Mome Wonderland


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(あなたは私を蘇らせる。)
(鎮静剤を飲んだような夜だ。死んでしまったみたいな夜だ。王城の中庭に聳える噴水は、人ひとりの心持ちがさっぱり変わったところで何処吹く風。いいや被害妄想って奴だ。ファンタスマゴリアは今宵も変わらず美しい。思い移ろえど風雅はまつろわず、さながら夢のごとし。爪のように細い月から注ぐ光は水の輪郭を顕わにし、元より澄んだ空気を一層清涼な流れにしているかのよう。狭間に舞い踊る花の香も鮮やかに、月下美人の白は明く、ナイトフロックスのマゼンタは影深く。彼女へ初めて口づけた場所を彷徨い歩くサンダルの足取りは、夢遊病を患ったように芯がない。けれど、それも仕方ない。だってこれは夢。自分は此処の者ではない。着慣れたはずのギャバジンなのに、最早違和しか抱けない。夜風に靡く短い黒髪ばかりは生来の持ち物ながら、鳶色の瞳に薔薇色が差すことは──月が潰えれば二度と無いのだろう、なんて、正直に言ってしまえばどうでも良かった。帰りたくない。ならば消えるのみ。月と共に、今度こそ、永劫消えてしまいたかったのだ。けれど彼女はそうもいくまい。今まで過ごした時の密度を思えば、餞の一言くらいは贈るのが筋というものだろうけれど、どんな顔をして会えばいい? 何を言えばいい? 真の住み人である誰かに言伝を頼めばいいのだろうか。そうしたらあの子は帰れるだろうか。落ちつき先を知らない思惟の中、星夜の瑠璃だけは散らず容を保っている。)……ユメ。(呼んで、それだけ。どんな顔をして会えばいい、何を言えばいい? 君を幸せになんてできない俺なのに。)……そうだ。(直接顔を合わせる勇気が持てない。だけど、そうだ。そういえば、この庭にはローズマリーもあったように思う。君の面影を見出す花に出会えたところで、この心の何が晴れるわけでもないが。ただ、きっと会いたかったのだ。名残の様に僅かなものしか見出せないのだとしても、あの花弁を眺めていたら、まるで瑠璃と見詰め合っている気分になれるはず。だから行こう。ものの数分も掛かるまい。面を伏した。かそけき月に絢爛の星海、天鶩絨の空は艶やかだ。皺ひとつなく滑らかな穹の麓にありながら、それでも上を向けない。曇りない空だからこそ、ふと目を向けた瞬間、現の景色が映し出されてしまいそうで。怖かった。寂しかった。死んでしまいたかった。消えたい、だけど一目でも君に逢いたい。こんな優柔不断さだから、死にきれなかったのかもしれない。そうも思えば苦く笑い、やがては中庭の片隅──月下に咲き綻ぶローズマリーの花壇の前で足を止め、項垂れては黙して瑠璃の花を眺めていた。)
トロイメライ 2020/02/19 (Wed) 00:54 No.1
(現実世界、都会のコンビニエンスストアで働いていた娘に、ここファンタスマゴリアの夜は昏かった。満天の星空、欠けてゆく月。明かりはそれら天体だけに頼る心許ないものだったが、だからこそ自然がうつくしい。そんな夜にも慣れた頃合いだったのに。月がか細くて頼りないから娘は右の耳朶に触れ、夜空の如きシャーマナイトと星の如きラピスラズリを何度も確認しつつ、エプロンドレス姿でひた走る。赤の女王が言うには、かのひとの居場所は王城だ。舞踏会の折を思い出したのは娘だけであったろうか。もしも思い出としてしかと胸に刻んでくれているのなら、そのひとにも同じように、あの煌めき孕んで恋しさ確かめ合った中庭を振り返ってもらいたい。風が頬に当たっても何の痛みも伴わない。ここには冷たい冬が、ないからだ。)ライ、ライ…トロイメライ!(何年振りかに聞いた「おやすみ」の挨拶が胸に染み入るほどうれしくて、やさしく柔らかい声音、力強い腕を頼もしくおもった。誰に寄りかかることも自ずと禁じてきた娘が、しかしそのひとを頼ったのはここがワンダーランドであるからだ。夢の中、おとぎの国。ありえないシチュエーションと運命的な出会いが、娘の心をゆるゆるほどいて――ユメ。彼にだけ呼ばれるその名前が、細く短く聞こえただろうか。否、ずっと聞こえていた。私を呼ぶあなたの声。祈るように助けてと叫んでいたのに、あんなにも痛切なひびきにすぐに応えられなかった自分が腹立たしい。ぱたぱた足音鳴らして城の庭まで辿り着いた娘は、今一度「ライ!」周囲に呼びかけて――中庭の片隅、足元にローズマリー咲き誇る花壇の前に、見慣れたギャバジンと夜いっそう黒黒しく見える艶やかな髪色みとめた娘は大きな一歩を。項垂れて花壇に向かうひとの背中へ、叶うなら力いっぱい飛びついて、両腕を腹へ回し額ぺたんと背にくっつけよう。もちろん抵抗されれば離れる気だが、だって、あんなにつらい記憶を思い出したばかりのひとが、たったひとりで佇んでいるのに娘の方が耐え切れず。)――…ライ。トロイメライ。ごめんなさい。私、自分のことばかりだった。でも今はちがう。知って、理解しようとしてて、まだふたりで一緒にいたいから…よかったら、話してほしい。きかせてほしい――…私に、あなたのことを。(本当はそのひとのかんばせ見詰めて、この言葉を言えない意気地なし。だとしてもいま瑠璃いっぱいに水の膜張るのは、ちがう。つらかったのはこのひとなんだから。聞いてあげたい、救ってあげたい。しかしてそんな大それたことはできないから、これはただただ私の願いごと。ああいとおしいひとよ、決してひとりにならないで。)
