Mome Wonderland


back


(星になりたかった。)
(5日も過ごせば要領も掴めてくるもので、日課とまではいかないまでも、むすめの暮らしぶりにも規則性が生まれつつある。身支度をして扉を開けたなら賑やかな音楽が耳朶をくすぐり、頬を撫でる風は今朝もやわらかい。陽光を浴びながら軽い柔軟でからだをほぐし、朝食は丸眼鏡の少女とともに過ごすのもいいし、気ままに街を歩いて決めるのも楽しかった。そのあとは陽気な道化師に連れられて散歩へ行くなり、こちらからお茶会に出向くなり。この日は意気投合したビオラ弾きのアルパカの少年の演奏でひとしきり踊ってから、彼が教えてくれた“虹玻璃のすずらん”を探そうと、聞いたとおりの道を来たはずだったのだけれど――)………道、間違えちゃったかな。(行けども行けども、目印である“あまやどりのきのこ”が見えてこない。地図を見るのは得意なのにな。いぶかしげに首をかしいだ、そのときだ。「どうして湖雪なの」。むすめのすぐ背後で、冷ややかな声がささめいたのは。)―――……、………えっ………?(ここは、稽古場? 見覚えのある風景に一瞬錯覚しそうになるけれど――違う。これは、木の幹だ。四方を鏡で囲ったあの部屋のように、あたりの木々すべてに像が結ばれているのだ。木々が太陽をさえぎるように茂るから、足元は暗く、数多の鏡だけが煌々とあかるい。家電量販店の壁一面に並べられているテレビ、あるいは、好き勝手鳴り響くたくさんの電話機みたいに、映す角度を、声の主を変えながら、たくさんの目が代わる代わる、平凡なわたしを断罪していた。)なん、…で……これ、……あの日……?(あの日。なんの前触れもなく唐突に、主演代理と名指しされた日。ばかみたいに舞いあがっていたわたしは、パウダールームから聞こえてきた声で我に返ったんだ。なんであの子なの。地味すぎ。格が落ちる。万年端役。古株のくせに。どうせ枕でしょ。卑怯者。ちがう。ちがう。わたし、そんなことしてない!)―――ッ、 ゃ め、(聞きたくないとかぶりを振って、逃げた先にもまた鏡、鏡、鏡。照明を落としたスタジオに立ち尽くしているわたし。あの日から、それまで以上に練習に打ち込んだ。でもどんなに踊っても不安で不安で仕方なくて、踊ることが怖くて、嫌いになってしまいそうで、それがなにより、おそろしくて。)―――っあ、!(足がつんのめって、その拍子にパンプスが脱げる。あわく滲んだりんどうに、痛々しく変色した爪先が映る。)………、(練習したの。好きだから。踊っていると、しあわせだから。それのなにが、いけなかったの?膝からくずれ落ちたむすめの頭上から、ふたたび声が降ってくる。主演なんて務まるはずないでしょう。なぜ辞めないの。才能ないのに。無意味なのに。ああこれは、この声は、 )
コユキ 2020/02/01 (Sat) 15:42 No.7
(太陽が昇ればおはようを、月が沈んだらおやすみを。決まった事などそれ位しか持たない男は、丸眼鏡の乙女から彼女の朝の習慣を聞けば興味深く思ったものだった。どうにか早起きして柔軟に励む彼女を見物しに行ったのは四日日の朝。根が真面目なのだろうとは街を案内した日に察していたが、決まった手順で身体を動かす姿はそれ自体が一つの舞踏のようだった。道化師として自身が呼ばれる事も有れば、女王の御前で披露される他の芸術を見物する機会もそれなりに有る。だから決して初めて出会った客人への贔屓目などでは無く、単純にひたむきな彼女の動きを美しいと思った。だからその後に連れ立って出かけた散歩では終始機嫌が良かったのだが、りんどう色には毎日同じ調子でニヤニヤ笑いを浮かべている様に映っただろうか。時には雑貨屋の軒先で、時には花園の真ん中で、時には街から少し離れた西の丘で。いつだってお茶会に顔を出す男が本日招かれたのは、花びらのドレスが自慢の貴婦人が住む邸宅だ。)