Mome Wonderland


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(Never say never.)
(斯くて巡りたる歳月のなかで"お土産"の希望は会話の俎上へ上がったろうか。おそらくは意図して触れなかったはずだ。だって、それを定めてしまったらほんとうにさようならの刻が来てしまうような、そんな気がして。 今宵の月を逃したのなら次はない。事実を上天見仰いで悟ったならば、足先が向かう場所などひとつだった。首を刎ねよと口癖めいて音に成す女王が実際におぞましい遊戯を行うなどとは、実のところエースはちっとも考えていなかったが、申し開きを行うのなら早い方がいいに違いない。――して、出逢ったのは暮夜を有形にしたかの如き男と行き逢えば歩みを止めるのも当然であった。)ナイトメア、何を――。(”お前は、この世界の住民ではない”  怪訝にひそめた眉。胡乱なまなざし。彼の男の言うことは何一つとして心当たりがないのに、どうしてこんなにも悪寒が走るのだろう。いやだ。いやだ。それは、それだけは、思い出させないでくれ――!)……っ、 おれ、は(光と夢で編まれた生だった。ボールを追いかけて、フィールドを駆け抜けて、勝敗に一喜一憂して。それさえあればよかった。他には何もいらなかった。望んだ道を弛まぬ努力と共に辿っただけなのに、どうして奪われなくちゃいけなかったんだろう? 片足が折れたよな幻痛に膝を折る。荒い呼吸は蘇る記憶に加速する。 たまたま行き会って、危ないと本能が先走って、命も未来も気にも留めずに駆け出した。きっとあのまま子どもが轢かれていたら死んでいた。幼き命は救われ、成人していたおのれは足を奪われただけで済んだ。傍から見たら幸運に分類されるんろう。 "ヒーロー" そんな立派なものじゃない。 "勇気ある若者" 違う。ただの考えなしだった。 "悲劇の選手" 美談めいて祭り上げられるのなんて真っ平御免だ。監督から貰いたかった言葉は労りじゃない。チームメイトから贈られる励ましだって喜べない。栄誉を手に入れるのなら、それはあの恋しいフィールドで戦い抜いた先に欲しかったのに。)……、……はは。(濁流が如く押し寄せる過去に呑まれて、苦い笑みを浮かべる他ない。 筋力は次第に衰えていった。身体はどんどん痩せていった。スタンディングメンバーの発表に頭を悩ませる必要もない。世界の流れに置いてかれる。ようやく手に掴んだ夢が、遠く、遠く、離れてゆく。 "あんな子ども、助けなきゃよかった"――学生時代からの恋人へつい漏らしてしまった本音。その時の彼女の顔ばせに浮かんだ落胆と失望。胸を裂いた一声。 "あなたらしくないこと言わないで" 夢や未来が絶たれても聖人君子よろしく受け入れろと言うのか。泣き言恨み言ひとつも零さず笑っているのが"自分"らしさ? 青年の中でぷつりと何かが絶えた。相当に酷いことを言った。美しくない別れ方だった。誰かへ差し向けた言葉の刃は、やがては自分へと還ってくる。 "ごめんな。いっそあの時に死んでればよかったな"――。鳥の羽ばたく音が聞こえる。目線を遣ればかつて彼女が魔法をかけた赤い鳥が悠々と空を舞って何処かへ消えていった。あの鳥はあんなにも自由に何処へでも行けるのに、夢から醒めてしまえば自分はまともな歩行すらままならない。胸を突く現実に吐き気がする。呆然と見送って、弛く開かれた口元から漏れる。)…………ミコト、(その名を音にしたのは無意識だった。ごめん。ごめんな、ミコト。やっぱり王子様なんて柄じゃなかったよ。彼女を守る騎士にだってなれやしない。成りたかったものは一つだけ。フィールドを駆ける最高の"エース"に成りたかった。)……、…あの子だけは……帰さなくちゃ。(もはやおのれの抱いた夢は叶わずとも、まなうらに面影咲く愛し君は未来がある。彼女の信頼を得た人間として、彼女に恋をした男として、果たすべきものがまだある。だからまだ蹲ってはいられない。縺れそうになる脚を叱咤して歩みだそう。行く宛は見つからずとも進もう。この足が動く限りは。)
エース 2020/02/16 (Sun) 23:53 No.6
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