ユメ 2020/02/19 (Wed) 13:59 No.3
(呼ぶ声がする。足音が近づいてくる。あの子だ。どんな顔で向き合えばいい? どんな言葉を掛ければいい。分からない。逃げなくては。消えなくては。心があげる悲鳴を他所に、体はちっとも動いちゃくれなかった。だから彼女の瞳には、ローズマリーを前にしてぼんやりと佇む後姿を見せることになった。たとえば真昼間の木漏れ日か、星影の瞬きか、ああいう光になって消えたがる肉体は、しかし乙女の細腕に包まれても原形を保ったまま。何ひとつ塵に還らず、衣服越しに背へあたる感触を受けていた。それだけだ。振り返って抱きしめ返すとか、労わる声を掛けるだとか、そんな気遣いも見せられないまま立ち尽くしている。行く先はなく、戻る場所に向き合えず、それこそ木偶のよう。星夜の煌く耳朶だけが唯一ちゃんと生きていたように思う──だって彼女の声や言葉は、空よりも澄んで感じられる。今までと同じよう、余りにも易く心へ沁みてくる。)……君が、謝ることなんて。何もないんだよ。俺のことなんて、俺自身が……ついさっきまで、忘れていたんだから。(きかせてほしい。そう言ってもらえたのに、数拍の沈黙を挟んで漸う返せたものは硬い声で出来ていた。共に過ごした何時であれ、湧き水のように次から次へと生まれてきた言葉が枯れてしまっている。仮に今の彼女がドレスに身を包んでいたとしても、この自分はあのような賛辞を生み出せない。喉が石に、声が風鳴りに変わったかのような心地さえ抱く。だけど、それもそうか。これは夢、この姿こそが夢像。不意に、長くて重たい溜息を吐いた。力の入らない肩を素直に落とし、幾度か首を横に振りもする。)……君は、俺のこと……何処まで知っている? 何処まで聞いている? ……一応言っておくけど、怒っているわけじゃないよ。君を疑うわけでもないさ。ただ、単純に……本当の俺を知っていて。それでも、今のような言葉を……心から言えるのなら。君はとびきり優しくて寛容なんだなぁ……って、思っただけで。(嘆息に似て未だに硬さを帯びる声ながら、詰りや猜疑の色は微塵も孕んでいない。皮肉を言いたい訳でもない。それでも、確かめるような口振りになってしまった。"自分のことばかり"と言った少女は、此方のこともある程度は知ってしまったのだろう。なんて恐ろしく、かなしいこと。せめてこの国に在る間だけでも、この子にだけは、綺麗な夢だけを見ていて欲しかったのに。)
トロイメライ 2020/02/19 (Wed) 19:46 No.6
(私が見ていたのはきれいな夢だった。整えられた庭園、彩り豊かに喋る花々。生きとし生けるものはみな陽気で優しく、どこからか絶えぬ音楽の鳴る永久に平和な国。でもそれは夢の中のはなし。二週間、現実世界を忘れたかのような振る舞いもしたが、娘の心裏にはずっと凝っていたはずだ。こんなに素敵で、美しい国があるならば――月の向こうのつらい世界に還る必要なんか、ない。あたたかなひとの笑みを最期に、首を刎ねられてしまったほうがずっとしあわせじゃあないかしらんと。両の手を回した腰も、ぴたりそのひとの背に張り付けた額も拒まれる様子見当たらぬから、娘はそのまま抱きしめ続けよう。この小さな手でいったい、何を掴めるものか。けれど、間違いなく掴みたいものがある。そのひとの身体だけではなく、どうか、心ごと。)…謝るよ。ごめんなさい。私には、私だけにはトロイメライの声が聞こえていたはずなのに、ぜんぜん気付けなかった。言ったでしょ、運命だって。トロイメライを助けるために、私は月から落っこちてきたにきまってる。なのに、なのに…――!(ぎゅうと腕に力込めたって、いまのかのひとに届くかどうか。硬い声、長く重い溜息、ぐったりとした立ち姿。反応はしてくれているけれど、心がどこか遠くに行ってしまったようなその様子を、正面切って見遣る勇気はなかった。後ろから、せめてそれ以上ひとりで先へゆかないで、そう祈るばかりで、何もできない娘の声も震えよう。)…ながく眠ってしまう体質で、生活がままならないって。それで、ひどくつらい思いをしたんだって。……生を、手放そうとしたんだって。(本当の彼、彼の過去。本から読み取れた事実を告げ「優しく」「寛容」だと表された娘は、そうじゃないと声荒げるのを何とか堪え、息整えたのち、)――…いつも優しかったのは、トロイメライの方でしょ。だからいま、心から言うよ。話してほしい、きかせてほしい。何度だって繰り返し言うから、あなたの言葉をちょうだいよ…!(どこまで知っているかの答えは、本で読んだことだけ。だから貧弱な想像力ではかのひとの辛い体験すべてを読み取れたとは言い難く、どれほど心痛めたことかと娘が嘆いたとて、彼の為になるでもない。優しいだけで慰めに来たんでも、なかった。)どんなに変わっても、私と出逢わなくても、幸せを見つけても不幸に落ちても、ぜんぶぜんぶ…“トロイメライ”、あなただよ。(全肯定、どんなあなたでも、あなたなんだよ、と。)詩人のように言葉が出てこなくたって、いいんだ。私がとくべつ優しいんでもない。ただ私が、あなたの傍で、生きたい。(嗚呼ほかの誰かの為じゃなく、自分が“生きたい”んだと芯から望もう。それは娘のわがままだと、せめてかのひとが嗤ってくれればいいのに。)