では御機嫌よう、マダム・ヴィオレット!次の手土産も、とびきり愉快な魔法をお約束しましょう!(余興の為に招かれた男は、務めを終えればマントの裾を翻して夫人へ挨拶し、邸を後にする。陽は傾き始めていたが、月が昇るにはまだ早い。だからスキップする靴先は迷わずむすめの家を目指したが、途中で擦れ違ったビオラ弾きの話に行き先を変えた。虹玻璃のすずらんが咲く場所は、”あの”鏡の森を越えた先だ。目印を頼りに行けば迷う事は無いけれど、客人たる彼女が間違えずに見分けられるかは分からない。まるで沈む太陽の様な心模様が、ざわりざわりと胸を騒がせる。軽い足取りはやがて急ぎ足に。暗く開かれた森の入口を見付ければ、一目散に飛び込んだ。枝を掻き分け、最初に見つけたのはいちご飴色の片足靴。そして、)……コユキ!(靴を拾い上げれば、そう離れていない場所に彼女の背中を見付けた。駆け足で傍らに近づくも、男の声はむすめの耳に届くだろうか。鏡の森はまやかし森。名を呼ぶ声が、もしも届かないのなら──)…きらきらひかる おそらのコウモリさん──(それは帽子屋が女王の御前で披露して、危うく首を刎ねられそうになった子守唄だった。歌詞の内容はともあれ、柔らかな旋律が気に入っていて耳に残っていたもの。まやかしに囚われた彼女を少しでも落ち着かせるものになればいいと、易しいリズムを口遊む。アンダンテよりものんびりと歌う声が彼女の気を引く事が出来たなら、目線を合わせながら声をかけよう。)大丈夫かい、コユキ。さ、ゆっくり深呼吸をしてごらん。焦らなくて良いよ。少しずつ、少ぅしずつだ。……できるかい?
ジェスター 2020/02/01 (Sat) 19:06 No.11
(いちばん技術のある者が、常に選ばれるとは限らない。巧いだけだと評価されない、稚拙でも不思議と愛される、どちらも是となるのがスポットライトの下のことわり。一般論としての優劣に加えて、スケジュールの都合や製作者の直感、共演者との相性、そういった無数の条件の折り重なった方程式がはじき出したひとりが、たまたま幸運なむすめであっただけのこと。選ばれるのも実力じゃないし、選ばれないのも実力じゃない。彼女たちだってわかっているはずだ。わかったうえで許せないのだと、むすめもまた、わかっている。)知ってるよ………だからもう、やめて………(華がない、経験がない、そしてなにより、才能がない。くりかえしこだまする声にあらがう懇願は弱々しく、ほとんど吐息だけでかろうじて空気を揺らしていた。顔をうつむかせ、両耳を手で塞いでいたならば、自身を探しに追ってきてくれた青年の声も、はじめは届かなかっただろう。けれど―――苛むこだまの渦にひとすじ、まるでヤコブの梯子みたいに、やわらかなメロディが吹き抜けたなら。)―――…、(おのれを呼ばう青年の碧に、むすめはようやく気付くのだ。たしかに絡むまなざし、けれどりんどうの虹彩は未だ仄暗く、怯えが色濃く宿っていた。)………ジェスターさん、 ……っ、(言われたとおりにしたいけれど、深く息を吸いこむ途中でヒュ、と喉がいやな音で鳴る。ただ呼吸することさえも満足にできない、ばくばくと弾む心臓が痛い。それでもむすめは懸命に、救世主の瞳をまっすぐ見つめて、)ジェスターさ、 わた、っ、 わたし………ちがうの……… 抜けがけなんて、枕、なんて、してない、知らない、本当に、知らないの、(訴えるのだ。おのれの潔白を。疑われてなどいないのに、記憶の鏡で混乱した頭は、青年の信頼を取り戻さなければと思い込んでいる。信じて、とすがる真っ青な顔ばせは、彼を戸惑わせてしまうだろうか。「ジェスターさん、」むすめはふるえる声で、赦しを乞う。)
コユキ 2020/02/02 (Sun) 22:15 No.32
