないところに優しさと、自分で向き合わなければいけないという事実を感じた。小さく、力なく笑って「そっか、」と音にするのは、似ているようで違う彼女の話に対してのもの。)じゃあジュンの方が、先輩……かな。(こうした気持ちへの。先輩も何もないだろうけれど、と淡く声を揺らした後、喪失の痛みに彼女は耐えたのだと知る。自分はまだ、その分かれ道の前で足を竦ませているだけだと思えばやっぱり情けない。くるまれる安心感と、くすぐったさと、滑った後に残る少しの寂しさ。けれど胸にあたたかさが残る、これならきっと逃げずに堪えられたのに。そんな風に思うのだって彼女がここにいてくれるからなのだろう。)……そうだね。でも、だから 消えてしまいたいって……俺は願ってその結果、記憶を手放したんだ。夢の中なら許されるって、甘えたから。(実際には、夢の中でだって許されなかった。だから思い出せ、と言われたのだろう。だから夢に留まる必要よりも、現実へと戻ることへの恐怖の強さがその先に勧めない理由になるんだろう。問う声に、腕の力を少し緩めて距離をとればそっと持ち上げた指先が自分の顎の下へと伸びる。)……ここをね、切るんだって。(ここ、と示す指は自分の喉に触れて。今は何の違和感もないはずなのに、記憶が戻った途端どこかごろごろとするような心地がする、薄い皮膚の下。喉ぼとけの付近をそっと上から下になぞって、ここに腫瘍があるのだと不安そうに笑う。)切って、悪いものをとるだけ。それで俺の声はまたうたえるようになる、らしい。(たったそれだけの簡単なおはなし。けれどらしいと、そう続くのはあくまで理論上の話だからだ。実際、声に変化があるかもしれない。元通りとはいかないかもしれないとも言われた。それでも声は失わず、同じようではなくともうたうことは出来るだろうと。けれどお話には続きがあった。)でも同じくらい、声が出せなくなるかもしれないって。(場合によっては声帯ごとの切除となるらしい。それは半分以上うたえなくなると言われたも同然に思えているのだと、欠けるものばかりに目がいってしまう男は淡く皮膚に爪を立てた。それならいっそ消えてしまいたい、ちょうどあの月みたいに。そう思うけれど――溢れるものをくれる君なら、そこからひかりを見いだせるのかな。瞼をちょっとだけ持ち上げて、問いかけるように視線を送る。)ジュンなら、……どうやったら飛び込めると思う?(絶望と隣り合わせの希望の中に掴み取る勇気を振り絞るなら、どんな気持ちで臨むべきなのだろう。うたいたくないわけではない。うたいたいからこその葛藤は、求めてやまないからこそうまれるものだった。)
エセル 2020/02/21 (Fri) 22:20 No.41
(かわいそうに、と指先は乾いた目の下をなぞる様に拭う。余程辛い思いをしてきたのだろうと、彼の継ぎ接ぎな言葉を耳にすれば否が応でも分かってしまう。彼の瞳を追いかけるようにして揺れた視線は頬のてっぺんにとまって、そこから先を行ったり来たりした。言い淀むギリギリで発された言葉、その平生よりもずっと控えめな世良の唇の動きを、視線を逸らしたままならば知れなかっただろう。先輩なんて。そういうんじゃないけれど、と控えめな笑みと共に吐息をこぼしたことも。彼の柔らかな髪の向こう側に見える月は細く、柔い光を纏って世界を見下ろしている。あんな高いところから落ちてきただなんて、未だに信じられないくらい遠い月。そこへといま、帰ろうとしているのだ。)逃げるのはね、わるいことじゃないよ。自分の限界を知ってる証拠だもん。未来が見えたから逃げたんだ。(ただ逃げる先があまりにも幸せで、時間に限りがあったというだけで。身体を包んでいた温もりが離れて、風が吹いたわけでもないのにひんやりとした空気に触れる。それをさみしいと思うのは一瞬で、それよりもただ、自身の喉にふれて見せる彼の指が痛ましかった。医者はここぞと小難しい確率の話をするだろう。手術の成功確率はどうだとか、再発の確立はどうだとか、副作用が出る確率はどうだとか、そうやって視野を狭めて一つの答えに辿り着かせるのが彼らの仕事だから。だが結果はいつだって、望む未来か否かの50:50でしかない。彼に倣えば、歌えるか歌えないかのそれでしかない。人間に与えられた未来はいつだって二択なのだ。口の中で見えぬ奥歯を噛み締める。ぎり、と耳元で音がした。)…………わたしは。(呼気を吐き出しながら開いた唇は惑い、肺に空気を取り込みながら閉ざされる。瞬きが増えた。彼の熱が離れていった箇所が肌寒くて、両手を交差させて自らの腕を掴む。)