ユメ 2020/02/20 (Thu) 14:03 No.20
("トロイメライ"。彼女は自分をそう呼ぶ。いつの声だろうかと判じることは難くも、明るいものじゃなかったんだろうと察するは易い。だからこそ彼女はこんなにも優しい言葉を掛けてくれるのだと。長らく培ってきた性根は、少女の懸命をそのように捻じ曲げてしまう。なのに心臓は今にも灰になりそうなほど熱かった。そう、宿り燻るものが確かにある。黙して佇む身の内、呼吸は徐々に気道を焦がしてくる。生きたいって、その声を受けた折には、意識せぬ内に指先が震えて強張った。)……ユメ。俺だって、……現実の俺は……優しくないよ。(微かに震えを来たした声が夜に墜ちる。どんな自分でも彼女は──、夢を見て、けれど二十余年の記憶が叱咤してくる。緩々とかぶりを振って、唇から押し出したのは溜息交じりの重たい音のまま。)そうだよ。俺は……何処までも、俺だった。強くはない。自分の事で一杯だった。詩を生業にしていた訳でもない。そして君が知ったとおり……人並みに起きてもいられず、死のうとした──…、君を幸せにできない。そんな男だよ。(そこで一度言葉を切り、振り返るべく身動ぎを先ず。すれば彼女と向きあうことは叶うだろうか。月を背にして俯き加減の面の真ん中、彼女へ向ける瞳は枯れた色ばかりを湛えている。逆光の肌は天の銀環よりも青白かった。)……寝るっていうのは比喩でも何でもなくて、本当に……嘘みたいに、馬鹿みたいに……何もできずに、ただ、眠ってるだけなんだ。(訥々と語る調子と同じく、面差しは何の色も宿していない。晴天の微笑みも遥か昔の遺物のよう。どんな顔をして向き合えばいいのか、それを悩んでいたものの答えは見つからない。それでもこうして顔を合わせようとしたのは、誠意を掻き集めた結果だと言える──けれど、それで自分の何かが丸ごと変わってくれる訳でもない。)君に退屈な思いをさせるかもしれない。悲しませることだってあるかもしれない。寂しい気持ちにだって、……何であれ、君を不幸にだけはしたくないんだ。(退屈な女、悲しい女、不幸な女、病気の女、捨てられた女、よるべない女、追われた女、死んだ女、忘れられた女。それらよりもっとずっと哀れな者にしてしまうだなんて。考えただけで怖気が走り、口振りも自然と駆け足になっていく。)それにっ、……それにだ、(焦燥と悲嘆を綯い交ぜに抱えて、終ぞは面を険しくした。)君もっ……きっと、そのうち──…愛想を尽かして、何処かに行ってしまうんだ……!(寄る眉根、眇める双眸。下を向く口角。まるで子供の駄々のように声を荒げもする。)皆そうだ。最初だけ優しくって、でも、いなくなってしまう。此処だってそうだ。やっと、眠らないで……起きていられて、やりたいことをやれて。友だちもできて。……ずっと欲しかったものを、与えるだけ与えて……なのに、今更……取り上げる。(──疑いようなどないくらい、彼女に甘えている。それでも共に歩むことを望むのかと、口振りはいっそ脅しにも似て──けれど、これら全ての言葉もまた、自分の真実だった。こんな自分でも、それでも君は、嘘でもいいから。傲慢な願いだと知りながら、血を吐くような声を絞り出す。)それなら、……いつかっ……いなくなるなら。また独りに、なるんなら……最初、から、 っ……いらない。
トロイメライ 2020/02/20 (Thu) 22:39 No.27
(優しさってなんだろう。時折“生”と同じように疑問視していたそれを、娘はいまこの時に考えに上らせるとは思いもよらなかった。この場合は、相手を尊重すること?叱咤激励すること?甘えを許すこと?どれでもあって、どれでもなさそう。わからない、ああまた答えが見えない問題だと思いながらも、かのひとは私に優しくしてくれた。それは紛うことなき事実のはずなのだ。ただし“強くなければ”優しくない、そういう断定もいささか早とちりだし、でも――考えがまとまる前に、聞き逃せない言葉に瑠璃が弾けたように瞠る。)…私のしあわせを、どうしてあなたが決めちゃうの?(意外の声すとんと落とし、彼の身動ぎに合わせて両手離せば一歩分下がろう。夜陰に黒々しい髪濡れているようで、鳶色は翳るばかり、まるでこのひとは迷子になってしまったよう。娘は空になった両手をエプロンドレスの前で握って、月を背景に立つひとに向き直り、見上げた。)眠ってしまう、それが言葉どおりの意味だっていうのは、理解したつもりだよ。