(名を呼ぶ声に返る音は無く、鏡へ向けられた痛切な悲鳴がひどく苦しい。男が視線を巡らせても鏡には二人の姿しか映されていないから、一体何が彼女を苛んでいるかは分からなかった。けれど一切、何もが分からない訳では無い。交わったりんどう色が夕暮れの影より色濃く翳っているのを見れば、碧眼を俄かに鋭く細めたものの、すぐに口許を和らげて微笑みを宿した。懸命に伝えようとする声を拾い集めるように、うん、うんと頷いて。名を呼ばう声に乞われたなら、はっきりと告げよう。)ああ。コユキは違う。コユキは何もしてない。コユキはなぁんにも知らない。コユキが言うことは、本当だ。……信じるよ、コユキ。ボクは絶対に、コユキを信じる。(本当のところ、彼女が零す言葉は断片的で男には理解できない部分が多い。それでも心は伝わった。彼女が不安に苛まれている事。由無き咎に責め立てられている事。過去を持たない男には想像も及ばない何かが彼女の笑顔を奪っている事。幽かな声はまるで音叉の様に響いて男の胸を震わせた。だから響き返す言葉に迷いは無い。信じて欲しい。硝子の様に砕けそうな祈りを受け止める様に、男の唇は柔らかく弧を描く。)すまなかったね。何も見えないボクにとってここはただの森だから、気をつけるんだよって教えるのを忘れていたよ。さ、まずは外に出よう──失敬!(”ジェスターは何も見なかったの?良かったね!”そう教えてくれたのは絵描きのカメレオンだった。だからファンタスマゴリアを案内する日々で、彼女へこの森の事を伝え忘れたのは己の不注意と言えるだろう。しかし謝罪より先に、彼女を混乱から連れ出さなければならない。そう判断すれば、星を象ったマント留めを外して非礼を詫びる様にむすめへと声を掛けた。そっと肩へと掛けるのは、己が纏っていた宵色のマント。まやかしを映す鏡からむすめの姿を隠してしまうように羽織らせると、そのままマント越しに膝裏と背中に腕を回し、細くしなやかな身体を抱き上げようとした。靴が脱げているむすめを歩かせる心算は無かったが、叶わなければ手を引いてでも駆け出そう。)ボクが合図するまで目を瞑っていて。ボクの声だけ聴いていると良いよ、エトワール!(決して離さないと伝える様に、むすめに触れる掌にぎゅうと強く力を籠めた。きらきらひかる。むすめを苛む怖ろしい声から彼女の耳を覆う様に、小さな旋律を繰り返し唇に灯しながら森の外を目指した。──やがて森を抜け、夕焼け空の下に小さな切株を見付ければそこへ彼女を座らせようか。「もう良いよ、コユキ。」柔い声と共に、りんどう色を待ち焦がれる。)
ジェスター 2020/02/03 (Mon) 09:36 No.38
(冷えきった指のあいだを縫って響く、あたたかな声がむすめのこころを溶かしてゆく。たったひとつの椅子を奪いあう、ライバルたちの突き刺すような視線。みんながわたしを嗤うなか、このひとだけは、笑ってくれる。むすめのくちびるが途切れ途切れでも言葉を紡ぐことができたのは、その微笑みがともし灯になったからだ。暗がりを照らすあかり、悪夢から抜け出す道しるべ。だからこそ怯えてもいた。この灯を失くしたら、おしまいだ。もしもこのひとに信じてもらえなかったら、愚かだって思われたら、そのときは、わたしは、)―――……。………信  じ、…………?(どうか消えないでと両手をかざして守っていたひかりが、青年の言葉でまばゆさを増す。なんの迷いもなくまっすぐに、無条件に肯定してくれるその声の、なんて心強いことか。見つめるまなざしのエレクトリック・ブルーの、なんて清廉でやさしいことか。謝罪の言葉で、いつもどおりの微笑みで、体温の残る宵色で、むすめを信じる気持ちを惜しみなくそそぐ青年の献身が、むすめの思考にすこしずつ冷静さを与えてゆく。外に出ようと促されたなら、こくりと素直にうなづいて、きゅっと固くまぶたを閉じた。