Mome Wonderland


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(永遠の夜を夢見ていた。)
(ぞっとするほど頭は冴えていた。すべきことが過分も不足もなく手元におさまっているような感覚だ。ナイトメアが全てを思い出させてくれた事に感謝しなくてはならない。けれどたとえ一時でも忘れてしまった事の罪深さは、鉛でも飲み込んだような気分だった。吐き出したくても吐き出せない。罪の意識はふかくふかく、腹に突き刺さっている。夜の冷えた空気が頬を掠め、おれはそれを心地好いと思う。このまま眠りについて、そうしてずっと眠っていたい。絶望をつれた朝に気付かぬまま、ヒューに会いに行きたい。それでもおれは前に進んでいた。足取りはダンスのように軽い。ふわりと黒のワンピースを翻し、くるんと踊るように回転すると真っ青な実がグチャリと汚く潰れた。おれのブーツからは妖精の粉は生み出せない。知っているから、がっかりもしなかった。青い液を煩わしげに地面に擦り付け、また歩き出す。空はくらい。どこまでも深い川のよう。きらきらとした星が流れ、月は今日もおれを嘲笑っている。ああだけど、そんなの取るに足らないことだわ!そうでしょ、――。 右へ、て、て、とん。左へ、て、てて。 目が回っちゃったかな。ふざけたみたいな千鳥足が愉快でおれはにんまり笑ってしまった。憎たらしい骨ばった手、むしりとってしまいたい出っ張った喉ぼとけ、反吐が出るダンディなおひげ――)はは。ちっともかわいくないよな。(もうヒューにはなれない。長い年月を経て、おれもまた溺れていった。底のない沼だ。藻掻いても藻掻いても、そこから這い上がることは出来ず、自分が少しずつ沈んでいくことを実感するばかり。おれはずっと現実から目を背けていて、母さんの目も隠してしまった。)ごめんな、ヒュー。ごめんよ、母さん。ぜんぶ、おれが悪かったんだ。おれが、――(殆ど全てが取るに足らない些末の寄せ集めで出来たこの世界で、大事なことは数えるばかりにしかない。可愛くて可哀想な陽優。きれいで可哀想な母さん。大切な約束。守りたいんだ。守りたいんだよ。ほんとうに、ただそれだけなんだ。)――レイカ、(恐ろしくなってついにおれは座り込んでしまった。守りたいのに、動けない。怖くて、震えが止まらない。だっておれは、許されないことを考えた。君を見つけたとき、朝に出逢えたことを喜べてしまう気がしたんだ。)
ヒュー 2020/02/19 (Wed) 21:57 No.12
(「しろいむすめさん、ヒューを探しているのかい」「イモムシさんは物知りなんでしょう?教えて、お願い!」不思議の国を半周ほど駆けたあと、紫煙くゆらせる霧の奥で出会ったのはいつだかの話に聞いたイモムシさん。初めましての言葉のかわりに、ゆっくりと肺腑に吸い込んだ煙を吹きかけて間延びした声が此方に問いかけた。息の上がった咲夜が久しい酸素を取り込もうと必死に呼吸をしているというのに、独特の香りがする煙を吹きかけられては噎せるしか出来なくて咳き込みながら、なんとも酷い仕打ちだと睨み付けて改めて問いかける。)ヒューくんに会いたいの。会わなくちゃいけないの。(会って何を言うかも決めてやいないのに、それでも会いにいかねばならない使命感に似たなにか。それだけが心臓の奥で必死に叫んでいる。「…そうかい、この道をそのまま真っ直ぐお行き」と言われれば「ありがとう!」とお辞儀をしてから再び走り出す。ああ、でも。いいかい、むすめさん。焦って急ぐだけじゃあ目的地にはたどり着けないよ――それは何に対しての忠告だったのか、咲夜にはなんにも分からなかった。)