Mome Wonderland


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(Tu sei il mio dio.)
大丈夫、何とかなるわよ。それになんだか楽しそうじゃない?(命令を受けて仮住まいから出発する際、心配そうな三つ編み娘を振り返って告げた二言三言は呑気そのもの。ひとまず普段着のワンピース姿で城門まで赴き、正装の持ち合わせがないことを素直に詫びる程度にはすっかりと肝も据わっていた。元々の順応性、プラス心強い運命共同体の存在ありき。何もこわいものなんてないと、ほかの誰でもないあのひとが教えてくれたのだから。実際自分で口にした通り“何とかなった”らしいことも、ほどなく辿り着いた場にて察せられた。ドレスコードに厳しいトランプ兵達に連れられた、おしゃべりな花々の集う園。「こういうのも素敵」「あちらのデザインも映えるでしょうね」「あなたのパートナーはどういう装いがお好きなのかしら?」まるで我が事のように一生懸命な花達へ、受け答えるソプラノもいつしか楽しげに弾んでいよう。そうしてこうして、談話も兼ねた試行錯誤が終わるころ。)ほんとうに素敵。お花さん達がこんなに素晴らしいデザイナーだったなんて、全く存じ上げなかったわ。……ふふっ、ありがとう!(無償の贈りものには、心からの感謝を以て応えること。教えられずとも自然に紡いで、はなやかな声達に背を押されるまま爪先を踏み出そう。身に纏ったのは月の彩をひとしずく借りて形成したような、儚いブルーと白銀の綾なすドレスであった。上品な銀糸がベアトップの胸元からウエストにかけて、現実世界で言うところのフランス刺繍に近い繊細な模様を描き出している。柔らかなチュールレースが幾重にも重なったニュアンスカラーのプリンセスラインは、光の角度によってムーンライト・ブルーにも銀灰色にも見えよう。花園をゆったり進む度、花弁のような布地のドレープがふわりと揺れる。ともすれば消えゆきそうな淡さにアクセントを加えるサッシュベルトは、いつか共に歩いた石畳を彷彿とさせるパールホワイト。レースアップになった背から前身頃へ回り、左腰の辺りでほのかな乙女心をラッピングするようなリボン結びに。亜麻色の髪はいつか見たプリンセス映画のヒロインを気取って、編み込んだワンサイドダウンに幾種類かの花を飾って貰った。咲き初めの優しさを保つブルースター、主のこころを代弁する勿忘草、空を映した海色のネモフィラ。そして奇跡を約束し、夢をかなえる青い薔薇。裾野に隠れた靴はいつものトウ・シューズではなく、白いサテン地のヒールストラップシューズ。ひとりではなく、ふたりでリズムを辿るために。髪に挿した生花を除けば、宝飾と呼べるものは首許に煌めくブルーハイアライトオパールのみ。髪型の影響で片側が半ば隠れた耳も、――両手指にも、なにひとつ飾りを付さず空のまま。まるで誰かに触れられる時を待ち望むかのごとく、宵の空気へ晒していた。ゆるやかな歩みは白薔薇のアーチの一歩手前で止まり、紳士のおとないを待っている。現れてくれたのなら此度も自然に、こころからの笑みが咲く矢筈で。)
リア 2020/02/08 (Sat) 01:16 No.3
ですが何というか、気が向いたから今晩舞踏会ってのは些か横暴が……いや、今に始まったことじゃないですけどね?(舞踏会より幾分早い時間帯。女王陛下の注文で、スクエアカットのルビーのブローチを献上した時のこと。当然女王陛下は憤慨してご機嫌斜めになったものの、「まさか、所詮ただの商人である俺の戯言を許さないなんてことあります? 公明正大たる寛大で聡明な女王陛下が!」などと宣えば、不貞腐れつつ言い包められてくれることを知っている。時々ナイトメアが夜に女王に読み聞かせる物語を融通していることもあり、軽い冗談であれば許される程度の立ち位置は確保していた。妹がいたらこんな感じかもしれないとは、流石に告げたことはないけれど。御前を辞去し、謁見の間を後にすれば、我知らず吐息が落ちた。)…………。(視線を流せば窓の向こうに月が見えた。徐々に欠け、姿を消し往くそれ。ネックレスを贈った日以降も仕事の合間を縫って彼女の帰り方を探してはいたが、殆ど情報が集まっていなかった。住人達からの証言も得られず、書物を紐解いても伝承の類もない。喉から乾いた空気が漏れる。胃の底に重い靄が立ち込めているようだ。彼女は帰る。教え子がいると言っていた、友人も家族もいるだろう。だから──だから、なんて。言い訳めいたことを考える己に自嘲が滲む。かぶりを振って男は歩き出した。内壁に飾られた鏡は過去を映さず、男の姿を映し出していた。今宵男が着ているのはロイヤルサックスブルーを基調とした紺碧のタキシードだ。襟は黒。真白いシャツにネイビーのベスト。タイも紺と青を重ね蝶を成している。すっきりとしたシルエットや布地からも、上等なものであるとすぐに判別がつくはずだ。月を模る懐中時計は内ポケットに。いつもは無造作にひとつに結っている髪も、今は解いて後ろに流している。それなりに身嗜みに気を遣っているとはいえ、普段は動きやすさを第一に服を選んでいる。印象はかなり変わるだろうが、着こなし自体は慣れたものだ。磨かれた黒の革靴が廊下に名残の音を響かせる。常なら舞踏会とて男にとっては商談の場であり、サロンやシガーバーに足を運ぶことが多い。故にこうして誰かをエスコートするなんて本当に久し振りだ。物言う花園へと踏み入りその姿を見つければ、自然と柔い微笑みが宿る。そのくせ言いかけた言葉が迷子になって宵に吸われる。)……本当に綺麗なものを見ると、どんな言葉も乾燥無味になってしまうな。すごく素敵だよ、リア。(子供でも言える単純な口吻になってしまった。彼女の居住まいすべてが眩しくて、なのに最初に視線が向かったのは彼女の首許。金とはいえホワイトゴールドだ、品の在るネックレスの風情は彼女の真珠の肌によく映える。萌す歓びを一旦避けておいて、恭しく手を差し伸べた。)お手をどうぞ。ダンスはリアのほうが達者だろうし、置いていかれないようにしないとな。
イディオ 2020/02/08 (Sat) 21:36 No.9