きらきらひかる。きらきらひかる。紡がれる音符だけを一心に聴いて―――。やがて、力の入らぬ五指で必死に掴む布が青年の着るシャツであること、そしてその胸に抱きかかえられた状態でいることをむすめがようやく認識したのは、まやかしの森を抜ける直前。途端に沸きあがるはじらいと動揺に小さく身じろいだのと、からだが切株へ下ろされたのとは、ほとんど同時のことだった。足裏に、やわらかな若草の感触。)………ジェスターさん、(おだやかな声に励まされ、伏せていた睫毛をゆっくりと持ち上げる。ふたたび青年を映した双眸は、疲弊と恐怖の残滓はあれど、平素の彩度を取り戻しつつあった。どうしてここへ?助けてくれた。あの森はなに?見えたのは? 記憶の支配から解放された脳裏に、尋ねたいことがいっぺんに浮かんでくる。戸惑うひとみで青年をじっと見つめ、数秒の沈黙。そうして最初にくちびるを割ったのは、)―――……、………歌詞間違ってない………?(なによりも後回しで構わない、どうにもくだらない疑問だった。それでもこぼれた声音は至って真面目で、ころころとした雨粒に似ている。ぼんやりとした、どこか寝惚けたような表情にも見えるのは、目を背けていた出来事の前に、無理矢理ひきずりだされたショックゆえだろうか。)
コユキ 2020/02/04 (Tue) 14:13 No.53
(ぽつりぽつりと零れる声は、若葉から滴り落ちて水面を揺らす朝露のよう。断続的で、ひとつひとつはとても小さいけれど、確かに心を震わせる波紋が届く。水際に触れたら淡く弾けて消えてしまいそうな、壊れやすい波紋を受け止める様に男は静かに頷いてみせた。)そうさ、何度だって言ってあげよう。コユキが言う事を信じるよ。ボクは、キミを信じる。(躊躇うこと無く告げる声が、夜に寄り添う蝋燭になれば良い。曇り無く明朗に告げる音が、寒さを遠ざける暖炉になれば良い。消える事無い灯火を翳るりんどう色へ贈る様にパチンと片目を瞬かせれば、花の茎のように柔らかく細い身体を抱き上げた。宵色で包み込んだ身体は予想よりも軽く、羽根のように風に攫われてしまいそう。きちんと男の身体に捕まってくれる指先さえ弱々しいから、決して腕の中から零してしまわないように強く両腕で抱え込む。外を目指す間、むすめの耳に残るまやかしの音が何処まで付き纏うのかが男には分からなかったから、切株が見えるまで歌を絶やす事はしなかった。そう長くない歌詞を何度もなぞって、リズムを刻む足取りをやっと止めた所でむすめの身体が動く気配には「落ちたら危ないよ」と耳元で囁きながらなるべく優しく切株へと彼女を腰掛けさせよう。──合図を受けて開かれた瞳は淡い青紫の彩が見える。ほっと緊張が解ける様な溜息を落とすも、さて何から伝えようかと男のお喋りもいっとき身を潜めていた。鏡の森について教えてなくってごめんよ。きっと怖い思いをしたんだろう。もっと早く見つけられれば良かったね。切株の正面で跪くように膝を立てて腰を落としながら、斯様な事を考えていたけれど。男の思考を破ったのは、むすめの唇から転がり落ちた音による。)………何だって!?(彼女の様子を伺いながら柔らかく笑みを浮かべていた目元が、口元が、衝撃を露にカッと開かれる。素っ頓狂な声が陽が傾く空へと高く響いていた。)そんな筈は無いよ、だってボクは女王の間で帽子屋が歌ったのを目の前で聞いていたんだから!間違っているというなら、キミが正しい歌詞で歌ってごらんよ!(思わぬ指摘に、あれこれと巡らせていた思考が駆け足で飛び出していってしまった。ベッドの中で微睡むようなふやけた顔をする彼女を覗き込む様に、ずいっと顔を近付ける。彼女が知る歌詞を聞く迄は引き下がらないと、子供じみた意地のようなものがじわじわとむすめへと迫っていた。夕暮れに染まる暖かな風だけが、どこ吹く風とばかりに二人の間を吹き抜ける。そよさやとそよぐ草葉が、むすめの足裏を柔らかくくすぐっていた。)