でもそれがどうして、私の退屈に、悲しみに、寂しさに…ましてや不幸につながるのか、ぜんぜんわかんない。会えない時間がたくさんあるから?そんなの、仕事で忙しいひとにだって、たくさん会えないじゃない。その点トロイメライが眠っている合間には、少なくとも、私はあなたの寝顔を眺めていられるよね?(不幸にだけはしたくないんだ――そうだろう。情を交し合ったひととの間だ、互いにしあわせになりたいとは娘とて思っている。だから、疑問の言葉を費やした。退屈な女、悲しい女、不幸な女。どこにいても眠ってしまう、生活がままならない、夢を抱けない――人並みに生活できない、それは想像するよりずっと大変だろう。今まで大層つらい、かのひとにとっては死んでしまいたいと望むほどだった弊害に、娘は「それでも、」乾くくちびるを舐めて、ほんの僅かでも説得力滲むようにと懸命に。)トロイメライには悪いけれど、私はあなたの“体質”が“死”に直結するものじゃなくて、すこし安心したよ。死別は考えなくていいから。(辛うじて冷静をまとい、染み出る考えを平然の振りして喋っていられる。反対にかのひとには余裕なく、駆け足の言葉尻が浮付いて焦げ付き、悲嘆の音色に娘の胸も痛んだ。どれほど辛かっただろうと心揺さぶられる、真実かなしい哀調の訴え。いま娘ができるのは、それでも言葉をかけ続けることだけだろう。心、寄り添わせながら。)いらないなんて言わないで。求めて。願って。お願いだよトロイメライ…すきな言葉をあげる。どんなあなたでもいい、私が助けになってみせる。――…はじめてなんだ。私の安寧が、自分のしあわせになるって言ってくれたひと。(“これからも、ライのしあわせで在れますように。”そう願った時とおなじ心で「だから、諦めちゃわないで。」と。)トロイメライが起きていられる、その貴重な“時間”を私にちょうだい。決して、二度と、私がひとりにはさせないから。(だってふたりの出逢いは、恋は、定められた運命だったんだから。これは幸せになる為の巡り合わせだと、そう双眸に強かな瑠璃煌めかせて。)
ユメ 2020/02/21 (Fri) 04:16 No.34
(しあわせってなんだろう。定義は当人しか定められないものだ。知っていて、それでも"君を幸せにできない"と言った。向き合う顔ばせが直向きに仰がせる瑠璃を見つめ、やっぱり綺麗だと思った。硬い面持ちで対峙する最中も、この声が、言葉が、表情さえも乱れたって彼女は諦めない。その眼差しは星より明く、声は夜風より澄んでいる。青き瞳に映るは此の姿ばかり、響きの向き先もやはりひとつきり──それは嬉しく、そして恐ろしくもある。自分の頭ではどう考えても退屈なものと感じられる時間を、彼女はまるで安寧の在り処のように語る。死に別れるのではないと、それに少し安心したとも言う。まるで此の全てを受け止めて、まるで一生一緒にいてくれると、そう捉えてしまう言葉を掛けてくれる。夢を見ているのだろうか。嬉しくて恐ろしい。彼女はまるで此の国のよう。ずっと欲しかったものを惜しみなく与えてくれる。嬉しくて、恐ろしかった。)……ユメ。俺は、(呼んで、浅く吐く息は苦しげな。面持ちもやはり辛苦を堪えて歪む。痛むのは心臓だった。終ぞは堪えきれず、徐に膝を折ってはその場にしゃがみ込む。嘗て軽やかにステップを踏んだ場所とは思えぬほどに、衣服越しに膝頭へ触れる地の硬いこと。冷たいこと。)……怖いんだ。ずっと、ずっと……怖かったし、これからも……怖い。(深く項垂れて、今にも死んでしまいそうなほどに重たい溜息交じりの声が出た。)眠ってしまうこと、見放されること……望んだものが、決して手に入らないって突きつけられること。……諦めること──…こうして此処で暮らして、改めて……眠りが俺の弊害になるんだって知ってしまった。眠りさえしなければ、もっと、たくさんのものを得られてきたかもしれない。……だけど手にすることはできない。それが、堪らなく……怖くて、かなしくて……苦しい。辛い。死んでしまった方がよっぽど楽だ。(死んでしまいたいだなんて、誰かに零した所で"生きていれば良いことあるよ"だとか、"親不孝なことを言うんじゃない"とか、ちっとも全然役に立たない上に吐き気のする言葉を返されるのが関の山。だから誰にも言わなかった。そんな心の淀みを声にして吐き出す行いは苦しい。目の奥が熱くなり、心臓が煮える気分でもある。)独りになりたい訳じゃないのに……君を言い訳にして。意気地のないことを言って。きっとまた、こうして……弱音を吐くだろう。得られないものに焦がれ、そうして泣くこともあるだろう。そんな男と一緒にいて、どうして幸せになれる……俺より君を幸せにできる男だって、それこそ星の数ほどいるんだ……。(清々しくない。前向きでもない。弱くて脆い人間だ。年上だろうが頼り甲斐なんてさっぱり無いだろうし、──それに、堪え性でもない。死にたかったくせに死にきれていない。まだ生きてしまっている。立ち去れないでいる。彼女を突き放せないでいる。重力に従って降ろすばかりであった両腕の、右手を不意に擡げて目元を覆った。胸が詰まる。呼吸が苦しい。消えてしまいたい。こんな、)俺は、そんな俺が……一番嫌だよ。君を幸せにするって、自信を持って言えない……そんな自分が、とても……嫌いだ。(こんな情けない姿を晒したくなかった。死んでしまいたかった。喉も掻き切れないくせに悲嘆だけは一丁前な、そんな自分こそが何よりも厭わしい。声が震え、目の奥を炙る灼熱が実を結ぶ。)ねえ、ユメ──…、(鎖す瞼を隠す掌へ、雫が身を投げた。声に押し殺す力みが交じる。肩が震えた。)ユメ。……ほんとうに、君は……君は。俺を、独りに……しない?(すきな言葉をくれると言った。ならば彼女の言葉が欲しかった。)