(こころの隅に居座る小さな憂愁もろとも、状況を楽しむ姿勢で乗り切るのは得意だった。誤魔化しや言い聞かせなどという乱暴なものではなく、かのひとの傍に在るからこその包み込むような魔法。そして実際、舞踏会の響きに胸が躍ったのは少なからず事実でもある。花達にリクエストを問われた折、下弦の月となったましろの明かりを指差すまでに置いた間は幾らもなかったろう。ほかならぬ彼が自分のことを、月のような澄んだきらめきと形容してくれたから。勿体ないばかりの言の葉も贈りものも何もかも、受け取りを控える必要などないと笑ってくれたから。そうして誂えられた、月輪の彩を斯くもうるわしく再現したドレス。纏った自分の心も弾むのは確かである、けれど多分、それ以上に。心に浮かんだ唯一のひとに、見てほしかった本心は否めない。その証左のよう、静かに澄ます態はひとりの間しか保たれなかった。待ち望んだパートナーの姿を捉えれば、あおの眸は傍目にも分かり易い喜色を浮かべて輝いてしまう。後方で葉擦れのささやきを交わし合う花達が、微笑ましそうにふたりを見ていた事実には今のところ気付かずに。淡い月色の裾を軽く摘み、出会いの折よりやや深いプリエの挨拶を一度。背筋は伸ばしたまま、眼差しを彼から逸らすことなく。「お褒めに与り恐縮です。」と述べたと同じくちびるが、全くもって恐縮の窺えない綻び方をしたのは御愛敬である。)……あなたも、ほんとうに素敵よ。どちらの騎士さまか王子さまがいらしたのかと思ってしまったわ、ふふっ。(冗談めかして笑んだものの、実際つい見つめずにいられない現状がすべてを物語っている。品の良いタイや靴、そこかしこから上質さが伝わる瀟洒な装いは、贔屓目を除いても目の前のひとによく似合っていた。フォーマルな雰囲気にも慣れた様子は、後景の城ともごく自然に馴染み紳士然として。今宵の夜空に海色を落としたような、纏う彼の優しき眸のような、深い紺青がすらりとしたシルエットを一層引き立てる。細めた双眸で見上げる面輪そのものがなにより、誰より慕わしい。それからもっと、伝えたい所懐は沢山あろう筈なのに。結局音にできたのは談話の延長のような賛辞だけなのだから、単純さで言えばきっとお相子だ。指の長い掌に、自分の利き手をゆだねる仕草も――じかに伝う温度も、もうすっかりと心身に馴染んでしまっていた。恰も、この指が離れる日など終ぞ到来しないみたいに。)恐れ入ります、ミスター。うふふ、何ならお教えしましょうか?私がレクチャーできる機会なんて早々ないでしょうし。(女王陛下の唐突なお達しにも即日対応が叶う程だ、全く踊れぬという訳ではないのだろうと想像は及ぶけれど。なにぶん片や異邦の者、片やファンタスマゴリア内の地理から何から何まで知り尽くした職業人。自分にも渡せるものがあるのならと、はじめましての折から変わらぬ存意はいまも確りと息づいていた。)
リア 2020/02/08 (Sat) 23:37 No.13
(職業柄、品質のいいもの、洗練されたものに対する鑑識眼はあると自負している。その男の目線を以てして尚、彼女のドレス姿は美しかった。宵に月が咲いたらきっとこんな姿になる。女性らしい上品なプリンセスラインは、彼女のためだけに誂えられたかのよう。かといって華美になり過ぎないのは彼女の所作の賜物だろう。白鳥を思わせるなだらかな首筋の曲線に見惚れてしまいそうになり、小さく咳払いをすることで誤魔化した。これほど綺麗な女性を今まで見たことがあっただだろうか、そんな疑問符が浮かぶも、解答を得る前に思考が散逸していった。花園に吹き抜ける夜風が攫っていってしまったから。指先でタイの角度を整える。)それは光栄だ。こんなに麗しいひとと並び立つなら、このくらいはしておかないとな。(彼女の笑みは可愛らしい色を携えている。目が眩みそうだ。本当に敵わない。ここまで来たら降参するしかなく、腹を括ればいっそ胸裏は晴れやかだった。残り時間を鑑みるのは今宵だけはやめておこう。男のかんばせに憂いは刷かれず、ただ穏やかに青い双眸を細める。)いいね。俺も多少は齧っているが、きちんと学んだわけじゃない。(諾意は軽やかに紡がれる。彼女が持つものを分かち合ってくれるという事実に心が弾むのだから、自分も随分単純な生き物だ。)じゃあ行こう。リアがいた場所ではどうだったかわからないが、ファンタスマゴリアの舞踏会はいいものだよ。誰もが悩みも痛みとも遠く、心躍る夜になる。だからこそ、女王の突飛な命令と知っても不意にしないんだろう。誰一人としてね。(平穏で平和な世界の一端、そこに銀糸で月を縫い留めに行こう。一礼の後彼女の華奢な手を掬い、楚々と廊下を進む。大広間に近づくにつれ、様々な装いで身を飾った住人達と行き交う。その中には彼女と同じ『アリス』もいたことだろう。而して男の視線が注がれるのは、隣にいる彼女だけ。賑やかなざわめきが聞こえる。屈託なく笑みを刻んだ頃、トランプ兵が大広間の扉を開けた。シャンデリアの燦然とした光が注ぐ。照らされるのは清廉たる月の姫君。)踊ろう。すべてがリアを歓迎しているよ。(背筋を伸ばして堂々と、彼女を促してホールを歩く。楽団はちょうど一曲演奏を終えたところだったようで、Aの音に合わせて調弦している様子が視界の隅に入った。踊り終えた紳士淑女が引き上げると同時、次の一曲を待ち望んだ者たちが入れ違いに進み出る。さざめく声に知らしめるように、時計塔の鐘が鳴る。深淵を覗くが如くに、それでいて豊かに。心臓の音に重なれば胸裏は凪いでいった。胸を張ったままで軽く頭を下げる。滑り出す曲に合わせて彼女と寄り添おう。左手は彼女の右手と重ね、右手は彼女の肩に回す。その時鼻腔を掠めた薫りがあった。彼女が髪に飾った青い花だろうとは察しがついたが、どの花なのかはわからない。瞳の裏に熱が燈った気がした。)
イディオ 2020/02/09 (Sun) 21:41 No.22