わたしは、飛び込まなきゃ価値が無いから……。エセルはでも、……わかんないけど! だって あとのことはあとになってみなきゃ考えらんないでしょ。このまま緩やかに死んでいくくらいなら華々しく散った方が綺麗。ちがう?(ファンタスマゴリアに留まることも、叶うなら良いだろう。だけどきっと思い出してしまった苦しみや悔悟はこれから先も心を苛んでゆく。現実世界に戻って手術を拒否するのもひとつの手。だけどそれは謂わば緩やかな死だ。うたうことを金輪際諦められると言うのなら最善かもしれない。左手は右腕を掴んだまま、右手の指先で己の喉に触れた。出っ張りの無いなだらかな喉だ。冷えた指先には皮膚が熱く感じられる。)くやしいな。わたしが本物のファンタスマゴリアの住人で魔法が使えたら、絶対にあなたの喉を治すのに。それでお礼にうたってもらうの、わたしの好きな歌を一から百までね。(けれど現実はかなしいかな、町工場のしがない事務員だ。それもいまじゃクビになっているかもしれないし、替えの利くネジの一つでしかない。つま先まで視線を落とせば、好きだと言ったダリアの花が目に留まる。ぐらぐらと揺れる不安定な足場だ。)……あなたのうたが好きだから、聴きたいよ。……向こうに帰っても。(これって酷いお願いなのかな、と足元に向けて呟いた。)
ジュン 2020/02/22 (Sat) 08:22 No.47
(人から見れば迷う余地さえないに違いない。この喉を切り開かないリスクのほうがと、すすめた医者だって思っているに違いない。うたえなくたって命を失う訳ではないのだから、と。もしかするとずっとうたいながら背にしていた噴水が、乾いた頬のかわりにないていてくれたのかもしれない。淡い吐息を耳朶が拾ってそろりと視線を動かした先に、まだその表情は残っていただろうか。)でも逃げたままじゃいられないって、夢にまで怒られてる。(限界も未来も、本当に見えていたかと言われれば正直にわからないと眉を下げる自分がいるだろう。だって至ってさえいない未来だ。見えたそこに至ることから逃げたけれど、本当は違うかもしれないという不確定くらいは承知している。けれど辿ったこの喉の、皮膚の下にある声のゆくさきを知るのがこわかった。今も、こわい。難しい話の先にあるのは、いつだって単純な結果の伴う二択、或いは三択程度。選べと言われて簡単に選べるものならば、こんなに苦しくなかった。でもきっと、こうして真剣に考えてくれる君にも出逢わなかった。それは苦悩の中の幸いと、きっと呼べる。ふっと吐き出した息がちょっと笑うことができるのも、そう。)ジュンらしい……って、言うのは失礼なのかな。でも、飛び込まないとほんとうのその先がわからないのは、そうだと思う。その先の価値は、俺にとっては結果次第で、だからこわくなって…… はは、なんか……それだと散ること前提みたいだ。(緩やかな死より、華やかに散る方が、なんてまるで。きっと彼女に言われなければ、諦めろと言われているように聞こえていただろう。でも不思議と、背を押されているような気持ち。おかしいな、と落とした小さな声は少し震えていた。喉に触れたままだった手がすとんと落ちて、それから彼女の手に重ねるようにしてそのなだらかな喉に触れる。魔法が使えなくても、彼女の言葉は魔法みたいにこころをあたたかくしてくれる。欠けたところを埋めてくれる、そんなここち。)それは……いいね。一から百まで、お礼じゃなくたってうたいたいな。……ジュンのために。(でも彼女がファンタスマゴリアの住人だったら、いつかお別れしなきゃいけないのかな。誰かにとっては替えの利くネジでも、エセルにとってはただ一輪。どのダリアよりも鮮やかなまばゆさで目に入る色だ。)……ううん。 ねえジュン。もし俺の……声が出なくなったら、 ジュンが、うたって……俺に聞かせてくれないかな。(酷くはないけれど、すごくハードルが高いなって今はまだ感じる。もしかするとずっと、感じたままかもしれない。でも掠れた声じゃなく、憂いた音でもないうたを彼女に聞いて欲しいと思うから――飛び込んでみようか。もしも散ったその時には、君が代わりにうたってと願うのが重荷じゃなければ良いけれど。そう思いながら落ちた視線を追いかけて、薄い月光を背に受けてわらった。飛び込む一歩はまだ震えているけれど、その先できいてほしいうたのために。落としてきた記憶と向き合うためのちょっとした勇気、そんな名のうるうはきっと、君が持っていたんだろう。だって君を想うと絶望の先にだって、音が消えない気がして。今もちょっとだけ、前向きな気持ちで笑えた気がした。)
