(夜眠りにつくとき、このまま朝がこなければいいなと時々思う。朝は何もかもを変えてしまうから。それでも朝は落っこちてきた。意識的になぞった口周りにいつもと違う様子はない。顎だってちくりとするような感覚はなかった。なんで忘れてしまえたんだろう。おれにはそれがわからない。忘れて良いはずなんてない。おれが壊してしまったものに今さら顔向けなんて出来やしないけれど、忘れてしまうことの罪深さが判らないわけじゃあなかった。リュウノヒゲ畑で仰ぐ夜空は笑っている。)“ヒュー”…、(おれとヒューは生まれたときからずっと一緒で、だから死ぬまでずっと一緒なんだろうなって信じていて、そして、一生このお姫様のことを守ってやるんだって思ってた。おれはヒューの王子様だった。ヒューは可愛くて優しくて、もらった人形を大切にしすぎてしまうような子で。おれは馬鹿で乱暴で、もらった玩具を壊してしまうような子で。それでもヒューだけはおれのことを好きでいてくれた。くらい水底に消えていったヒューのことをおれはよく覚えている。雲一つない夜だった。夜空には月が浮かんでいて、水面は空とつながったように黒く、星々を映し、輝いていた。ヒューは、夜空を泳いでみたかっただけなんだよな。だけどそれは叶わずに、苦しみ藻掻いて川の底に消えていった。たすけて、と動いたくちびるは悲痛なあぶくになり、異変に気づいて飛び込んだけど間に合わなくて、しろい手には届かなかった。大人たちが駆け付けおれは強い力で引っ張り上げられ、最後の泡がぱちんと弾けて、やがて波紋も消えたのなら、そこには夜空が静にあるだけだった。ヒューはあとかたもなく消えていた。棺には、遺体すら入れてやれなかった。母さんを壊してしまったのはおれの馬鹿な真似事のせいだし、父さんが消えてしまったのもそのせいだったんだろう。くらい水底はファンタスマゴリアに繋がっていて、ヒューも月から落っこちたのならよかったのにな。でも本当は知っていたんだ。川は川でしかなく、きちんと底があるってこと。ずっと守るよって約束したのに、ヒューはおれが殺してしまった。――約束!)レイカ!(おれは飛び起きた。そうだ、最後にひとつだけ守らなくちゃいけないものがある。もう何にも消えてほしくはないし、何も壊してしまいたくないから。レイカを現し世に戻してやらなくちゃ。おれは立ち上がって、歩き出した。地面を踏むブーツがザクザクと音を立てる。レイカに会って、月へ飛び込まなくっちゃ。手遅れになる前に、朝に会いに行かなくちゃ。レイカがもう一度、夢を追いかけられるように。そうしたらおれは――おれ? おれって、誰なんだっけ。まあいいや、取るに足らないことに違いはない。ともかく。だから、あとちょっとだけ待てるよな。おまえに会いに行くのは、それからでもきっと遅くないよな?――陽優。)
ヒュー 2020/02/16 (Sun) 13:00 No.2