それは……こわいな。すごくこわい。(少し前だったなら、その苦しさに仄かに笑うことも難しかっただろう。不確定の先にだって、恐怖ばかりしか感じなかったに違いない。けれど今は軽口のような冗談に笑えるだけの余裕がある。少し前までは圧し潰されそうだった肺の息苦しさも、随分と楽に息が出来るようになっていた。なんにも変わっていないのに、不思議だね。君の魔法かな。月は朧のようになってしまっているけれどうつくしい夜空で、花の香りを纏ってうたっていたエセルは記憶という色を思い出してくちゃくちゃになっていたけれど、現実にはどうだろう。縮こまるようにうずくまって苦悩するその顔を、今度は持ち上げることが出来るだろうか。きっと、探す色を見つけたからだいじょうぶの筈と言い聞かせる。そうじゃないとすぐ足がまた竦んでしまいそうだから。)だいじょうぶ。……わかってる。(あまりの慌てように淡く肩を揺らしてから、そういう風に受け取ったわけではないと目を細める。彼女の言葉だからこそ、そうじゃないと信じていられる。散りたい訳ではない。でも緩やかに死を迎えるよりは彼女の言う通り、華々しく散った方が選んだ結果がこれだったと言えるはずなのだ。選ばなければ良かったなんて、そんな風に思わないように納得して踏み出そうとするにはまだ手遅れではないのだから。ただ突然に流されて為す術もない訳じゃないのだと、改めて知らされた気分。重ねた手のひらに更に重なる温度は、じわりと滲んで染み入るように広がってゆく。どんな花に触れる時よりも繊細に、気を使って指先に力を籠めればその手のひらを柔く握りしめる形になる。丁度、指を絡めるみたいな形で。)それだと俺がうたい足りなくなりそう。……いつだって、ジュンのためにうたいたくなりそうだから。(重なる手のひらにも握りしめられたら、二人で手を繋ぎたがっているようでおかしかった。だからくるりと手のひらを返した後、力を込めてくれた手のひらと改めて指を絡めて手を繋ごう。うたう意味なんて考えたことはそんなになかったけれど、もしも彼女が良いのなら――その中に君も加えて良いかなと言わんばかり。この声が明日も、明後日も、ちゃんとうたってくれるかはまだわからないけれど。うたっていられるならば君が笑ってくれるうたをうたいたい。)……手厳しいなあ。(出なくなってからじゃ言えないのに。そんな風に眉を下げて、でもいやな気持にはならないまま。目標は高い方がもえるっていうけれど、この場合はどうだろう。難しいメロディーに出逢ったときは確かにそう感じたこともあったけれど、今思うのはそうじゃなくて。急かすようにさわさわと騒ぎ立てるダリアたちはまるで背を押してくれるみたいだった。時計台の方向は、この花園から真っ直ぐ東に行くのがいちばん近い。促す声に「……そうだね」と。少し後ろ髪を引かれるように一度振り返るのは、揺り籠のように記憶のないエセルと共に在ってくれた花たちに別れを告げるにも似ていた。それからはもう振り返ることなく、道中を歩きながらうたをうたった。彼女に教えるみたいに同じ旋律を。Fly Me to the Moon――あそこまで熱烈ではないつもりだけれど、でも似たようなものかな。)俺は……また君に、うたをきかせられるように……って。祈ってる。(逢えないはずがない、というのは前提に。だって俺の声なき声を君が拾ってくれたからある今なら、その先がないはずがないと。そんな風に笑って、飛ぼう。踏み出す一歩の後は、男にとって地獄への落下に等しい結末が待っているのかもしれない。それでも、今は二度咲きを信じてみようと思う。祈りの先に、彼女の笑った顔が見られますようにと、願って。)
エセル〆 2020/02/25 (Tue) 18:28 No.81