(星はいずれ朝に追われ、花は時の流れに項垂れる。それでも摂理に逆らうかのよう、最早一緒にいるのが当たり前とさえ感じる少女を朝一番に外界へ誘い、日中を過ごし、陽が落ちる前に家へ送り届ける。そんな計画が何処まで叶ったか定かじゃないが、ともあれ日没間際の今は屋外にひとり。いよいよ刻限も迫る黄昏、夜も近しい頃合だった。進路を城へ定め、せめて彼女だけでもと直談判に臨むつもりでいたのだ。ただ、よもや従者に往く手を阻まれるとは思っておらず。驚いて丸めた双眸は、告げられるそれへと徐々に瞼を開いていく。"この世界の住民ではない"。そう明かされて、何故だろう。腑に落ちる──ああ、そうか。だから自分は一処に棲家を定めなかったのか。"自分の寝床"だなんて疎ましいもののひとつだ。だから自分は知り合うひとへ"ライ"と、そう呼んでくれと言ったのだろう。今の今まで忘れていたけれど、体の何処かか心の最奥では憶えていたのだ。 トロイメライ、それは夢。夢幻にして現実に非ず。 此処に在る自分は偽りで、本当は息苦しい現実の奈落に横たわるばかりのものに過ぎない。涙は出ない。言葉も生まれない。暖かなはずの風が冷たい。薄皮一枚隔てた向こうから頬へ吹きつけるような、他人事めいて駆ける一迅の果てには夜が近い。そういえば、終わりにしようと思ったのも夜だった。もう眠りたくなかった。ずっと眠ってしまいたかった。だって、そうしなければ朝がまたやってくる。眠くって仕方なかったから、昔から苦手としていた時間が。登校の足取りはいつも重たかった。「ほら××、授業中に寝るんじゃない」、教師の声だ。クラスメイトは嘲笑し、内緒話の漣を立てる。「あいつ、また寝てる」、好きでこうしてる訳じゃない。「何しに学校来てるの?」、何の為だっけ? 「大丈夫ですかぁ? 起きてます~?」、大丈夫じゃない。好きで眠ってる訳じゃない。腹の立つ言い方しやがって、大丈夫じゃないって叫べたらどんなにいいだろう! でも声を荒げたら俺が悪者になってしまう。「これは病気というよりは、体質と表現する方が近くてね」、先生。治りますよね。だってこんなに技術も発達してるんだから 、「現代でも原因の特定が出来ていない。だから、治せないんだ。薬で症状を抑えるしかないんだよ」──どうして? どうして。なんで、俺が、一体何をしたっていうんだ。薬を飲めば確かに眠気は抑えられた。けれど代わりに頭が重たい。体も鉛のようだ。吐き気さえして、だけどしんどいからって横になったら眠ってしまうかも。それは怖い。体力が持たないから休日は薬を抜くけれど、それはそれで、次に起きられるのはいつだろう、とか。二度と目が覚めないんじゃないか、とか。やっぱり恐ろしい。なにより、かなしい。青春と呼べる時代は持てず、気付けば成人年齢を越えていた。思い出も作れぬまま時の歩みに置き去られ、一生このまま。大学生の身分ならまだ許されようものも、社会人になったらどうだろう──どうやって生きていく? どうして生きていく。眠りに蝕まれる世界で、どうして目を開いていなければならない?)──…ああ、(従者はもう去ったようだけど、どの道、今は誰も視認できそうにない。鈍い呼気は嘆きに他ならず、敢え無く散るばかり。誰にも届かない。そういえば、終わりの夜の最後に呟いたっけ──"誰か、たすけて"って。誰か、誰が、誰がいるんだ。誰もいなかったからこそ終わりにしようと思ったのに、今際に夢を視たのだろうか。叶える時間なんてないのに、往生際悪く描いていたのは──最後に聴いた、夢の世界でよく口ずさんでもいた歌。脳裏に蘇る。 "Are you going to Scarborough Fair?" 待っていてくれる人なんていないのに。 "Parsley, sage, rosemary and thyme," いかなる妙薬も心に巣食うものを祓ってくれなかった。 "Remember me to one who lives there," 誰もいない、誰もいなかった。 "For she once was a true love of mine." 本当の恋人なんて、いなかった。)……ユメ、(薄らぼやけた眼界、星の光が淡く見える気がした。消えかけた月より遥かに眩い輝きに想うはひとり。揺れる声で呼ぶも、返る音はない。瞬間、ひどい寂寞に襲われて、けれど孤独が原因ではなかった。ああ春の光より鮮やかなる恋し君よ、)ごめんね。(ほら声は力を失って、目を挙げ続けるのも億劫だ。現実になんて帰りたくない。起きていたくない。このまま永遠に眠ってしまいたい、君を失望させる前に。本当の俺は君をしあわせになんてできやしないんだから。最も哀れな女だなんて、そんなみすぼらしい称号を君に押し付けたい訳じゃないんだ──ああ、だから。ほら、だからこそ、一刻も早く死んでしまいたかったのに!)
トロイメライ 2020/02/15 (Sat) 20:58 No.1