(「君だけだよ」――明け方の三日月みたいな双眸を流して、口の端だけを持ち上げて告ぐ言の葉は、輪郭から溶け出してしまいそうなくらい甘ったるい。ささやかな抵抗さえも都合よく解釈して、けれどそれが許されるとも思っている。熱い指先の温度も、抱いた願いの形も、どれもこれもお揃いでお相子でお互い様なのだ。――神秘的な月下美人。楚々としたナイトフロックス。星月のスポットライトに照らされて踊る演者を眺める観客は沈黙は美徳とよく心得ているらしい。尤も青年の目には花も星もろくに映ってやいなかった。まるで世界にふたりきりみたいな夜。ちょっとだけ円舞のリズムが崩れたのなら自分もステップを緩めよう。そうして再び規則正しいリズムを刻む靴音が音楽にアクセントを与える。)――うん。("……この格好で、変じゃない、かな" 出逢ってすぐそんな風に尋ねられたことを想い起こしながら相槌を打った。可愛い、なんて。ありふれた褒め言葉にすらうぶに反応してくれた理由が今なら分かる。たいせつだからこそ誰にも壊されたくなくて箱へ仕舞い込む。そういう心の動きだって自然なことだろう。…それでも。)――、……。(宵に浮かべられてゆく言葉につられるみたいに、自分の体温もぬくく上昇しているようだった。細く長い睫毛を眺め見る。応えるようにゆびさきを握り返す。曲の終わりに合わせて足取りも絶える。いつかすべては醒めてしまうのに。降る星よりも鮮やかに飛び込んできた想いが在る。今、この胸に湧きいづるどうしようもない愛おしさを、果つるまで憶えていたいと願ってしまった。)……ミコト。(これまでに幾度も君の名を呼んだことがあっただろう。されどもその何れとも違う熱く切ない声柄で薄いくちびるから漏れ落ちた。喉奥に引っかかっていた希求がある。これは信頼への手酷い裏切りだ。わかっている。わかっている、のに。)……帰らないで。(好きだから、を枕詞に置いてしまうのはあまりに残酷。ゆえに秘めた想いも、碧眼からぽろり溢れるひとしずくの存在を思えば音に成したのと同様であったのかもしれない。肩へ遣っていた手を引き戻して、むすめの頬へたなごころを添わせることは許されるだろうか。気恥ずかしくても、花咲かすものでないとしても、せめてその目を見て伝えたくて。)なんて、ね。(声の芯は震えなかった。落涙の証は潤んだ瞳だけ。顔貌だって器用に笑みを咲かせていただろう。愛し君へ贈りたいのは呪いでなくて祈りだから。)――俺にとっては、ずっと、ミコトがいちばん特別な"お姫様"だよ。(はじめに告げた願いは虚飾に挿げ替えて、代わりに過去形にはならない真実だけを君へ捧ぐ。たとえ彼女の"王子様"になれなくても、とこしえに続く魔法をかけよう。近づいてゆく顔ばせ。甘やかに香るは花か、彼女か。ふたりの距離が零になったのなら、君を縛っていた呪いが解けますように。君の見た夢はファンタスマゴリアにも負けないくらい、優しくて、心を躍らせる、素敵な夢なのだから。)
エース〆 2020/02/16 (Sun) 01:48 No.87