(昔から、おれはきっとおれがいちばん大嫌いだった。馬鹿で乱暴で、ちっとも可愛くない。だから陽優が好きで、憧れた。まるでお日様みたいなただひとりの妹だったから。だから、誰にもなれないことは悲しい。おれはおれにしかなれない。だけどそれは、当然のことだった。夜が過ぎれば朝がくるように、あたりまえのことだった。やっぱりおれは馬鹿だから、そんなことも忘れてしまう。ぐずと音を立てたかんばせを上げ、満月が見つめる彼女の頬にはしずくがあふれていた。紫色から零れ落ちる透明に、おれはそっと手を伸ばす。そうしないでいることは耐えがたいことであった。)レイカの涙は、いつもきれいだな。雨みたいにやさしい。不思議だ。止んだときの笑顔はきっと虹みたいなんだろうなって思うから、拭ってやりたいのに、ずっと見ていたいとも思う。(片割れを失ったとき、もう己には向けられることのない感情だと思っていた。彼女の夜明けのようなほほえみを、眩しそうに眺める。生きていてもいい、と、許してもらえた気がした。)レイカの“好き”は、魔法みたいだ。(強く抱きしめられる中、肩越しに月を見た。日々かたちを変え、陽優すらとりこにして奪い去った胡散臭い月。あちらの世界が手招きしている。絶望へと。おれは柔い力でレイカの肩を押し、顔を上げた。)そうだね。おれ、やらなきゃいけないことが、たくさんある。(陽優のこと。母さんのこと。それから、おれ自身のこと。ゆっくりと立ち上がろうとすれば、それは叶うだろうか。彼女の手を掴もうとすれば、それは叶うだろうか。)行こう、レイカ。ふたり一緒なら、夜空だって泳げるよな。(もう涙は溢れなかった。夢から醒めようとしている己の手に、青薔薇一輪そうっと捉え、彼女がそうしたように口付ける。弔いをささげよう。陽優と、そして、ヒューに。ああ、夜に咲く花よ。まるで彼女のひとみの色。夢をかなえるものの色。長い長い夢を見ていた。永遠の夜の夢を。けれど、夜明けはもうすぐそこまできている。さあ、時計台へ向かおう。一番に会いたいひとを思い浮かべて。もし、もしも、絶望の朝を迎えたら、まず一番におれは本当の俺に会いに行きたいな。だって今なら、許してやれる気がするんだ。自分自身のこと。自分自身であることを。それはきみがかけた呪いのせいだよ。)――ユーゴ。(だからおれは、きみの耳たぶをくすぐるように呪いをかける。)月の向こうでまた会えたら、俺のことを、きっとそう呼んで。(夜空の眸を持つ、白い朝陽。希望の朝を見て、俺は静かに微笑んだ。)
ヒュー〆 2020/02/25 (Tue) 23:58 No.82