……っ……はあ…、見つけた……!(言われたとおりに真っ直ぐ、靄のかかった森の中をひた走って抜けた道の先。捉えたのは座り込んでずっと小さくなった彼の姿。心が痛んで思わず足が止まりそうになったけれど、なんとか側まで駆け寄って勢いよく地面に膝をついた。多少小石が膝を刺そうとも、こんな痛さなんて彼の痛みに比べたらどうってことなかった。)――……、………ヒューくん、ごめんね。私、これを読んだの。(これという言葉でそっと彼の視界へ差し出したのは例の本。咲夜が彼の過去を知ったことを示す代物だ。勝手に彼の過去を知ってしまったことに対しての罪悪感故か、それからましろは何度も躊躇った。こんな姿の彼を見るのは初めてで、触れたらすぐにひび割れて粉々になってしまう硝子細工のように思えて、髪一本にも触れることが出来ないままだった。本当は抱きしめてあげたい。包み込んであげたい。でも。王様の馬と家来の全部がかかってもだれも元には戻せなかった――その詩が脳裏で邪魔をする。ましろの指先が幾度も幾度も伸びては縮みを繰り返しながら、結局やるせなさを握りしめてくしゃりと丸まるだけ。)わたし、……わたし……(口を割るのは泪を堪える涙腺と同調したような震える声だった。こんなときに自分の無力を痛感する。大好きなひと一人さえ笑顔にしてあげられなくて、なにが夢と笑顔を与えられるアイドルになりたいなの。『焦って急ぐだけでは目的地にはたどり着けない』とはこの事だったの?――そんなの、いや!)ヒューくんは、……あなたは、ひとりじゃないよ。私が、あなたの隣にいる。(甲で泪を拭い、決意を秘めたかんばせは柔い声で笑う。そしてそれからましろは黒のワンピースを壊れないようにそっと抱きしめた。)

(夜明け前の一番暗い時間があったとしてもやがていつかは朝になる。光射すときがくる。あなたを照らしてあげるのが、私の役目。)
レイカ 2020/02/19 (Wed) 23:28 No.15
(抱えた膝に満月をふたつぶ埋めて、俺はまた何にも見ないようにした。少し休めばまた歩ける。ずっと夢の中にいられたら、成長なんてしなくてすむのにな。誰のことも傷つけず、母に愛され、ヒューとして生きていけるのに。自分を奪われたとヒューが知ったらおれのことを嫌いになってしまうかもしれないけれど。きっと会えたら謝ろう。そうしたらまた、一緒にいられる。泥濘をゆく意識が、足音に絡み取られた。目蓋を持ち上げると、迎えにゆくべき人がいて、おれは何とかしてほほ笑んだ。)………見つかっちゃった。(まるで悪戯しようとしてたみたいな口吻を心掛け、謝る彼女にそっと息を吐く。ひらりと振ってみせた爪紅が欠けてたことに気づいたが、何だって構わなかった。)いいよ。女王か、さもなきゃナイトメアのやつだろ。与えられた本を読むのは、別に謝ることじゃないよ。問題なのは許可なく人のことを書き散らかす著者の方で、さらに厄介なのは、きっとまったく分かり辛い零れ落ちた親切心ってやつだから、ちっとも憎めないところなんだよな。(おれは依然として女王のことも、ナイトメアのことも好きだった。だけどそれだって、星屑ほどあるうちのひとつに過ぎなくて、どんなものであれ、咎める気にはならない。本から逃げるように伏した視線の先、砂利に乗せた足を知っておれは悲しい気持ちになる。もう誰のことも傷つけたくはないのに、それだけのことがこんなにも難しい。ふわふわの黒布の上、沈もうとした意識がやわらかな感触で浮き上がる。まぶしいな、と、思った。それから、やわらかいな。あたたかいな。ふたをした心の隙間から感情がすこしずつ、すこうしずつ溢れた。)………………うん、(やっとの思いでおれが言えたのはそれだけだった。弱いいらえは、知ってたよ、って言うみたいに。そうして持ち上げた顔を僅か傾けて、おれはレイカの頬を撫ぜようとした。)なー、なんで泣いてるんだ?怖いことでもあったのか?鏡の森にいじめられたか?でももう大丈夫だぞ。レイカは帰れる。帰れるんだ。月に投げ返すってのはさあ、あながち、間違いじゃなかったんだぜ。(ふふんと得意げに空を指す。しかし安心は出来ない。行くべき場所へ行かなくっちゃ、約束は果たせないのだから。)