トロイメライ 2020/02/21 (Fri) 22:12 No.40
(烏の濡れ羽色が長夜に溶け込み消えてしまいそうなのは、いま目の前に立つその人が弱り切ってしまっているせいか。幸せになりたい、幸せにはできない、それらを決めるのは徹底的に自分だとおもう。瑠璃はそう定めて、淀まなかった。嘆き悲しんでしゃがみこんでしまったかのひとの真正面へ自らも膝を折り。そのひとの眸に薔薇が咲くこともなく、この夢が覚めたら耳朶に穿った穴もない、そう思うと刻み込んだ記憶だけが頼りだが、このひとと過ごしたぜんぶの時間を“忘れない”――そう、約束したはずだ。悲痛の声がひびく。項垂れて力ないこのひとが恐れていること、怖がって我慢してきたこと、それらがつらくかなしい溜息とともに引き絞った声音で。娘はうん、と頷いた。そして冷たい草原にエプロンドレス広げ、きっと降りだす空知らぬ雨を待つ。)あなたがどんなにか、眠りが怖かっただろうって、想像するしかできない。私はくやしいよ。望めなかったこと、たくさん諦めなきゃいけなかったこと、死んだ方がマシだなんて、あなたが思ってしまったこと。(現実世界に戻ったなら、またこのひとは眠りの夜更くに囚われてしまうのだろう。それは体質だからとどうにも出来ず、しかしきっと華胥の国ではありえない睡魔におそわれて。非情なまでにままならない生活を続けるのは厳しかろう、そんな風に想像するしかできない自分が心底情けないが、娘まで弱音を吐いてしまう訳にはゆかぬ。あなた以外の、あまたの星々では意味がない。)たとえ何人もの男性が声をかけてくれたって、その中にあなたがいなきゃ意味がないの。私はトロイメライの隣を誰かに譲るだなんて、考えたくもない。どうか、いちばん近くにいてよ。(弱音を吐いたって、焦がれたって、泣いたって、あの日あなたが言った通りになぞって“どうか一番近くにいておくれ”と願おう。弱さをぜんぶひっくるめて、あなただから傍にいて欲しい、あなただから必要なのだと伝えるために。)トロイメライが、自分を嫌ってしまうのも仕方なかったとおもう。そんなにつらい“眠り”がこれからもずっと続くことに、絶望してしまったのだってわからない訳じゃない。でも、トロイメライ、私のトロイメライ。私は、あなたが大好きなの。どうか私のことを好きでいてくれるなら、信じて。自分が嫌いでしょうがないなら――…私が二人分、あなたのことを好きになる。(ついに降り出した雨はかのひとの手の中にあっても、声の震えが報せよう。自信がないのだ。死を望むほど独りが恐ろしいのだ。求めることにすら、きっと臆病なのだ。娘は夜陰にも鮮やかな耳朶の星空に触れ、そっと笑った。)トロイメライ、どうか手を伸ばして。私は掴めない、届かない星じゃあない。あなたを独りになんか、してあげない。(一緒にいられる間中ずっとずっと、自分がどうなったって良いくらいなのだ。だからもっと、もっとあなたから欲しがって、と娘は望んだことだろう。ほかの誰にも負けずにかのひとの両手を求めるのだから、ならば己はそれ以上の“愛”を贈るべきだろうとも思う。言葉だけで満足なんかしないでいて。「ほら届くはず。ぎゅっと、抱きしめてよ――…。」私を求めて、と娘は祈るように両腕伸ばして胸を広げよう。)
ユメ 2020/02/22 (Sat) 06:51 No.45
(唇から離れた言葉は何処へ往くのだろう。目覚めた人間が見ていた夢は何処へ向かうのだろう。決して此の手で掴めないそれらは、何処を終の棲家にするのだろう。経験は記憶となり、いつか思い出になる。思い描けば時に心を暖め、時に締めつける。生きるかぎり──今こうして彼女と向き合う幾つもの刹那もまた、思い出になる。けれど彼女は言葉や夢とは違い、手が届く。触れられる。手を伸べなければ今度こそ夢幻と消える縁。何ら責はないのに悔しいと言ってくれる。贈った言葉を憶えていてくれる。大好きだと言ってくれる。好きになってくれるという。悲嘆の傍ら、戸惑ってもいた。だってこんな風に膝を折り、同じ目線で向き合ってくれる人を知らなかったのだ。どう応えるべきかも皆目見当つかず、それでも分かっていた。臆病な心が殻の内側で渇望するものの名を知っていた。求める言葉に掌は目元を離れ、広げられる両腕が視界の端に垣間見える。)──…ユメ。(吐息のような声で君を呼び、そうしたら心が脈打った。錆びついた時計の針が動き方を思い出した感覚。