ジェスター 2020/02/05 (Wed) 07:51 No.63
(キミを信じる。なんのけれんもない青年のやわらかな声が、すとんとこころに落っこちてくる。周囲の鏡ではいまだ過日のむすめが急かされるように舞っているけれど、音も映像も、すこしだけ淡く、薄くなった。まるで怯えを持たない男を中心に、ひかりの帯がふたりを囲んで、それを嫌う悪夢が近づけないでいるみたいに。強く結んだまぶたの裏、自身を抱き寄せる青年のからだの熱さが頼もしい。素直に縋ることができたのは咄嗟のことだったからで、状況を自覚してしまったなら、ささやきが触れた耳朶はにわかに赤くなる。それでも反論が叶うほどの回復はしていなかったから、おとなしく切株におさまったのだけれど。)ひゃ……っ?!(なんとはなしに尋ねる言葉に、これまで大袈裟なくらいに柔い表情でおのれに接していた青年が、マロニエのりすにくるみをぶつけられたとき以上に調子はずれの声を響かせた。あんまり唐突なものだから、むすめも小さく悲鳴を上げてしまう。そんな筈は無い、目の前で聞いていたんだからと譲らない彼が、ずいずいと顔を寄せてきて―――結果としてそのちょっぴり強情な仕草が、むすめを悪夢のまどろみから完全に引きあげたと言えるかもしれない。まあるくなったりんどうの縁で、ぱちぱちと睫毛がせわしなく揺れた。)待っ、近、 ……わ、わかったってば。わたしが知ってるのは………、――「きらきらひかる おそらのほしよ」…――(歌うのはあまりとくいじゃない。普段だったら理由をつけて突っぱねていたかもしれない要求だったけれど、完全に押しに負けてしまった。ところどころかすれた小さなソプラノで、ゆっくりと紡ぐわらべうた。たった数節のそれを、こちらを見つめくるエレクトリック・ブルーを受け止めるようにしながら歌い終えれば、ふぅ、と小さく吐息をこぼして。)………わたしの世界では、こうだよ。こうもりは、出てこないの。(満足した?と尋ねるように首をかしいでは、「でもこういう童謡って、国によって歌詞が変わることもあるしね。」照れくさそうにそっと笑った。それから、背筋をすいと伸ばして、)また助けてもらっちゃったね。………ありがとう。ジェスターさん。(もう大丈夫。すっかり翳りの抜けた双眸で、安心させるようにひとつ丁寧にうなづいてみせた。)………さっき、森のなかで……日本が見えた。スタジオ……わたしがいつも、長い時間を過ごしてる場所。あの森は、日本と繋がって……、………。違う……あれは、……わたしの………?(しずかな声で、真実を問う。風にすくわれた黒髪がひとすじ、夕暮れ色を透かして舞った。)
コユキ 2020/02/05 (Wed) 14:10 No.67
…そうかい?よし、じゃあ早く聞かせておくれよ!(薫る風の隙間に響く悲鳴も聞こえないふりで、りんどう色を覗き込んでは強請る様に距離を詰める。さあ。さあさあ。ほらほら早く。瞬く瞳にはきっと、駄々を捏ねる幼子と等しく唇を尖らせる男の相貌が映ったに違いない。けれど了承の声が聞こえれば、あっさりと身を引いては近いと訴えられた距離を開ける。再びむすめの正面で跪く格好を取れば、ころりと弾む笑みを浮かべてみせた。飄々とした変わり身の早さはさぞ調子が良く見えただろうが、若草を揺らす風よりも優しい旋律が奏でられれば口端を持ち上げて静かに聞き入っていた。ほんの短い数節でも、夕暮れ空に灯る一番星のように確かに光る音色だった。穏やかな声に合わせて自然と身体を左右に揺らしていたが、歌が止めば惜しみない歓声を彼女へ捧げよう。)嗚呼、満足したとも!とっても素敵な歌だった!キミの歌の方がこのメロディーにはよく合ってるね。帽子屋なんかの歌詞よりずっとずうっと素敵だったよ、エトワール!