ヒュー 2020/02/20 (Thu) 20:36 No.23
(普段を繕おうとする声が、手の温もりが、余計に泪を呼ぶ。鏡の森で助けてくれたとき、あなたもこんな気持ちだったのかな。消えないで、ヒューくん。壊れてしまわないで。誰にも元に戻せなくなる前にどうか、間に合って!――その気持ちだけを込め、これまでにない強いちからで頬を滑る手をましろが捕まえた。ふたつのましろで大切に包み込むように閉じ込めるようにその手を握りながらふるふるとかぶりを振り、ちがうのだという意志を指し示す。怖いことがあったわけでも、鏡の森でいじめられたわけでもないのだ。ただ――)私…、初めてヒューくんと会ったときのこと覚えてるよ。月まで投げようとしたことに驚いた日、そのあとお茶会に連れて行ってくれた日のこと。そのときヒューくんの手を離さないって約束したんだよ。絶対離さないって、私そう言ったの。(だからね。ちがう、ちがうの。私が帰れるだけじゃだめなんだよ。それは私の望むものじゃない。この思いをどう言葉にすればいいのだろう。一度紫の瞳を瞑り思考の海を揺蕩い、再び月の前に現われても依然地に膝をついたままの咲夜と三角座りの彼とが織りなす角度は新鮮なものだった。当然、上から覗き込む形で月と対峙することも初めてだ。ああやっぱり、年頃の男の子よりずっと綺麗な肌をしていると思う。彼が演じ守り続けた形はこんなにも痛々しいほどに尊い。透き通った彼の頬へましろを沿わせてそっと慈しむように人差し指は撫ぜる。)今までひとりで頑張ってきたんだよね、この夢の世界でもずっと。(現実での嫌な記憶を抜き取っても、無意識にでも妹の在りし日の姿で演じ続けようとしていた彼。夢の世界でさえも自分を殺すことを選んでいた彼。でも本当に此処にほんものは無かったのだろうか。)もう妹さんの幻を追いかけないでいいよ、(然りと月の色を捉えて咲夜は告げる。それは咲夜のなかの傲慢な願いで、幾許かの嫉妬も燻らせたなにかなのだと分かっていた。)ほんとうのあなたで、いて、いいよ。(もしも彼を取り巻く全てが否定していたのなら、肯定してあげたいと思う。もう自分を誰かにしなくていいのだと。)ヒューくんがこの世界で私にくれた言葉は全部、ヒューくん自身のものだったでしょう?だから私、ヒューくんを好きになったんだよ。(頬から滑るましろ。さらさらの月夜色した髪を包みこむように、愛おしく胸へ抱きしめた。とくりと鳴り続ける鼓動はどちらのものなのだろう。わたしの心を震わせるあなた。動き続ける鼓動が赴くまま、止まってしまった時計の歯車を廻したい願いを赦してほしい。)
レイカ 2020/02/21 (Fri) 22:48 No.42