相変わらず褒め上手ね。……ふふっ、もう。私の目に映るあなたはいつだって素敵なのに。(騎士のように凜と、王子のように端整に。そうした今だからこその風情もあれど、この評ばかりは惚れた何とやらが混ざるだろうか。“いつもは違う”ではなく“いつにも増して”の意味を籠めた賞賛だったと、素直な本音は存外すんなりと流れ出てくれる。咳払いの意図は知れずかすかに首を傾ぐけれど、疑問と相成る前に沫雪のごとく解け去ってしまう。彩の異なるふたつの青が、似通った穏やかさで重なり合っている。それがなにより大切で、幸せなことだった。)私もバレエほど専門的に学んだ訳じゃないけれど、誰かと踊る楽しさは知っているつもりだから。……ディオは如何?今までにも、パートナーを伴って出席したことがあるのかしら。(喜ばしい称え辞も、慣れた様子のエスコートも、彼の本心から為されるものとは信じて疑わない。しかしながら慣れは経験から培われるもので、それはつまり。単純に廻った思惟から、なにげなく投げ掛けた問いに邪推など含まれない。況してや妬心など微塵もない、はず。うつくしい城内をゆく面貌には、朗らかな笑みばかりが湛えられていた。)元居た場所では、そもそも舞踏会自体がそこまで頻繁に開かれるものじゃなかったの。でも、そうね。あなたが言うなら間違いないでしょうし、こんなに心楽しい気紛れなら大歓迎だわ!(花達の手でドレスアップが叶い、両脚もヒールの靴に収めている今。常のように爪先を跳ねさせるお転婆は働かずとも、ソプラノは正直にかろく弾んでしまった。色彩豊かな出席者達はみな至福を謳歌しているように見えて、場にただよう幸福感を殊更に色濃くする。彼の言う通りにあらゆる痛苦から遠ざけられ、純粋に今宵を堪能する雰囲気で。その中に顔見知りとなった“アリス”の姿を見掛ければ、親しみ深く笑いかける瞬間もあったやも知れない。隣のひとへ視線を戻せば、いつなりとも真っ直ぐに見つめ返してくれる。そんな、くすぐったくも嬉しい甘えを無自覚のうちに内包しながら。)はい、喜んで。素敵な夜にしましょうね。(予想でも期待でもなく、飽く迄ふたりで作り上げる姿勢は出逢った時から変わらない。心情が表れた言葉選びと共に広間を進み、カーテシーで紳士のリードに応えて寄り添った。流麗に歌い出す主旋律、優美に寄り添う対旋律、シャンデリアの光に似て華を添えるオブリガート。各々のパートナーを擬えたようなハーモニーに順い、ワルツのリズムを辿り始めよう。申し分なく包み込む彼のコンタクト・ホールドだけで、教示の必要などきっとないとは窺えるけれど。滑らかに裾を揺らすナチュラルターンで、申し訳程度の先導くらいは試みてみる心積もり。その都度想い出のブルーローズと、朝霧の海辺を思わせるネモフィラ――“愛し子の青い瞳”と名付く花が、主と同じにただひとりを見つめて甘く香った。)
リア 2020/02/10 (Mon) 00:08 No.26
(青い視線が交差するたび、彼女の瞳に己が居ると思えばくすぐったい。彼女が手向けてくれる率直な想いが自然と伝わってきて、だからこそ湖面に揺らめく陽光のように落ち着かない気分になってしまうのだ。その優しさを受け取りたくないわけではないのに、何故か真正面から掴むことが出来ずにいる。今胸裏で燻る戸惑いの行き先は、自分自身に向けたものであった。微かに眉を下げてしまうことに他意はない。負の感情は持ち合わせておらず顔にも出ていまい。顎に手を添え問いに思い巡らせ、記憶を手繰りながら声を紡ぐ。)どのくらい前だったかな……お客さんの娘さんで、一緒に参加するはずの男の子がどうしても都合がつかなくなったからって、代理を担ったことがあるくらいだよ。それ以降は殆ど商談に明け暮れてばかりかな。城の片隅に水煙草を嗜むシガーバーがあってね、そこにお得意様がいることが多くて。(青芋虫の紳士を思い浮かべ小さく笑う。青薔薇の貴婦人の円舞会や村の祭りなど、ダンスをする機会はそれなりにある。慣れてはいるが長じているわけでもない。彼女の意図するところを汲み取れず、暢気に首を傾げてしまった。彼女の声が華やげば安堵と喜びが重なり、微笑みは深まるばかり。よかった。気分を害したわけではなさそうだ。)どうにか足を踏まないように気を付けるよ。お手柔らかに。(主役は彼女に任せ、その支えになることが出来れば幸甚だ。ふたりで編み上げるステップは詩篇となり、シャンデリアのクリスタルに似た輝きに満ちている。月は押しつけがましくないが、確かに存在してくれている。それがどれだけ貴重で稀有なことか。何の変哲もない日々を送っていた男の前に舞い降りた月のひと。彼女のターンに誘われれば、憶えがあるワルツよりもずっと踵が軽く踊りやすい。成程彼女はきっと指導も適切で上手なのだろうと想像が及んだ。可憐な花だった。不作法にも視線を彼女のかんばせに向けてしまう。引力に促されるが如くに見つめてしまうばかりだ。甘い薫りに息を詰まらせる。知らぬうちに笑みは鳴りを潜ませ、真面目な表情になってしまったことに男は気付かない。)リア、(何故、名を呼んだのだろう。わからなかった。惹かれていると言ってしまえばひどく単純なくせ、それを唇に上らせるのを躊躇する自分に動揺した。革靴の先端に力を籠めた瞬間、誰かの汗を踏んだのか滑ってしまった。空気を蹴る。)っな、!(体勢が傾く。咄嗟に堪えようとする。手を繋いだままでは彼女が倒れてしまう。庇うように彼女の背に腕を回し、胸へ引き寄せる。片足を前に突き出し辛うじて踏みとどまる。遅れて気付く。顔が近い。半ば彼女を覆うような格好になっていた。吐息が重なりそうな距離。)…………ごめん。(三拍子の旋律は滞りなく響き、続いている。なのに心臓が煩くて、うるさくて、自分の声さえ聞こえない。)
イディオ 2020/02/10 (Mon) 21:07 No.33
まあ。こんなにロマンティックな催し事も、商人さんにはお仕事の機会になるのね。つくづく優秀でいらっしゃること。(ころころと笑みを転がすような物言いに、揶揄の気配はみじんも含まれない。勝手極まりない安堵はみずからの胸に秘め、ワルツを楽しむ方を選ぶこともまた勝手であったろう。彼が、すべてを赦してくれるから。照りつける日輪ほどの重々しさはなく、けれど常に傍で往く先を照らす存在。踊る間パートナーに視線を注ぐことは何ら不思議ではなく、こちらも宵の海色を見つめ返していた。いつも湛えられる陽光の笑みがふと絶えた時ばかりは、少々不思議そうに眸を円らにもしたけれど。他者が呼ぶときと音韻こそ同じでも、いっとう特別に響く己の名。その声で呼ばれたのならゆるやかに首を傾け、なあにと応えるつもりであったのだが。)、っ!(順調に廻っていたリヴァースターンが突如バランスを崩し、息を詰めたのは一瞬。揺るぎなく支えられた背はレースアップで留まっているものの、常より如実に体温が伝ってしまいそうで。彼の手で引き寄せられる感覚には覚えがあれど、記憶の映像から庇ってくれたあの日とは何もかもが異なっている。