キミも見ただろう?あんなに素敵なダンスが出来るアリスをクリケットのボールにするなんてあんまりだよ!(シャンデリアのひかりを浴びて、朝まで踊り明かした舞踏会から四度の夜が過ぎた。今宵、月が消えれば翼を取り戻したむすめの首が刎ねられてしまう。幾ら道化とはいえ、ふざける訳にはいかない期限の到来に男は珍しく自ら女王の御前へ向かおうとしていた。しかし夕闇に紛れて、女王の忠臣が音も無く男の許へ現れたのなら好都合だと嘆願を連ねてゆく。だが道化師に対して告げられたのは憤怒とも憐憫とも言えぬ何かだった。”愚かだな””お前はここでも種明かしをされたいのか” 一体何の話だい? 尋ねるより早く、闇色の指先は男の上着を指差す。示されたポケットに手を入れれば、入っていたのは金と銀のツートンカラーが光る1ポンドコイン。感謝が対価となるこの世界では有る筈の無い貨幣。勿論描かれている肖像だって、赤の女王などではなかった。──嗚呼、ああ。憶えている。夕暮れの公園で、初めて魔法にかけられた日を。あの日渡されたコインは子供の頃から大切な宝物だった。)……ッ、 あ、(掌から滑り落ちたコインが石畳に落ちて響く。硝子が罅割れる刹那に似た甲高い音から逃げ出す様に駆け出した。されど仄暗く足許に付き纏う影から声がするのだ。 なんだ、大したことないじゃん。オリジナルじゃないんでしょ。パクリなら俺でもできるわ。今日はどんなやらせなの?)違う、っ知らない、ボクは、ッそんなこと……(『マジシャンLoKi 人気の裏にパクリ疑惑か?』 確か、そのような見出しだった。ありふれたゴシップ記事に映っていたのは男をよく知る関係者とやらの肩から下だけが映る写真。けれど男は気付いてしまった。遠い昔、魔法のようにコインを消してみせた魔法使い。奇術を基本から教えてくれた唯一の恩人。彼のひとと同じ掌がそこに映っていると。なぜ、せんせい、どうして。疑問を零すより早く、電子の海から拡がった波は客席までもささめかせた。ペテン師。インチキ野郎。恩知らず。スポットライトの外を囲む闇から嗤い声が反響する。)やめてくれ、っ、違う、何もしてない、 僕は、僕はただ──!(ひとりは寂しかった。心細かった。嫌だった。だけど笑うことで救われたから、同じようにみんなを笑わせたかった。少しでも驚かせて、何も考えずに楽しく過ごして欲しかった。いつかの己のように、寂しさを抱えている誰かを笑顔にしたかった。だから沢山練習した。嬉しかったから。笑ってくれると、しあわせだから。それのなにが、いけなかったんだ?)ッ はっ、ぁっ、はぁッ……(無我夢中で逃げ出した果て、男は東の森の先に有るキュクノスの湖と呼ばれる場所へ辿り着いた。ここはあの場所によく似ていた。耐えきれなくなって全てを消してしまいたいと月に願った夜、公園管理者が点検に使うボートを拝借してひとり漕ぎ出した湖と。睡眠薬を飲んで沈んでしまえばもう目覚める事は無いと思った。憶えている。出逢ったのはこの公園だった。覚えている。湖の中心で見上げた星空が泣きたくなるくらい美しかった。湖面に反射する星の瞬きが、遠き日のスポットライトによく似ていた。 男は膝から崩れる様に畔に座り込み、水面を覗き込むと瞬き始めたばかりの一番星が映っている。途端に、脳裏を過ぎるのは宝石の如く輝くりんどう色。乾き切った喉の奥から、自然と声が溢れていた。)……エトワール、エトワール、エトワール……!(あの日、手を取り合って踊った君。煌めく星の海で、心の侭にステップを刻んでいた君。一歩踏み出すたびに輝きを増していった青きりんどうは、世界で一番輝いていた。しあわせの見つけ方を思い出したむすめの微笑みは、何よりも美しかった。)……コユキ、 (焦がれるように名前を呼ぶ。けれどその先に続く言葉が出てこなかった。水面に映るのは一番星だけではなく、まっしろな顔が映っている。何もかも消したかった男の本当を隠す白磁の覆い。ワンダーランドで目覚めた時から決して離れぬ虚飾の上辺。ひとりぼっちを怖れる無様な笑顔の仮面。嘘と偽りに塗れた仮面など、もう二度と彼女に見せられる筈が無かった。故に続けられる言葉など有る筈も無く、男はただ笑う事しか出来なかった。)──ははッ!(だって、君に嗤われることが、いちばんこわいんだ。)
ジェスター 2020/02/16 (Sun) 20:11 No.3