(沼の底に沈みゆく意識が強い力で引っ張られる。気付けば手を握られていて、そのあんまりの強さがどこか懐かしい。離さないと誓った事も、褪せぬ思い出としてこの胸に刻まれている。頬をなぞる指先に擽られて、おれは膝に顔を埋め直す。そうだ、おれは頑張った。でもそれは、おれがしたくてやったことだ。抱き留められると、満月からしずくがあふれた。首を振ると、ぼたぼたと頬をつたってしずくが落ちる。)おれ、俺は、ヒューを幻にしたくなかったんだ。(日々が鮮明によみがえる。おそろしい日々。まるで何事もなかったかのように繰り返される毎日がただただおそろしくおもうあまり、おれが壊してしまった日常。いつだってきっと、誰かに責めて欲しかった。お前がいけないんだとこてんぱんに詰って欲しかった。)いるあいだはみんなヒューが大好きだったのに、消えたとたん、はじめからいなかったみたいに笑ってる。平然と夜がきて、月は満ち欠けして、朝になると太陽がのぼる。どうして?なんでだ?そんなのひどいじゃないか。だってヒューはまだ、くらい水の底にひとりぼっちなんだ。おれはそばにいたのに、助けてあげられなかった。(“好き”の言葉は心地好くっておそろしい。だっておれは気に入ったものをすべて壊してしまうから。でも誰にも嫌いになってほしくなかった。母には愛して欲しかったし、ただ認めてもらいたかった。溢れ出したものは止まらずに、感情に押し流されそうになっておれは頭を抱えて蹲る。)おれのせいだ。おれのせいなのに、ヒューだけ消えてしまうなんて、そんなのあんまりだろ。おれたちはずっと一緒で、これからも一緒だったはずなのに、…おれだけ、おれひとりだけが、俺でいていいなんて、…俺でいてもいいと、おもうなんて…そんなのは、あんまりだろ…?(心の底から、ヒューになりたかった。旋毛から爪先まで、内側も、すみからすみまで。男でも女でもなく、馬鹿で乱暴なおれじゃなく、可愛くて優しいあいつみたいになれたらなって、ずっと。そんな気持ちが、あいつを殺してしまったんだ。なのに、どうして。)おれのこと、好きって言わないで。おれが、おれのこと、許してしまいそうになる。(彼女の“好き”は呪いみたいだ。性差なくしたただの馬鹿で愚かな“俺”を、認めてしまいそうになる。自分のことをすこし、愛せてしまいそうになる。)
ヒュー 2020/02/22 (Sat) 22:51 No.53
(後悔というのは鎖となって枷となる。彼はこれまで永遠に自分へ枷を嵌め続け、更にその上で裁かれることを未だ望んでいる。妹の命を救えなかったという事実は並大抵の後悔なんかじゃないだろう。咲夜には想像することさえ難しいほどの冷たくて暗い、孤独の闇の中でひとりぼっち、彼は生きてきたのだ。綺麗な瞳から伝い続ける悲しみの泪を拭ってやりたいのに、自分にそんな資格がないと言われているようで胸が苦しくて指先が震えるだけだった。)……そうだね、(幻にしたくなかったと言う彼に対して漸く、乾いた唇がかさつきながらそう言った。肯定してやる言葉以外が浮かばなかった。彼が妹の見目から何まで偽ってまで『ヒュー』という存在を消したくないと願ったゆえの行動。それを間違っているとは思わない。咎めようとも思わない。何かの形で非難されたり裁いてやれるのなら彼が求める救済に成り得るのかもしれないが、自分はそうしてやることが出来ない。だって文字通りこころが壊れてしまうまで、彼は懸命に演じ頑張ったのだから――もう解放してやりたいと願っているから。)『ハンプティ・ダンプティが塀に座った ハンプティ・ダンプティが落っこちた 王様の馬と家来の全部がかかっても ハンプティを元に戻せなかった』……命はひとりひとつだけ。誰にも元には戻せないんだよ、……誰にも……そのひとには…なれないから。あなたは、あなただよ。(咲夜がひとつ、またひとつ言葉を生み出す度に自分でも堪えられなかった滴が幾度も線を作りながらぽつぽつと頬から顎先へ伝い落ちる。酷なことを言っている自覚はあった。それでも彼は、少なくとも月夜に自分の前へ現われた彼は、紛うこと無き一人の男の子だったから。