なまじ心の余裕がある分、すべてが顕著に感ぜられてしまう。距離の近さも、呼吸の温度も、急きに急いている互いの心音も。)……、……(光と音のきらめくダンスホールは、起こりかけたちいさなアクシデントなど露知らず。至って平和に、やさしげなメヌエットが譜をなぞるばかりであった。止まったかのように錯覚した周囲の空気が、後奏めいてゆったりと流れ出す。その間、きっと僅か数小節のこと。けれど今し方の一瞬一瞬がスローモーションのように感ぜられて、咄嗟に言葉が出てこない。逸らせずにいる眸の端と頬に、いつか見た花蝶の如く淡い色がおちる。開いたくちびるは何も音を生み出せずに酸素を捉え、ただ数度首を左右に振ったきり。)……大丈夫、(ようやっと送り出した声音はピアニシモにも満たず、程近い距離でどうにか届く程度。いつの間にか離れていた両の手がそうっと持ち上がり、ふたたび彼へ添おうとする。元のポジションではなく、広い背へ。シルバーもクリスタルも絹の手袋も、飾りと呼べるものはなにひとつ身に着けない十指でじかに触れた。均衡を危うくした脚を立て直し、紺碧の礼服に身を寄せる。)誰も、見ていないから。(広間に集う面々のすべてが、各々の相手にのみ視線を注ぎ込む今。恐らく背景の一部と化していようペアの身熟しなぞ、大方身を寄せ合うスローダンスと見紛って貰えそうなもの。それでなくとも社交場において、親愛の抱擁は何ら珍しくない。だから――だから、なんて。幾ら内心で言い訳を連ねたところで、一方的な行為は長続きしない。もし彼の困惑やそれに類するものを感じ取ったのなら、するりと解く準備も整っていた。親眷の振りをして微笑むことだって、きっと造作なく為せるはずと。いつものように笑えると、信じて。)
リア 2020/02/11 (Tue) 00:21 No.36
(世界から音が消え失せた。そんな気がした。優雅に奏でられる旋律は軽やかで美しいものの、上滑りするように耳に入らない。周囲で軽やかに踊り続ける紳士淑女に注意を払う余裕は一切なくなっていた。身体の芯から熱が迸っていく。己の瞳が潤む気配がした。せめて情けない表情になっていなければいい。彼女に格好悪いところを見せたくないという細やかなエゴが滲んでいる。彼女の囁きを耳朶が拾い、身動きが取れぬままに言う。)大丈夫なら、良かった……けど、(反芻した声は些か硬く、そのくせ掠れている。距離を取ることも縮めることも出来ず、ただ彼女の姿に己の影が落ちている様を眺めることしか出来ずにいる。──違う。視線を彼女に注いだまま、逸らそうとは思えなかったのだ。大広間でふたりぶんの息遣いが霞む。己が背に彼女の指先が至れば、そこだけやたらと感覚が鋭敏になったように幽かに震えた。誰も見ていないという彼女の言に浅く頷いた。ただでさえ多くの人間が互いだけを見つめて踊っているのだ。その一角で一組のペアがどんな風情でいるのかなんて、気に留められてはいないだろう。ただ。逆説的に言うのであれば。)……なら、今リアを見ているのは俺だけだ。(ムーンライト・ブルーの幻を手繰るように優しく、飴細工を抱えるように細心の注意を払って引き寄せる。柔い抱擁。睦言の発露にしては些か拙過ぎる。彼女の温度を確かめるように、腕の力を強めた。折れぬようにと若干の躊躇が挟まったのは、男の理知的な側面が勝ちすぎていたために過ぎない。なのに、零した希求はあまりにもいとけない。幼子が夜空にとっておきの宝物を見つけた時のような、そんな。)リアも俺だけを見てくれるかい?(滑り落ちた言葉は常の流暢さよりは神妙で、取り繕った社交辞令とは程遠いことは丸わかりだろう。彼女の頬に花の淡色が差している。それを摘むわけではなく、ましてや千切り取るわけでもなく、花弁を撫でるように顔を寄せる。軽く脣で触れたのはネモフィラか、亜麻色の髪の結い目か、彼女の耳のふちか。心から溢れたぬくもりの一滴を残し、ゆっくりと身体を離す。瞬きひとつの間に正しいワルツの姿勢に立ち戻ろうとした。但し先程までとは異なり、単なるダンスのパートナーに対する距離にしては、ひどく甘い何かが佇んでいる。少なくとも男にとってはそうだった。再びステップを刻む頃合い、彼女にだけ届く音量で提案する。)この曲を踊り終えたら、少し休憩しようか。バルコニーならすぐそこだし、噴水がある中庭もある。涼しい風にあたろう。……正直に言ってしまうとね、俺の心臓が沸騰しそうなんだ。情けない限りだよ。(随分たどたどしい誘い文句だ。だからこそ、本当にそう感じているのだと明け透けになっている自覚はあった。もうすぐ一曲が終わるだろう。越えた向こう側は、彼女と一緒でなければ紡がれない。)
イディオ 2020/02/11 (Tue) 17:14 No.43
(海風が如く通る声、常に悠然とした眼差しが印象的なひと。はじめの心象は今日まで大きく変容もしなかったが、仮にそこから外れた処で己の心情に何ら揺らぎは生まれないのだと知る。寧ろ、人間らしい表情にひとつ深まる心をも自覚する位。それでもきっと、ひとりきりなら保たなかった。身を寄せ続けていられたのは、耳に心地良い低音が鼓膜を擽ったから。確固たる響きで呼び返そうとするソプラノも、語尾がひとりでに震えてしまいそう。情けなさを言うのなら、きっと自分の方が余程。)ディオ……(踏み込んだ両手指が怯みそうになる前に、優しい手から後押しのよう引き寄せられる。うつくしい円舞曲も十人十色の笑顔達も遠のき、ともすれば宙へふわふわと霧散しそうな意識ごと繋ぎ止めるように。純粋そのものの問い掛けは、甚く真摯に胸へおちた。恋人へ贈る窓辺の小夜曲よりずっと、甘く近しく心を虜にして。ひそやかな一呼吸で息を整え、落ち着いた声音を届けようと試みる。)……勿論よ。あなたしか見えない、見ていないもの。(肩口にそっと額を凭せ掛け、睫を伏せてみずから視界を覆ってしまう。特別意識せずとも、まなうらに描くのは今も、いつも。此処最近からずっと、ひとりだけに定められているのだから。背に回った手の片方をゆっくりと滑らせ、解けた黒髪をささやかに梳く。指の先で大切に睦ぶように、愛おしむように。ここにいると教えてくれたひとに、非力な手ながら同じものを贈り返したかった。夢幻のように消えやしないと、言葉より雄弁に伝えんとするように。軈てチークダンスと呼ぶには随分と辿々しく、それだけに労りの風合いを持って触れた温度。