少しも思考を挟まずに、気がつけば両腕を伸べて身を乗り出し、細い体を強く抱きしめた。いまだ止まない雨を星屑のように風へ散らし、胸元を合わせ、伽羅の髪へ頬を押し付ける。髪もエプロンドレスの肩も濡らしてしまうだろう。指先の震える両腕は一時加減を忘れ、強く、強く少女を掻き抱く。もしかしたら息苦しさを覚えさせるかもしれない。今もまだ彼女への配慮を欠いたまま、涙色の声を震わせた。)……ごめんなさい、(揺れる響きは懺悔のごとく静かで重い。)こんな体で、生まれてきて……生きてしまって、ごめんなさい。起きていられなくて、友だちもちゃんと作れなくって……疑って、怖がって、苦しくなって……離れて、なのに、……寂しいとか、言って……ごめんなさい、何もちゃんとできなくて……ちゃんと生きられなくって、ごめん…──諦めてしまって、ごめん……死にたがって、死のうとして……ごめん、ごめんなさい…… ゆるして、 …──(きれぎれの声で編むそれが何であるか、誰に向けてのものなのか。吐き出す当人でさえ解っていなかった。もしかしたら、きっと、ただ聞いて欲しかったのかもしれない。ずっと誰にも言えず、抱え込んできたこと。恐怖や厭世と隣り合わせでもあった罪悪感を言葉にする音こそは祈るようであったけれど。息継ぎの度にしゃくりあげ、僅かながらも体の震えが止まらない。大きな子供のような有り様を隠す気力も心積もりも最早なく、まるで、言葉に変えることで心そのものを濯ぐようでもあった。)ゆるして……言い訳ばかりして、逃げようとして……でも、だけど……それでも、生きたいよ。生きて、幸せに……なり、たい。(心命を洗い、だからこそ一番奥に抱えていた願いに往きつける。懺悔を過ぎ去り乞う声調は切望に喘ぎ、唯ひとりの耳朶へ触れる程度の大きさでしかなかった。)……ねえ、ユメ。ユメ……たすけて。(今度は確かに届くのだろう助けを求める先は、もう"誰か"ではない。今、この時にもこの腕で強く抱きしめる少女にだけ求め、そして祈る。願う。)君の言葉、欲しいよ……君がほしい。好きだよ。俺だって……君のこと、大好きだよ。どうか、ずっと……一緒に、生きて。
トロイメライ 2020/02/22 (Sat) 21:33 No.51
(きっと、ひととして出逢い通じ合えたのは、互いにとって初めてのことであったろう。娘は世の生きにくさゆえに偏った虚像が作る大き過ぎの命題について迷路を彷徨い、いつも惑っていて。青年はその境遇から自らを儚んで周囲に併合できず、当たり前の世は、普通の生活は諦めざるを得なかった。だからいま、娘は向き合ったひとがぽろぽろと雨打つ姿に、半ば身体を預けるようにして心身を解き放つ。ちいさな胸にかのひとの頭抱えて、伽羅もドレスも存分に濡らしてくれて構わぬといった姿勢にて。)トロイメライ。私のトロイメライ。(ああ、心ほどけてゆくのがわかる。つよく、つよく抱かれることで。胸苦しいのは、かのひとが抱き締めてくれているからだけじゃあない。沈痛な謝罪の言葉が、懺悔めいた悔悟が、たどたどしく紡がれてゆく悲痛な抒情が身を切るほど冷たく走り、どんな気持ちでそれらを口にするのかと、その悲傷がひどく居た堪れなくて。同時にこのひとがずっと言えなかった、押し殺し続けていた、向き合えなかった本音を暴露してくれたのだろうと思ったら、切なさにやり切れない思いもする。)…つらかったね、たったひとりで闘ってたのに。謝ることなんか何もないんだよ、トロイメライ。あなたが言ってくれたから、私も言える。“私の前では、気にしなくていいんだよ。”(思わず口にした娘の謝罪など、かのひとの悲劇に比べればなにほどでもない日常のささめきごと。これほど大きく複雑で難解な、かなしい気持ちに見舞われてしまったそのひとに、少しでも前を向いてもらいたくて――ゆるして。ちがうんだ、許しを請うのは。)…トロイメライ。私があなたを許すんじゃない。あなたが、あなたを許してあげなきゃいけないんだ。言い訳も逃亡もぜんぜん悪いことじゃない。だから、もう、自分を許してあげて。自分を傷付けるのはやめて、いっしょに、心の底からしあわせになろうよ。(こちらの耳朶にやっと届くような囁き声に、名前を呼んでくれたそのひとの「たすけて」に娘は今度こそ応えなければと首肯して。ほかの誰かじゃない、いま私を、私だから必要としてくれるかのひとに――娘も、ずっとずっと救われていた。)あのね、いちばん高い時計台から、目覚めたらいちばん会いたいひとの顔を思い浮かべて、月へ向かって跳べばいいんだって。月の向こうに、還る方法。(本にあった通りの文言口吻に乗せ、ただし「月が消えるまえにね」と付け足しながらそのひとの頭抱えていた手を緩めよう。トロイメライ、私と一緒に還ろう。だって、)…好きだよ。私はあいしてるよ。ずっと同じ気持ちでいるよ。…ねえトロイメライ、あなたの本当の名前は、なんて?(“夢幻”ではないのだろうから、娘は端とそう聞いて。今から欠けた月が消えるまでにファンタスマゴリアで一番高い時計台を目指さねばならない。かのひとの落ち着きを確かめて、娘は。)空へと飛ぶ、覚悟をしてね。――…いっしょに、現実を生きよう。(目覚めたら会いたいひとなど、たったひとりに決まっている。しゃがみこんだ体勢から立ち上がるよう促せば、ふたり、今からゆくべき場所は見つかるか。)