エセル 2020/02/23 (Sun) 02:53 No.56
(喉が吐息に揺らされて笑う。つい持ち上がってしまった頬が目を細めさせて、それからバツが悪そうにしゅるしゅると萎んだ。「そうだ」と夢に賛同するように三文字を模った唇は一度引き結ばれるけれど、すぐにもごもごとうごめく。)いまに現実から夢にまで追いかけてきた女にも怒られちゃう。(軽口のような冗談を言える状況ではなかったかもしれないけれど、彼はきっと世良と共に月へ向かって飛んでくれるような気がしたから、弛んだ眦がそうさせた。こんなにも夜空が綺麗で、空気がおいしくて、人が良くて、花の香りがする夢のような場所から。排出ガスで星が霞み、ふんだんに塵を漂わせた空気、陰口に勤しむ人が笑み、すえた臭いのするリアルな夢へと。赤の女王に言われたからじゃない。己の意思でもって彼と共に帰りたいと願った。)あっ……? あ、あぁあいやごめっ そういうつもりじゃ……なかったんだけど……っ。(もしも、もしもの話。あくまでのたとえ話はたとえ話に過ぎなくて、彼の言葉にようやくハッと肩を跳ねさせる。失言だったろう、しまった、と大きく書きなぐった額のその眉間にちいさな縦皺を刻んだ。それでも彼の頬の色付きであるとか、声の微細な震え、ほろりと弛緩した腕を見るに怒りの感情を引き出してしまった訳ではなさそうで幾分か安堵する。喉に触れる手と、重ねられた手。ふ、と息を吐いてから更に左手を重ね合わせよう。繊細で広い掌は世良を掴んで導いてくれたもの。男性然とした指は何度もこの身に花を飾ってくれたものだ。)わたしのために一日中歌いっぱなしのエセルかぁ……ふふ。二~三日に一曲ってのでもいいけど。そうしたら、きっと会えない日も楽しくなる。(きゅうと彼の手の甲を握り込んで、叶うなら口にしないままに手を繋ぎたがった。今度こそ間違いなく弧を描いた唇のあわいからは隠し切れず歯列が覗いただろう。足元に落ちていた視線が彼へ向き直るのはその願いを受け取ってから。瞬きにして三回分の空白は思案を巡らす時間だ。くしゃりと縮らせた微笑みから、あは、としめった笑い声が転げ落ちた。)……──それは出なくなってから言って。(首を横に振る是だってここにはある。それならばうたえる曲はうんと少ない方がいい。大きく頷く代わりにいやだという素振りを見せる、そんな指切りだった。彼の背に見える月も笑っているような気がするのは形の所為。旅立ちを待ってくれる気なんかこれっぽちもないだろう。さわさわと揺れるダリアがはやく時計台へ行けと急かすから、彼の瞳を見つめて、「行こう」とただ一言促した。時計台への道順は彼の方が良く知っているだろう。歩くのか、それとも駆けるのか、歩幅ならば彼に合わせよう。)目覚めたら、…………逢えるかな。ね。わたしは、またあなたに逢えますようにって願いながら跳ぶよ。(一人娘でも、両親でも、祖母でも、いつか背中を向けて去っていった娘の父親でもなくて。現実の顔もしらない彼を思い浮かべながら宙に足を踏み出すのだ。たとえ逢えなくても、きっと逢えますようにって。)
ジュン 2020/02/24 (Mon) 07:00 No.69
それは……こわいな。すごくこわい。(少し前だったなら、その苦しさに仄かに笑うことも難しかっただろう。不確定の先にだって、恐怖ばかりしか感じなかったに違いない。けれど今は軽口のような冗談に笑えるだけの余裕がある。少し前までは圧し潰されそうだった肺の息苦しさも、随分と楽に息が出来るようになっていた。なんにも変わっていないのに、不思議だね。君の魔法かな。月は朧のようになってしまっているけれどうつくしい夜空で、花の香りを纏ってうたっていたエセルは記憶という色を思い出してくちゃくちゃになっていたけれど、現実にはどうだろう。縮こまるようにうずくまって苦悩するその顔を、今度は持ち上げることが出来るだろうか。きっと、探す色を見つけたからだいじょうぶの筈と言い聞かせる。そうじゃないとすぐ足がまた竦んでしまいそうだから。)だいじょうぶ。……わかってる。(あまりの慌てように淡く肩を揺らしてから、そういう風に受け取ったわけではないと目を細める。彼女の言葉だからこそ、そうじゃないと信じていられる。散りたい訳ではない。でも緩やかに死を迎えるよりは彼女の言う通り、華々しく散った方が選んだ結果がこれだったと言えるはずなのだ。選ばなければ良かったなんて、そんな風に思わないように納得して踏み出そうとするにはまだ手遅れではないのだから。