咲夜麗花にとって、『ヒューくん』と呼ぶ存在は彼の言う『ヒュー』として映ってはいなかった。)ひとりひとつだけの命は何よりも尊くて重いものだと思う。それだけでも背負えきれないくらいのものなのに、妹さんを誰にも忘れて欲しくない気持ちも、その手で救えなかった悔しさも…全て抱えてきたヒューくんはすごいよ。(俯いたままの彼の表情は伺うことが出来ないままだったが、彼を認めたいとする穏やかな声が届いたならこの気持ちになにも嘘も偽りもないことは分かってくれるだろうか。拙くても、話が下手でも、今は口を動かして伝えなくちゃいけない。たとえ好きだと言わないでと頼まれても、ふわりと微笑んで咲夜は何度だって口にする。)好きだよヒューくん。私はあなたのことが好き。(伝えなくちゃ、きっとなんにも伝わらない。彼をひとりぼっちの暗闇から救う手立てになるのなら。だから真っ直ぐ、力強くもう一度言う。好きだよ、と。)なにも哀れだと思ってこんなことを言うんじゃない。ただ気付いて欲しいなって……。あなたの手は、何度も私を救って導いてくれた。全く無力なんかじゃないよ。あなたはちゃんと此処にいる。それに……あなたの声が、あなたの助けてっていう言葉が此処へ私を呼んだ。私は、『ヒュー』じゃないあなたと生きるために来たの。だから、……だから……私はあなたを助けたいのっ……!このまま一人になんてしない、したくないっ……!(ぎゅっと抱く腕に力が篭もった。涙と鼻声ではなんの説得力も無い言葉かもしれない。実際この心までを切り開くことが出来ればいいが、それは幾ら夢とて出来ぬこと。その代わり、揺るがない愛が此処にあることを証明するように鼓動がまたひとつ刻まれる。)ヒューくんが守ろうとしてきた大切な景色のあった時間には戻せないけど……一緒に帰ろう、ヒューくん。あなたにはやることがまだ残ってるよ。(そっと顔を上げれば今日もこの国の月は明るく在った。欠けていても、ちゃんと照らしてくれている。そこでふと気付いた。さっきまでは必死に走り、尚且つ靄が掛かっていた道だったのもあって分からなかったが此処は蒼い薔薇の群生地でもあるらしい。赤が好きな女王様には似合わない青紫色をした薔薇がそこらに咲いている。)お花を手向けに行こう。一本の花でも、天国にはたくさんのお花になって届くんだって聞いたことがあるの。(手を伸ばして一輪ぷつりと手折った薔薇に一度唇を寄せ、馨しい香りを彼に差し出そう――愛おしいひとよ。あなたにこそ、この花は相応しい。)
レイカ 2020/02/25 (Tue) 03:18 No.77
(昔から、おれはきっとおれがいちばん大嫌いだった。馬鹿で乱暴で、ちっとも可愛くない。だから陽優が好きで、憧れた。まるでお日様みたいなただひとりの妹だったから。だから、誰にもなれないことは悲しい。おれはおれにしかなれない。だけどそれは、当然のことだった。夜が過ぎれば朝がくるように、あたりまえのことだった。やっぱりおれは馬鹿だから、そんなことも忘れてしまう。ぐずと音を立てたかんばせを上げ、満月が見つめる彼女の頬にはしずくがあふれていた。紫色から零れ落ちる透明に、おれはそっと手を伸ばす。そうしないでいることは耐えがたいことであった。)レイカの涙は、いつもきれいだな。雨みたいにやさしい。不思議だ。止んだときの笑顔はきっと虹みたいなんだろうなって思うから、拭ってやりたいのに、ずっと見ていたいとも思う。(片割れを失ったとき、もう己には向けられることのない感情だと思っていた。彼女の夜明けのようなほほえみを、眩しそうに眺める。生きていてもいい、と、許してもらえた気がした。)レイカの“好き”は、魔法みたいだ。(強く抱きしめられる中、肩越しに月を見た。