(大きく首肯してむすめの花貌を見つめれば、柔らかく綻ぶような笑みが咲いていた。ああ、やっと笑ってくれた。薄っすらとエレクトリックブルーを細めれば、漸く色彩を取り戻したりんどうの花にこそ男は満足気に笑ってみせる。歌の一節を口遊める程に、彼女の憂いが遠退いてくれたならそれで良かった。だから男へ向けられた礼の言葉には、軽い黙礼を返して「どうってこと無いさ」と澄ました笑みをひとつ。しかし落ち着いた声が疑問を呈するなら、夕焼け空に踊る影糸をそっと眺めながら口を開こう。)あの森は鏡の森と言うんだ。ほんとうを映す鏡は無くて、入った者の記憶でまやかしを映すのさ。他の誰にも見えないけれど、その人にとって思い出したくないまやかしをね。……ごめんね、コユキ。ボクには何も見えないから、鏡の森には気をつけるんだよって教えるのを忘れていたよ。(長い時間を過ごしてる場所と彼女は言った。彼女が見たまやかしが一体どのようなものだったかを聞く心算は無かったが、其処が彼女を責め立てる場所である事だけは先程の様子から想像が出来る。どれ程の不安が彼女を苛んでいたのかと思うと、やはり先に鏡の森について教えるべきだったと反省の念で視線を下に下げていた。俯く眼差しが、むすめの爪先を捉えたなら「おや」と小さく声が漏れる。)これはいけない、鏡を踏んだのかな?痛くないかい、コユキ?(夕闇に暮れる中でも色合いの違う爪先が見えれば、怪我をしたのではないかと伺う様に彼女の顔を見上げる。痛みを堪えてはいないだろうか、そう確かめる様に真っ直ぐにりんどう色を見据えた。)
ジェスター 2020/02/05 (Wed) 22:40 No.71
(くちびるを突き出してみたり、かと思えば上機嫌に瞳を細めてみたり。万華鏡のようにめまぐるしく変化する表情に、彼のなかの少年を見る。ひどく気まぐれだし、与えられる称賛は大袈裟で恥ずかしい。けれどその屈託のなさがあったからこそ、この世界でも自暴自棄にならずにいられたのだと思う。こちらの不安を和らげるためにわざとあかるく振舞っているのか、それとも根っから陽気なのか。どちらでもいい。その無垢な笑顔がむすめにとっての救いであることには変わらないのだから。)鏡の森。思い出したくないまやかし………。……ううん、ジェスターさんが謝ることじゃないです。勝手に出歩いたのはわたしだし、たぶん、途中で道を間違えたの。(謝罪の言葉に首を振りながら、「何も見えない」の真意を考える。思い出したくないことが、ひとつもないって意味だろうか。たしかにファンタスマゴリアには、妬みも嫉みもなさそうだけれど。―――それ以上踏み込んでこない青年の優しさに甘えて、"まやかし"のことはしまいこんでしまおうと思った。聞かせるほどの話でもない。けれど、)……え? ああ、これは……違うの。鏡じゃなくて、………。(でたらめに走りはしたけれど、躓いただけで転倒はしていない。ゆえに問われたなら一瞬不思議そうな表情をしたけれど、彼がその疑問に至った理由を把握すれば、もじもじと恥ずかしそうに足先をまるめるのだ。まめがいくつも潰れた指先。この見苦しい足を勲章だと思えるほど、自尊心の高い女ではない。逡巡ののち、そっとくちびるを開く。)………わたしね。元の世界では、ダンサーをやっているの。万年端役だったんだけど、偶然、主役をさせてもらえることになって。(そこで一度言葉を切ると、睫毛を伏せて足元を見つめて。)わかってるの。主演の器じゃないって。華も才能もない、技術もない。きっと”こなす”ことで精一杯だって、わたし自身もわかってる。だからみんなが配役に納得できないのも、そうだろうなって、納得してた。……つもり、だったんだけど。(「"まやかし"になるほど堪えてたんだなあ。」他人事のようにあっけらかんとした口調で、眉を下げてちいさく笑う。)………はじめての主演なの。嬉しいけど、すごく怖い。落ち着かないの。それで……ちょっと、踊りすぎちゃったのかな。この傷は、そういう傷。慣れっこだから、痛くないよ。(その言葉を証明するように、むすめは立ち上がるとくるりと舞う。グレージュのスカートが風を含んで膨らんで、ちりばめられた星くずをちらちらと瞬かせた。1回転した踵が揃えば、自然と青年の正面に立つ格好になる。)ね。(と小さく首をかしぐと、さらりと柔く微笑んだ。)