髪の花弁をそよがせる吐息に、晒された肩がちいさく震えた。らしくもない含羞か、場違いの満悦か。己が心を量るよりも、互いの在るべきポジションに戻る方が心持ち早かった。再び踏み始めるステップが崩れなかったのは、無意識に抱いていたバレエ講師としての矜恃がそうさせたのやも知れず。パートナーを見上げる表情も、ささやき返す声とて常通りを保てているだろう。如何に精神を揺らがせようと、水面上ばかりは優雅な白鳥を気取りたがるように。)ええ。奇遇ね、私もそうしたいと思っていたわ。……ふふ、申し訳ないけれど何を言っているのか。情けないひとなんて、私の視界にはいらっしゃらないわよ?(終曲間際、せめてものリードを試みるように脚捌きを速める。そのまま裾をふわりと翻してナチュラル・フレッカールの遊びを入れたのは、女なりの照れ隠しか。そうして優美なワルツがフィーネを迎えたのち、一瞬の静けさを挟んで賑わいが戻るダンスホール。踊り足りない人々の輪をさりげなく抜けるよう、見上げる微笑みは「少し歩きましょうか」と誘いかけた。中庭までの道程はきっとそぞろ歩きにも満たないけれど、火照った心身を落ち着かせるに一役くらい買ってくれたのなら良いと。)
リア 2020/02/11 (Tue) 19:45 No.46
(男自身恋愛沙汰に疎いわけではないが、如何せん仕事が恋人という生活が続いていた。だからだろうか、否、彼女だからだろうか。波打つ感情を宥められないのは。自分でも掴みあぐねてしまい、知らず睫毛が震える。歯の奥が鳴る。彼女は偶像でも幻想でもなく、確かな温度を持つひとりの女性だ。高いところから水が流れ落ちるが如く、思慕が向かうただひとり。なのに何故、真直ぐに一歩を踏み出せないのか。違和孕む息苦しさで腹の底が絞られるような感覚に陥る。彼女が己を厭うことはないと理解は及ぶが、やはり己への情けなさが募るばかり。彼女が届けてくれた言の葉があまりに優しいから、尚の事。)……リア。(今一度美しき月の名を呼ぶ。肩口に沁みる重さが永遠に此処にあればいいなんて、愚かなことを考える。せめてと祈りを携えて、慈しむように、彼女の背に添う腕の力を増した。籠の鳥のように閉じ込める心算はない。しなやかに舞う彼女が見たいだけだった。その筈だった。なのに何故。どうして。疑問符が閃き弾けて霧散する。己の情動に名前が付けられない状態で、彼女の繊手が男の髪に触れるままにされる。ひとりじゃないと告げたのは自分なのに、ひとりにしないでくれているのは彼女のほうだと、この期に及んで初めて気がついた。目の前が滲む。決壊せぬようどうにか堰き止め、堪えた。)リアは褒め上手だ。ああ、おべんちゃらを言っているわけじゃないさ。……俺を喜ばせるのが上手過ぎるよ。(永遠のようなひとひらを越えた先、きちんとリード出来ていたかは自信がない。それでも他者に気取られるような綻びは露出せず、恙無くワルツを踊り終える。周囲の絢爛に促され、改めて感謝を籠めて一礼する。彼女の優雅な裾捌きを見つめていた。続いた彼女の口吻に浮ついてしまうなんて、本当にどうかしている。躊躇いを飲み下し、男も徐々に常のペースを取り戻すべく瞬きを挟んだ。飄々と口の端を上げる。それでもいつもの商売人としてではなく、ただのイディオの顔が其処には在った。)行こうか。時計塔の鐘に見咎められないうちに。(次の曲を待ち高揚を抱く人々の渦から抜け出して、彼女の誘いに頷いた。過日の青薔薇の庭で歩いた時よりも幾らか距離は近く、離れがたいと態度が示している。中庭への硝子扉を開けば欠けた月が見えた。星の煌きが天鵞絨の夜天に鏤められている。夜風は涼しい。己の頬が火照っているからかもしれない。耳の奥でクラリネットの音色が反響しているかのように思えるのは、中庭が静かだからだ。細やかな水飛沫の音は噴水だろうか。何となしに足を止める切欠を見失い、緩慢な歩みを進めるしかない。不意に呟いた。)リアは……、…。(言いかけた言葉が舌の上で凍った。どうにか言い換えようとするのに、急きたてられるように想いが雪崩れる。)もうすぐ帰るんだよな。……悪い、変な言い方をしてしまった。
イディオ 2020/02/12 (Wed) 00:10 No.50
(紳士の礼節に、自分もパートナーとしての礼を尽くして辞儀を返す。銀糸に彩られた胸元へ両手を重ね、脚を交差させてゆっくりと低める慣れた所作。恐らく互いに、取り繕うことは別段苦手ではなかった。やわらかな抱擁は痛みを伴うこともなく、髪に飾った花を散らしもせず。ややもすれば泡沫の白昼夢と錯覚しかねない余韻のなかに、記憶だけが我が物顔で居座っていた。髪に触れた指先の感覚、この身を包容した温もり、いつになく波立った海色の移ろい。何一つをも取りこぼさず、己の中に留め続けてゆくのだと。)おかしなことを言うのね、褒め上手はあなたでしょうに。……私だって、本当のことしか言っていないのに。(談話の花をひとひら落とし、快諾を得られれば共にその場を辞してゆこう。玻璃の向こう側に広がる内庭は、喧騒から逃れた男女をすんなりと受け容れてくれた。物言わぬ花と下弦の月、涼やかな水の音に優しい小夜風。場を象るすべてが、安息を得るも語らうも自由にと示してくれているかのよう。控えめに鼻腔を擽る芳香は、夜に花ひらき香るムーンライト・フレグランスだろうか。明るく主題を歌い継ぐ管楽器はウインナ・ワルツの趣向に似て、中庭までその旋律を微かに零れさせてくる。或いは記憶に反響した余韻の音色なのか、とらえる感覚はことごとく輪郭を曖昧にしていた。静寂につつまれた空間に在っては、互いの存在ばかりが如実に感じられるために。)はい、(ふと耳を打った呼名に立ち止まり、紺碧の眸を見つめて待つ姿勢。いつも彼と対峙する時と同じに、しゃんと背筋を伸ばして。その声音が謝辞に帰着したのなら、気にしないでと告げる代わりに微笑んで首を振ろう。“あなたの世界の一部になりたい”――幼い頃に観たアニメーション映画に、そう一途な想いを焦がして歌う人魚姫が居たっけ。不意に過る昔日の欠片は、一度の瞬きで溶かしてしまった。送る答えは決まり切っている。)ええ。方法が見つかれば、って前提はあるけれど……私は、私の世界に帰らなくちゃ。理不尽も不条理も溢れかえっていて、この優しい世界よりきっとずっと生き難くて……けれど待っている人達がいる、私の居場所に。(現実世界とアンダーグラウンド・ワンダーランド。ふたつに分かたれた、ふたりの居場所。この世界の一部にはなれない。初めから決まっていた摂理は、覚え込んだソネットを暗誦するような淀みなさで紡がれる。)さみしい?(意識的に軽くした問い掛けもまた、まるで冗談の延長のようだった。茶目っ気をふくむソプラノで、月の裏側を覆いたがるような。自分を律して笑うこと、平気な振りを貫くことには慣れていたから。ごまかしの嘘はつきたくない、けれど見苦しい姿も見せたくない。そんな手前勝手な矜持は今も、どうしたって本音ばかりを滔々と紡がせる。)私はね、さみしいわ。とても。……こころの行き場に困ってしまうくらい。