ユメ 2020/02/23 (Sun) 00:14 No.55
(記憶にある言葉も、初めて受け取るそれも、すべてが沁みて心を融かしてくる。彼女の懐ですんと鼻を啜り、泣き濡れた目を伏せる。)俺が、俺を、許す……。(反芻した音節から不安の翳りは拭い去れず、けれど反発も抱かなかった。死にたいと願い、実行せんとした人間が直ぐに自らを許すのは難しかろう。だけど、それでも、まだ命が続くのならば。独りで時を刻むのでもなければ、きっと、いつか、どうかいつか。しあわせになりたい。心の底から、ふたりで。思惟に耽る頭へ彼女の言葉が再び降ってくる。月の向こうに還る術と期限──ああ現が唇を開く。現実を囁いてくる。心臓から薄皮が一枚ずつ剥がれ落ちていく気分になったけど、嫌だとは言うまい。目覚めたら一番逢いたい人の存在を知る今ぞ、問われて開く口唇は、ようやっと震えぬ声を押し出した。)りょういち。(ほんの一秒もあれば言い終える音節が、自らの真の名。下のそれだけを囁いて、苗字だとかどんな字を書くのだとか──彼女のものを改めて聞かせて貰うのもまた、還ってからにしよう。還らねば失われるならば、還れば待っているということだ。"お楽しみ"と呼べよう寄る辺、生きる理由たちが。)……いこうか。(涙が去った後、彼女に合わせて此方もゆっくり立ち上がる。笑みこそ未だ戻らぬも、苦渋も鳴りを潜めて穏やかな顔をしていた。片手を伸べて彼女の手を取れば、隣り合って向かうとしよう。此の国で過ごした記憶の中に"いちばん高い時計台"も存在する。だから道案内──いいや、共に目指す歩みを迷いなきものに出来るだろう。存在を確かめるように小さな手を包みながら歩を刻む、その道中にてぽつりと呟いた。)飛び降りようとしたんだよ。俺。(静かな声だった。けれど自らを嘲る色はなく、回顧を手繰るに似た響きであった。やがては見上げるほどに背の高い時計台へ辿り着き、やっぱり手を繋いで上を目指していけば、空と月を仰げる天辺に至るだろう。)……月から離れようとしたのに、月へ向かって跳ぶなんて……何だか不思議な気分だ。二度とない経験でもあるんだろうな。(泣きたいほどに美しい国が所々に明かりを灯して眼下に広がり、風も頬を撫でる場所。そろりと夜穹を見上げれば、砂金粒に似た星々の狭間にかそけき月輪が見える。夜も更けゆく今なれば、星海の只中にふたりぼっちで佇んでいるようでもあった。ゆっくりと瞼を降ろし、開き、そうして傍らへ顔を巡らせよう。)ユメ。俺のユメ。(やわりと呼びかけて、瑠璃と目が合えば、眦がほんの少し綻ぶだろう。贈る言葉もまた、和らぎを淡く取り戻し。)……何もかもに謝りたいくらいに、死にたくなるようなことばかりがあった。思い出したくもないのに、忘れられないことだってある──…それでも、……こうやって。君を見つけて……君に見つけてもらう為のすべてだったなら、やっぱり、俺は……俺で、良かったんだとも思う。(許しや肯定にはまだ遠く、それでも前への一歩を踏み出せているように思う。繋いだ手を握りなおし、緩やかな力で彼女を引き寄せて。叶うならば星海の真ん中で口づけを贈りたい。花びらひとひら舞い落とすような、やわらかな触れあいを。)また出逢えたら、その時こそ……本当の恋人に、なってほしい。("約束して"とは言わない。"約束する"とも言わなかった。既に心と心を互いの願いで結んだ気になっていたから。応えを受けた後、「せーの、で跳ぶ?」と続ける声は淡くも軽やかに。)
トロイメライ 2020/02/23 (Sun) 12:40 No.61
(一度“生”を諦めてしまうまでに至ったひとに、急に自分を肯定しろだなんて、言ってすぐには受け入れがたいと思う。娘とていまだ正解に至ってはいないのだ。人生。生きるっていったいどういうこと?いまの娘は「“生きたい”と積極的に望むこと」を一片の解とし、そこにはもちろん「ふたりで歩んでゆきたい」との希望も添えてはいるが、ひとによって、きっと回答はそれぞれ違う。いまの答が人生一生の答になるとも限らない、だから。手探りで、迷いに迷っても良いのだと――今なら、迷うこととて必要だったのだと、すこおしばかり利口になったつもりで。)りょういち。…うん、わかった。私はね、ゆめこっていうの。(短く、端的に“ユメ”が言い切り、その話題は夜風に流してしまおうか。ふたりが立ち上がれば、かのひとの合図で一歩目を踏み出した。涙のひとはもういない。あの詩人が音楽に耳傾け詩を詠うようにとはゆかぬものの、そのひとがどうにか穏やかさの一部を得たような気がしてはちいさく安堵もしよう。細く欠けた月を臨みつつ時計台までゆく道で、唐突に静かな声が沈黙を破ったなら娘は「そっか。」慰めるべきか、頷いて受け入れるべきかとわずか迷った挙句、)でも失敗したんだよね。じゃあ、私は、ついてた。