ただ突然に流されて為す術もない訳じゃないのだと、改めて知らされた気分。重ねた手のひらに更に重なる温度は、じわりと滲んで染み入るように広がってゆく。どんな花に触れる時よりも繊細に、気を使って指先に力を籠めればその手のひらを柔く握りしめる形になる。丁度、指を絡めるみたいな形で。)それだと俺がうたい足りなくなりそう。……いつだって、ジュンのためにうたいたくなりそうだから。(重なる手のひらにも握りしめられたら、二人で手を繋ぎたがっているようでおかしかった。だからくるりと手のひらを返した後、力を込めてくれた手のひらと改めて指を絡めて手を繋ごう。うたう意味なんて考えたことはそんなになかったけれど、もしも彼女が良いのなら――その中に君も加えて良いかなと言わんばかり。この声が明日も、明後日も、ちゃんとうたってくれるかはまだわからないけれど。うたっていられるならば君が笑ってくれるうたをうたいたい。)……手厳しいなあ。(出なくなってからじゃ言えないのに。そんな風に眉を下げて、でもいやな気持にはならないまま。目標は高い方がもえるっていうけれど、この場合はどうだろう。難しいメロディーに出逢ったときは確かにそう感じたこともあったけれど、今思うのはそうじゃなくて。急かすようにさわさわと騒ぎ立てるダリアたちはまるで背を押してくれるみたいだった。時計台の方向は、この花園から真っ直ぐ東に行くのがいちばん近い。促す声に「……そうだね」と。少し後ろ髪を引かれるように一度振り返るのは、揺り籠のように記憶のないエセルと共に在ってくれた花たちに別れを告げるにも似ていた。それからはもう振り返ることなく、道中を歩きながらうたをうたった。彼女に教えるみたいに同じ旋律を。Fly Me to the Moon――あそこまで熱烈ではないつもりだけれど、でも似たようなものかな。)俺は……また君に、うたをきかせられるように……って。祈ってる。(逢えないはずがない、というのは前提に。だって俺の声なき声を君が拾ってくれたからある今なら、その先がないはずがないと。そんな風に笑って、飛ぼう。踏み出す一歩の後は、男にとって地獄への落下に等しい結末が待っているのかもしれない。それでも、今は二度咲きを信じてみようと思う。祈りの先に、彼女の笑った顔が見られますようにと、願って。)
エセル 2020/02/25 (Tue) 18:28 No.81
(それは、ちょっと、勘違いしそうになるな。気恥ずかしくて飲み込んでしまった言葉が閊えて、咳のなりそこないみたいな笑い声になった。どうせなら勘違いしたまま、訂正されないまま、浸ってしまいたいと思う。絡められた指先のすべらかな熱を、夢から覚めても覚えていたいと願った。願いは喉を震わせずとも形に変わる。繋ぎなおされた掌が重なり合って、中央にできた隙間には二人分の熱が篭った。指先で彼の指の付け根にある関節に触れれば骨の硬さがあって、だからというわけではないのに現実が近づいてきている、そんな気がする。これから行く先はファンタスマゴリアのような暖かな場所ではきっとないけれど、うるさくて、色んな音が犇めき合う、いろんな出逢いの絶えない場所だ。そのかわり花は静かで、世良を着飾らせたりはしない。こんな風に道を示してくれることも、ない。──東に向かう道中にしきりにうたわれたのは、世良にもどこか聞き覚えのある旋律だ。それがどこで聴いたものなのかは思い出せないまま、耳を澄ませ、次第に音にならぬ鼻歌にて彼の声へと重ね合わせた。)……うれしいな。それが現実になったら素敵。(彼から欠けた何か、が現実に戻る一歩だったのなら、それになる。彼の一部じゃなく、彼の為になる。これから欠けゆくものがうたならば、どうだろう。残り一枚になったパズルのピースのように、ぴったりと嵌め合わせるのは難しいかもしれないけれど。無理矢理嵌め込んで生じた隙間には、花びらとか何だとかを詰め込んでしまえば良い。満ちてゆくばかりなら尚更良い。時計台のてっぺんへ、まっすぐに辿り着く頃にはすっかり耳に馴染んだ旋律が頭の中でぐるぐると回っていた。せーの、の合図はどちらが言っただろう。世良であったかもしれないし、彼だったかもしれないし、はたまた二人同時であったかも。チェシャ猫よろしくにいっこり笑った夜空目掛けて、跳躍は二人分。大丈夫、──あなたを月へ連れてゆく。)
ジュン 2020/02/26 (Wed) 00:37 No.83
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