リア 2020/02/12 (Wed) 12:15 No.53
(青薔薇の庭を案内した時にも「リアは俺を喜ばせるのが上手だな」と言ったことを思い出す。あの時以来彼女への好印象は塵ほども失われることがなく、豊かに枝葉を伸ばしている。何処で芽吹いたかは覚えていない。蕾が膨らんで、花開いてしまう前に、吐息を意味が伴う音にした。)俺だってリアが俺をおだてるつもりがないことはわかるよ。ただまぁ……だからこそ調子に乗ってしまいそうになるんだ。(余計なことを口走ったか。遅れて思い至り、唇を引き結ぶ。落ちた空白を埋めるべく歩を進める。夜風の薄衣を潜り抜けて、緑の匂いがする方へ。談笑の声が徐々に遠く去っていく。随分と不器用な自分に、ちいさく苦笑が漏れた。とっくに少年期を過ぎ、働き盛りの年齢になって久しい。もっともファンタスマゴリアに在って、月日の巡りを意識することがない。なのに男が培ったはずの日々を反芻しようとしたのは、彼女が年を重ねることを、それを共有することに意味があると教えてくれたからだ。)──……、「ときどき少しさみしいこともあるけれど、大切に一日一日を生きていくの。」だっけ。(不変の世界で生きていた。朝が来れば仕入れに赴き、広場や市場で商売をする。夕暮れには品物の点検や在庫管理をこなし、夜を迎える。単純で明瞭な生活に何の不満も不平も抱いてはいなかった。だが今は、水彩紙にセレスティアル・ブルーが鮮やかに彩を広げているような感覚だった。一度染まれば戻れない。その澄んだ色を知ってしまっているから。うたかたを辿るように、告げる。)リアと逢ってから、日にちを意識するようになったよ。朝起きて、仕入れついでに『帰る方法』を知らないかって森梟に聞いたり、棲家に帰る時にはナイトメアのところに寄って、何かしらの言い伝えがないか城の図書室で調べ物をしたり。御存知の通り今のところ収穫はないけれどな。(いち、に、さん。彼女と過ごす時間が減っていくたびに、それがどれだけ貴重であるのかを思い知る。タイに人差し指を伸ばし、寛がせながら薄く笑んだ。)リアを待ってるひとはいる。前に言ってた教え子もそうだろうし、家族や友達、(今は彼女の薬指にはない銀輪を思う。)あるいは会えなくなったひとだって、リアの帰りを待ち望んでいる。……わかってるんだけど、な……。(それこそ鏡の森に映るような悲しさや苦しさは、離別以外にもあっただろう。しかし彼女は目を逸らそうとしていない。今だって背筋を伸ばし、健気に懸命に生きている。その清しさこそが彼女を織りなす大切な要素だと把握しているがために、そして、それをいとおしいと思うがために。)さみしいよ。(声はちっとも軽くならなかった。)俺のこころはとっくに迷子だ。……リアっていう光がなければ、歩き方だってわからない。……、…。(手を伸ばした。陶器のような彼女の頬に触れようとする。紺青の眼は、嘘偽りない本音を戴く。)……大切なんだよ。笑うかい?
イディオ 2020/02/12 (Wed) 21:09 No.57
(青薔薇の庭園でたった一度、おだやかな談話に交えて告げた言葉。一言一句たがわず確りと書き留めてくれた彼に、こころを柔く擽られた気がしてほのかに笑む。水泡のかたちを余さず目に焼き付けたがるよう、紡がれる言々句々にその都度相槌を打った。ちゃんと聴いていますと、ささやかな意思表示を試みて。)そう。出逢ってからずっと……大切に、一日一日を重ねてくれたのね。それなら、私と同じだわ。なにも違わない。(隔てた世界を、異なる生の歩みを、ひとときばかり忘却に帰したような物言いだった。伸ばされた指が頬に触れるのが早いか、その手をとらえて自ら頬に寄せるが早いか。両手指を丁寧に重ねる仕草はまるで、かなしい記憶から掬い上げて貰った過日を辿るよう。あの夕間暮れと違うのは睫を伏せることなく、雫が頬を伝うこともなく、ただ真っ直ぐに彼を見上げている点か。)笑う訳ないじゃない。そんなに見くびってもらったら怒るわよ?(まるで非難するような言葉選びとは裏腹、やわらかなソプラノには慈しみばかりが込められる。指先は迷い子を労るに似た柔らかさで、ゆっくりと甲を撫ぜていた。)なんのために、指輪を外してきたと思っているの。なにを思って、……(城前へ赴いた際、既に左手薬指は空になっていた。花達から装いを変えられる直前、己が首許を指して「これはそのままでお願いね」と言い添えたのだって単なる気紛れではない。そんな経緯をひとつひとつ語り聞かせるより、今はきっと。)在るべき場所に戻っても、ディオのことを忘れない。忘れてなんてあげない。それは本当よ。……私には他に何も、約束してあげられることがないんだもの。(なだらかに流れていた声音が、我が身の無力さを口にしてはじめて震える。どれほど身を締める痛みであろうと、己にのみ降り掛かるものならきっと耐えられた。けれど彼の心の舳先を、予感ではなく音として知ってしまった今。かたちとして残せるものがない、傍で支え続ける未来がないことが、ひたすらに哀しくて。斜め下へ逃れた眼差しの奥、盛夏のように迸る熱をきゅっと瞬きで押し潰す。)ただ此処での日々を、……あなたに恋をしている今を、消してしまわないこと。ずっと憶えていること。それが、私に叶う全てなの。――赦してほしい、なんて言わないわ。(謝罪を口にしようとする一歩手前、時には二、三歩前の段階で察して掬い上げてしまう彼のこと。謝ればきっと赦されてしまうからと、今回はこちらが先手を打ってしまう。不甲斐ないのは事実であるから。隣を歩き続けられない、往く路のしるべにすらなれないなど、かりそめの恋人としても出来損ないだ。彼は不誠実なアルブレヒトではなく、まことの心を教えてくれた唯一無二であるのに。わだかまる罪悪感は消せずとも、せめて面輪のかげりを振り払って。視線を上げて、もう一度笑った。)ありがとう、大切な想いを注いでくれて。あなたの心を、あなたの声で教えてくれて。……私は本当に幸せ者だわ。
