(笑っているのか眠いのか、ほそいほそい猫の目月が星空のなかにひっそり混じる夜。赤の女王さまに切られた期限はもうすぐそこに迫っていた。元の世界に戻るすべはあいかわらず見つかっておらず、せめてと本棚にあった本を片っ端から読んでヒントを探していたところに、ふと紺色の表紙が目に入った。『Read me』金色の言葉に導かれてなにげなく開いてみたら、その中に記されていたのはとある青年のお話だった。それは夢みたいなふわふわと甘いおとぎ語りではなくて、ぎゅうっと胸が引き絞られる辛い現実世界の一片。しかも挿絵に描かれた姿は彼によく似ていて、嫌な予感めいたものがぞわりと背中を這い登ってくる。潜めた浅い息を繰り返しながら、油切れの機械人形のような動きでどうにかページの先を捲り。)……、……これって……まさか、……(『すべてを否定され、いのちを棄ててしまいたいと願った青年』──『"コルネ"となった青年』。嗚呼まさか、やっぱり、これは彼の物語? 呆然と落とした声に「それが、あの男の真実じゃ」とおごそかな声が返る。驚いて振り返った先には、いつから居らしたのかちいちゃな女王さまが。そうして彼女は謝罪の後に語りだした、彼と少女に纏わるほんとうのことを。ばくばくと動悸がする。彼とほっぺをくっつけた時に感じた"死んじゃいそう"とはまるで違う、心臓の裏側が冷やつくこれは悪いどきどきだ。『助けて』あの時、歩道橋から落っこちる寸前に聴こえた、悲痛で切実な声が耳の奥で鮮明によみがえる。──どうして今まで気付かなかったんだろう。きっと、この変テコな世界で出逢ったピンクが似合うやさしい彼はいつも明るくて楽しそうできらきらしていて、あんなふうに苦しげに助けを求めなければならないようには見えていなかったから。 でも、ひとたびふたつを結ぶ線を知ってしまえばあれは紛れもなく彼の声に違いなかった。愕然とするとともに、急き立てるような衝動が胸を叩く。少女はバッと顔をあげ。)わ゛……私っ、約束、したん゛です…! コルネくんが困ったときは、絶対に゛、助けにいくよって……。いか、行かなくちゃ、コルネくんのところに……(本には『あなたに、懸かっています。』と書かれていた。助けての声を彼のものと気付けなかった不甲斐ない自分でもそんな力があるだろうか、どうかあって欲しい。何が出来るかは分からないけれど、何もせずになんていられない。 ちいちゃな女王さまは淡く微笑んで、「あぁ、はやくお行き。あやつの元へ、そなたたちが戻るべき現実へ。ついでにあれに喝を入れてやると良い。」そう言って促すようにハートの王笏を扉へ向ける。こくん、と頷いた少女は駆け出しかけて、一度振り返り。「っあ゛ぁぁり゛が、とう、ございま、すっ、女王さま…!」と感謝を伝え、今度こそ外に飛びだした。その時──聴こえた。確かに今聴こえた。星屑と猫の爪が浮かぶ夜空のなかに、はやる心のなかに、彼が私を呼ぶ悲痛な声が届いた。"死んじゃいそう"じゃなくて"死んじゃいたい"と願った彼の絞りだすような儚いSOSが。)……っ!(ギンガムチェックの裾と腰のリボンが大きくひるがえることなんて気にしていられない。──どこ?ねぇどこにいるの? まっさきに向かったパン屋の店先で子ネズミを肩にのせ、途中でたびたびお花たちに彼の居る場所を知らないかと訊きながら、がむしゃらに駆ける。心で彼の名を呼びながら。コルネくん、コルネくん、コルネくん、わたしの大切なはじめてのおともだち。ちゃんと届いたよ、待ってて、今行くよ、すぐに助けに行くから。)──っコルネ、くん…!
ナル 2020/02/18 (Tue) 13:20 No.12