(このおとぎの国にくる前から、己にツキがないと幾度か感じたものだけれど――思い返してみれば、全然そんなことはなかった。このひとと出逢えて、同じ刻を過ごせて、真相を知ったいま、ふたり生きる道をゆくことにして。手を取り合って時計台の螺旋階段上り詰めてゆく静かな時間、振り返っては「悪くなかった」どころか「還りたくないとすら思ったのになあ。」天辺に到着して、改めておもう。眼下に望むワンダーランド。仰げば空に、満天の星々が彩り添える三日月の淡い光を浴びながら、)高さけっこうあって、ちょっとこわいね…だけど、でも、これが還る道だから。トロイメライ。謝りたいことは、これから少なくしてゆこうよ。私も、手伝う。(死にたくなるようなことばかり、そう思わせたそのひとの周囲の人間を恨んだってはじまらない。だから、役に立つのなら娘の手を貸すし、必要ならば幾度となく言葉をかけ、求めてくれるのなら何度だって応えよう。)あなたがあなただったから、私はあたらしい私を知れて、それもうれしいことだった。私たちはぜったいにまた出逢えるよ、トロイメライ。その時は…、(握り直した手にきゅっと力を込めたなら返事にもなるだろうか、少なくともいまとて一歩一歩進みはじめているかのひとの変化も喜ばしくて。向き合ったひとの力に逆らわず、眸閉じればひとひらの口付け受け入れよう。やわくくちびるに落ちた感触こそ、約束せずとも愛されているという確信かと。瑠璃ふたたび瞬く折には、)…何があっても、探し出す。また出逢えた時には――…恋人のように、生きようね。(約束だとは言わないそのひとに倣って言葉にせず、淡い提案にひとつ頷いて上向こう。目指すは眼下ではなく天上輝く月への跳躍、握った手そのままに逢いたいひとのかんばせ思い浮かべ――、)…っせーの!(月へ向かってふたり、跳び上がろう。目覚めの刻に、何が待っていようとも。)
ユメ 2020/02/23 (Sun) 22:31 No.66
……そう思ってもらえるなら、よかった。(死にたくって失敗した。彼女は幸運に数えてくれるそれは、自分にとっては不運で。けれど記憶を失ってしまえば夢の世界に埋没し、生を謳歌してさえいた。──だったらやっぱり、自分は、本当は、生きたいのだろう。生も死も幸せになるための手段であった。それでも、能うならば、命を繋いだままで幸福に辿り着きたかったのだ。そして、眠る体質でさえなければ世人と等しい幸を手に入れられたのだろうと知った今、枷だらけの現実に還されようとしている。独りで放り出されるのであれば、同じことを繰り返していただろう。還りたくないと心底絶望し、涙もしていただろう。けれど今はふたり。涙はいつか止み、心も凍えぬままでいられる。高所に目の眩む思いこそしても、現の烈火に目を側める気持ちとて最早持たぬ。そう思わせてくれた人は傍らに。叫ばずとも声の届く近しさに。)そうだね。……謝りっぱなしっていうのも……疲れるし、ね。君がいてくれるなら……まだ、……また。頑張ろうと思えるよ。(嘗て。諦めてしまう以前。何とか"普通"に生きようと、必死になった時代もあった。手の甲に刻んだシャープペンシルの痕数こそ忘れても、生きたいと願っていたあの頃の心を蘇らせることは難しくないと感じている。それもこれも──やっぱり、彼女のお陰なのだ。)……今までのように、これからも。君に、喜びを……幸せを、贈れるもので、ありたい。(棄ててしまいたい自分でも、誰かの役に立てるなら価値がある。彼女が喜びを抱いてくれたなら尚のこと、生きる意味も生まれてくる。指先と唇で触れる大切な君。その言葉が、声が、眼差しが、瞳が──すべてが、宝で存在理由だった。)俺も。……必ず君を探そう。どんなに時間を費やしてでも、必ずまた逢おう。(不可能だと思えることであっても、本当の恋人を望むのならば。やってみせよう。上辺だけでなく、心の底からそう望もう。さあ、跳び発とう。美しき夢よ、これにてさようなら。刹那鎖したまなうらに、幾年もの記憶が蘇る。無声映画のごとく次々と移り変わる景色、友の姿、優しく愛しきものたちよ。胸を焼くほどに鮮烈な思い出たちよ──忘れまい。開く瞼から覗かせる虹彩に、今ひとたびその姿を刻む。憶えていよう。たとえ夢幻に還るお前たちなのだとしても、捧げる感謝は幾年経ても決して薄れまい。褪せもしない。)さよなら。(それでもさようなら。この命が選ぶ最愛は、お前たちの中には存在しなかった。だからさようなら。)ありがとう。(されど慈しむ思いは決して変わらず、現の少女の手を取る選択とも矛盾するとは思っていない。この魂の歩む道程に住まうものたちよ。行き着く先にいてくれた君よ。踏みきる寸前に想い描く顔ばせはひとつきり。情の向け先は数多。そんな生き様さえも慈しんでくれるなら、どうか見守っていてほしい。振り返らない。後悔もしない。だからどうか、夢のあとさきよ。星光の和らぎに満ちたものであれ。)
トロイメライ 2020/02/24 (Mon) 20:03 No.72
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