リア 2020/02/13 (Thu) 00:37 No.60
(字句の割に彼女の声があんまり優しいものだから、眩しげに目を細めるのを止められない。彼女が真直ぐに眼差しと心を向けてくれていることをわかっていた。時々視線が彷徨って、彼女の蒼穹の瞳に結ばれ、ゆるりと逃げる。彼女を軽んじる意図はない。蔑ろにする心算など毛頭ない。ならば何が男を堰き止めているかと言えば、自分自身でも把握出来ていないのが実情だった。何故だろう。足元から駆け上がる冷たい何かが脊柱を縛り、身動きが取れない。せめて顔を背けずにいたいから、脣の端を噛んで彼女を見つめようとする。)  ……。(なにを思っているんだい、そう言いかけた声が肺に沈んだ。夜の暗さで、自分の頬が熱を帯びていることに気付かれないといいと思う。子供じみた期待がすくすくと育ってしまう。)ああ。……うん。(彼女が真摯に手向けてくれる言葉に、言葉と態度で気持ちを伝えてくれる誠実さに、どれほど救われているのか、今更気付くなんて後手に回り過ぎだ。約束を楔にして、彼女を繋ぎ止めることは本意ではなかった。月は地上に在るのではなく、空で輝く様が良く似合う。なのに、なのに、なのに。)…………リア。(奇蹟の輝石の名前を呼んだ。同時に納得が降ってきた。宿る熱の正体を知る。そうか。胸裏にゆっくりと満ちてきらめく光は、恋というのか。彼女が先回りした配慮を拾ってしまうのは愚策やもしれない。)赦す赦さないじゃないんだ。そんなこと、言わせたいわけじゃないんだ。……リアが俺ときちんと向き合ってくれているって、ちゃんとわかってる。(努めて穏やかな笑みを浮かべて告げる。夜空に浮かぶそれとは違い霞むことなく、豊かな皓月が咲いた。今まで扱ったどんな宝石や美術品よりも、美しい存在が目の前に居る。翳りも憂いも彼女から遠ざけたい。息衝く慕情は自覚を伴えば、すべらかな頬に添う指先にも、風に煽られる髪の一本にも、染みついていることがわかってしまう。遠く、噴水の音が聞こえた。)俺はリアを信じている。忘れない。世界中の誰より、リアの幸せを願っている。(言葉にすれば明確な理解が男に根付いた。裏腹に、自然の摂理のような認識が在ることを知る──俺は、俺自身を信じられない。男自身にも把握しきれない唐突な空虚であり不穏であった。その分、彼女に捧げる想いだけがひたむきだった。眉を下げてしまった。)ただ、……やっぱりさみしいな。今夜だけ、そう言ってしまう俺の弱さを許してくれないか。明日からはリアが帰れるように、今まで以上に力を尽くすから。(半歩だけ近寄る。逢瀬というには随分儚い。甘い花の香りがする。)ありがとうを、ありがとう。……、リア……、…。(幾許かの間を置いた。あるがままの事実を囁く。)好きなんだ。(距離を詰める。切実な希求に促され、彼女の瞼に口付けようとする。せめてまなうらに己の名残がありますように。愚かな祈りを、差し出すことは許されるだろうか。)
イディオ 2020/02/13 (Thu) 21:13 No.69
(重なっては緩く逃れる視線に、ふと覚えるは淡いデジャヴ。あおい夢のほとりで、己を貶むなと少々偉ぶって告げた日のこと。宵の海色に宿るものは恐れなのか、懸念と名付くのか、或いは某かの愁いと呼ぶのか。彼に不穏の影をもたらす夜陰の内実を、今も何一つ推し量ることはできなかった。彼の中心にある空白に起因するものなのかと、つたない想像が覚束なく及ぶ位で。ブルーアイズの奥底でそっと案じながら、頬を寄せていた想い人の掌をそっと下ろす。そして強く、――女の非力さではたかが知れていようとも、包むように固く握りしめた。あなたも、わたしも、此処に居る。今は、なんて注記は隅に追いやって。)ええ、……私も解っているつもりよ。ただ少し悔しかっただけなの。どうしたって私は違う世界の人間で、もっと向き合っていたいのに叶わなくて。……いっそあなたを攫ってしまえたら、なんてね。(しばしば辛い事実と直面する“現実世界”の人間はその分、夢語りを好むように出来ていた。共に生きられたら、世界を同じくするふたりだったら。この恋に泡沫のさいわいではなく、末永い路を用意されていたのなら。心に生まれた率直な願いを、空しいなんて思いやしない。下弦の月はいっそ憎らしいほどにうつくしく、ワンダーランドに在って尚も現実を知らしめてくるけれど。)私はディオを信じているわ。ずっと憶えていてくれること、私をあなたの心に置いてくれること。お互いの場所で、そんな風に繋がっていられること。……ふふ。ねえ、それはとっても“幸せ”なことよね。(彼のこころに落ちる翳りは矢張り、正しく読み取ることが能わない。時間を掛けて探ることも叶わない。ゆえに安易な「大丈夫」さえも紡げない我が身は、どうしたって不甲斐なく思えたけれど。せめて希ってくれた未来ばかりはまことで在れと、祈りにも似た響きで同意を求める。月光に透けるラベンダーブルーの輝石が、かなしいくらいに優しく煌めいた。)どうして?弱くたっていいじゃない。さみしがっても、歩く路に迷っても、ディオの方こそ赦しを乞うことなんてなにもないわ。こころが弱るのも、さみしいのも、迷子になるのも……全部、私を想ってくれているから。でしょう?(別段の躊躇もなく言い切ってしまうさまは、見ように拠って自信過剰とも捉えられようか。さりとて自惚れでは決してないと、誰よりもひたむきに注がれる想いの主が教えてくれた。だからこそとびきりの光栄を恣にした顔で、果報者は笑みを深めるのだ。)私も……。私は、ありのままのあなたが好きよ。(飾らぬ気持ちを音にして、縮まる距離を受け容れる。いとしい面輪が近付くにしたがって、静かに目蓋を下ろした。ぬくもりの触れた箇所から、慕情が染み渡るように広がりゆく。これも遠くしのぶ憧憬として、また己の中で折り合いをつけることとなるのか。いずれ、そんな風に昇華できるのか――今は到底自信がなく、意識の外で睫がちいさく震えていた。)
リア 2020/02/14 (Fri) 02:44 No.73