日々かたちを変え、陽優すらとりこにして奪い去った胡散臭い月。あちらの世界が手招きしている。絶望へと。おれは柔い力でレイカの肩を押し、顔を上げた。)そうだね。おれ、やらなきゃいけないことが、たくさんある。(陽優のこと。母さんのこと。それから、おれ自身のこと。ゆっくりと立ち上がろうとすれば、それは叶うだろうか。彼女の手を掴もうとすれば、それは叶うだろうか。)行こう、レイカ。ふたり一緒なら、夜空だって泳げるよな。(もう涙は溢れなかった。夢から醒めようとしている己の手に、青薔薇一輪そうっと捉え、彼女がそうしたように口付ける。弔いをささげよう。陽優と、そして、ヒューに。ああ、夜に咲く花よ。まるで彼女のひとみの色。夢をかなえるものの色。長い長い夢を見ていた。永遠の夜の夢を。けれど、夜明けはもうすぐそこまできている。さあ、時計台へ向かおう。一番に会いたいひとを思い浮かべて。もし、もしも、絶望の朝を迎えたら、まず一番におれは本当の俺に会いに行きたいな。だって今なら、許してやれる気がするんだ。自分自身のこと。自分自身であることを。それはきみがかけた呪いのせいだよ。)――ユーゴ。(だからおれは、きみの耳たぶをくすぐるように呪いをかける。)月の向こうでまた会えたら、俺のことを、きっとそう呼んで。(夜空の眸を持つ、白い朝陽。希望の朝を見て、俺は静かに微笑んだ。)
ヒュー 2020/02/25 (Tue) 23:58 No.82
(やさしい指先が頬を滑る。このあたたかさは現実に戻ればもう隣にあることはないのだと思えばすこし悲しくなるけれど、でも永遠の別れではないのだとそう信じたい。彼からの言葉を受けて弱々しく唇は持ち上がり、やがて綺麗に微笑みへと変化する。けれど拭われてもほろほろと流れ続ける涙だったがそれは悲しいものではなく、拒絶を溶かせた安堵からくるものだった。)そのときは、ヒューくんが太陽になってくれなくちゃ虹は出来ないよ。(水があっても光がないと輝けない虹。この涙を虹へと代えられるのはきっと彼だけだ。太陽であり月であり、咲夜の光となってくれる彼。暗闇に呑まれかけていた唯一の光をどうにか救い出すことが叶ったことは幸いだった。朱く染まる目尻をそっと拭い、これから取る行動はひとつだ。夢から醒めなければ。膝の砂利を払って先に立ち上がれば彼の支えになるように手を引き、ふたり並んだ影が行く先は淡い月だけが知る物語。)うん、なんだって出来るよ。わたしたちは誰にもなれないけど、その代わりになんにだってなれるの。それを教えてくれたのはヒューくんだったんだよ。(そういえば最初から魔法をかけてくれたのはあなただった。もしも私が魔法を使えていると思ってくれるのであれば、それはきっとあなたの力が伝染したんじゃないかな。はんぶんこして、ふたりのものになることは幸せなこと。――咲夜は時計台に辿り着いたとき、全てを包み込むような嫋やかな微笑みを浮かべて彼の手を取るだろう。この夢で最後の温もりを味わいながら、そしてまたの再会を願う『いちばん』を思い描きながら。)また会えるよ、月の下で。……おやすみ、ヒューくん。次に会うときはユーゴくんだね。(耳をくすぐる呪いは甘くて優しくてあたたかいから、不思議と飛ぶことになんにも怖さは無かった。ふわり、宙を舞う感覚。これは二度目の感覚。ああこれで長い夢が終わる。――おやすみなさい、ヒューくん。おやすみなさい、ワンダーランド。もう私は迷わないよ。)
レイカ 2020/02/27 (Thu) 05:00 No.87
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