(強く手を握りしめてくれる感触が、男を現に繋ぎ止めるよう。男を蝕む不安定な揺らぎが、仄かに鎮まる。君も、俺も、此処に居る。仮令近しい未来に分かたれてしまうとしても。返す力はいっそ縋るような重さを持っている。ふと以前湖畔に研究室を持つ学者が語っていたことを思い出す。月は黎明を迎えるころ薄らいでいくが、存在そのものが消えるわけではないという話。地上から見えなくなっても、姿を望むことが出来ないだけであり、また夜を迎えれば昊と出逢える。そんな言説を思い描けば眦が微かに濡れた。彼女が意識的に軽く告げてくれると知っていて、男もくすりと笑みを灯す。)攫ってもらいたいよ。いいや、俺が君を攫えればいいのかもしれない。……なんてな、でも、俺はリアの翼を折ってしまうような真似はしたくないんだ。それだけは絶対したくない。(思いのほか強い語調になり、吸い込み損ねた空気が喉で潰れる。少しずつ零れるおんなじ気持ちを縫い留めていられればよかった。そのくせ彼女が差し出してくれる口跡に、何度だって心臓が震えていた。あまりにもしっくりと腑に落ちていく。最初から彼女という存在が胸裏に住んでいたみたいに。)……そうだな。幸せだよ。離別の哀しみがやって来たとしても、リアに逢わなければよかったなんて思わない。(言いきることに躊躇はない。ひどく幼くも率直な情動だった。腹で意識的に苦慮を飼い慣らして、顔を上げる。ようやく男にもやさしい穏やかさが戻って来る。彼女の花笑みに迷いなく頷いた。)わかりきったことを言わないでくれよ。とはいえ言わせたのは俺かな。……そうだよ。こうして涙に溺れそうになるのだって、それなのに幸せだって思うのだってリアへの想い故だ。(彼女が帰って、自分のことを思い出してくれる時、悲しみに沈む顔を想起せせてしまうのは避けたい。彼女は心を痛めてくれるから。そういうひとだから。怖がる必要はないと背を押してもらった心地で、男はかみしめるように微笑んだ。)リアがいてくれて、本当によかった。(実感と共に囁かれた声に迷いはなかった。かなしい気配を吐息と共に押し遣って、中庭を見渡す。ざわめきはやはり遠い。)……もう暫く、此処にいようか。今はまだリアを独占していたい。(つめたい風が亜麻色の髪を、チュールレースを撫でていく。距離を保ったままの男の指先が、何も飾られていない彼女の耳朶を辿り、飾られた勿忘草に触れた。花弁の輪郭を辿る。忘れないで。そんな傲慢を受け止めてもらえると知っていて、なのにざわつく自分の心裡がどうしても不可解だった。浅くかぶりを振る。時計塔の鐘が響くまではせめて、自分だけのお姫様でいて欲しかった。童話にしては残酷で、悲劇にしては甘やかで、いとおしい物語の一片。一度手を下ろしてから、改めて差し伸べる。)手を繋ごう。ひとりとひとりがふたりで互いを確かめられるように。(夜半の逍遥を、もう少しだけ。夜に在って陽光が綻ぶように、紺青の眼差しが真直ぐに彼女を見つめていた。)
イディオ 2020/02/14 (Fri) 20:30 No.78
ふふ。こんな風に思っていること、住民の皆さまに知られたら怒られてしまいそうね。素敵な商人さんを勝手に奪わないでって。(彼の優秀さを評価し、重宝以上の感謝をうたう国民の姿にひととき思いを馳せて。手を包む力がいっそ痛いほどに心を締めるけれど、指先がふるえる理由はただ溢れそうな幸いゆえ。もう一つはしとりと滲みそうに見えたまなじりに、伸ばしかけた衝動を抑えるため。自分が自分であることを尊重してくれるその声が、真っ直ぐ胸に届くから。そのまばゆさを、素直な心で恋慕を捧げた相手の本心を、無碍になどしたくなかった。)それを聞けて安心したわ。ううん、元々なにひとつ不安になんて思っていなかったけれど……出会いを厭われたら、私の立場がなくなってしまうもの。(一瞬だけ伏してから戻る睫の扇。嘗て想いを通わせ合った人――今はもう過日と同じに恋い焦がれることはなくとも、穏やかな想い出に住まう人の心に問い掛けていた。もしかして、貴方もこんな気持ちでいたのかしら、と。無論自分は残してゆく側でこそあれ、遺してゆく訳ではない。然れど二度とまみえられぬであろう世界に、記憶だけを置いてゆくやるせなさを初めて知ったものだから。一夜のダンスホールでは今頃、愉楽の宴もたけなわを迎えている頃だろうか。時計の針は確実に刻を刻むけれど、今は。まだ、今だけは。さみしさを正直に発露したと同じくちびるで、幸福感をも謳ってくれる愛しいひとを見つめていたい。まっすぐな声音に、ただ耳を傾けていたい。)……私は、本当に幸せ者だわ。(先刻と同じ音の連なりが、一層の実感をともなって紡がれる。涙を見せても良いのにと、そう言える今日であれば良かった。みずからの手で、涙の理由ごと取り去れる明日があれば尚良かった。いずれも叶わない代わりに一度、たしかな肯定を示して頷く。今日までの感懐と、今宵の過ごし方の両方に。)勿論よ。私だって、あなたを独り占めしていたいもの。……ふふっ、素敵な贅沢!(弾む声、煌めくブルー、装いだって唯一ひとりのためのもの。まるで今宵の私はあなたのものよと、みずからを形作る全てで物語っているかのようだった。きっとなにかを抱えている、けれど今は自分のために心のすべてを使ってくれる、不器用でひたむきな王子様。長い指の先が触れる先は、視認せずとも感ぜられて淡く笑む。やがてその手が離れた頃合い、下方に挿していた髪の花を一輪だけ抜き取った。咲き初めのやわらかな水色を、彼のポケットチーフにそっと差し込む。まるで新郎のブートニアを真似て、揃いの彩りを添えるような淡いたわむれ。そんな自己満足でも十二分に満ち足りた笑みをたたえたなら、愛しいひとの掌に喜び勇んで手を重ねよう。エスコートを願い出るためではなく、隣り合って歩むために。)私は此処にいるわ。まだ一緒にいられるの。沢山たくさん、確かめさせてあげる。(If you can dream, the blue star is blooming all the time in your heart――いつまでも、どこまでも。互いを信じ続けられる奇跡、幸福な愛の軌跡を此処に。)
リア 2020/02/16 (Sun) 02:55 No.88
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