コユキ 2020/02/06 (Thu) 16:24 No.79
(まやかしの森について反芻するむすめの声に震えは消えている。しかし鏡を前にして、青褪めた顔で男を見上げたむすめはまやかしでは無かったから、ころころと笑う碧眼の奥には未だ窺いの色が潜んでいたけれど。)きっと目印を通り過ぎてしまったんだろう。ただでさえ鏡が多くて迷いやすいからね。(大した事じゃあないさと告げる軽い口振りは、決して彼女を責めはしない。何せむすめはまだ五日間しかこの世界を知らないのだから。そんな彼女に怪我を負わせたのなら却って申し訳無いと思ったが、ねぼすけ芋虫よりも小さく丸められる爪先と声音に不思議そうに首を傾いだ。──天高く輝く月の輪を辿るような柔らかい指先。草花を撫でる風のように流れる足先。瞼を閉じずとも直ぐに思い起こせる繊細な踊りが、自らの足許を見つめて笑うむすめの姿に重なる。元の世界での彼女の生業に納得するように頷いていれば、目の前でちらちら瞬くつむじ風が舞った。むすめを包むように拡がる星屑がきらきらひかる。滑らかな動きは彼女の身に馴染んだものであることは明白で、星屑の先に見上げた彼女の落ち着いた微笑みは積み重ねた経験を裏付けているようだった。だから、少なくともたった今作ったばかりの傷ではないと知って安堵に似た溜息をひとつ。続けて、男は讃えるような微笑みを唇に灯す。)コユキは踊る事が大好きなんだね。初めに会った時もそうだったよ、まるで踊れる事が嬉しいっていう風にキミは笑っていた。フフ、それならキミの足は、コユキにとって宝物の足なんだね!(何度もターンを描き、幾度もステップを刻んだ足なのだろう。一朝一夕には身に付かない術を知る足を誇らしいと笑ってみせるが、「だけど」と少しだけ低い声音が夕暮れに染まった風に乗る。)その宝物がコユキを笑わせてくれるなら、大切にしなくちゃいけないよ。慣れっこだとしてもね。(慣れる事と痛みを感じる事はきっと別だ。まやかしを見ない男には彼女が抱く不安も恐れも全てを理解する事は出来ないが、大切なものを慈しむ事は出来る。漸く笑顔のかけらを取り戻した彼女へ、打ち明け話をするような密やかさで囁いて笑ったなら「さて!」と大仰に声を張り上げよう。)それじゃ虹玻璃のすずらんを見に行こう!夜に見ると、昼に浴びたお日様の光を灯してもっと綺麗に咲くんだ。さ、足を出してごらん、コユキ!(むすめが見回したなら、鏡の森を抜けた先はファンタスマゴリアの街へ至る道ではなく、広い草原が続いていると気付くだろう。ただ街へ戻るなんて面白くない、きちんと目的を果たさなければと陽気に笑う男は彼女の足許に手を差し伸べていた。彼女が落とした靴は男の手の中に在る。履かせてあげると促す笑顔はまっさらなものだけど、「それとも、また抱えてあげようか?」と零す声は真心と悪戯心が隣り合わせだ。)
ジェスター 2020/02/07 (Fri) 11:33 No.90
(仲間の視線がおそろしかった。舞台のまぶしさがおそろしかった。泥沼にいるみたいに動かないからだ、観客席からの落胆の声、背筋が凍る感覚に飛び起きた朝もあった。鏡の森はまやかしの森、迷い込んだ人間の心の暗がりを餌に肥大化する。仕組みがわかれば合点がいった。お見通しなんだって感心の念すら抱く。だっていちばんうるさかったのは、自嘲するわたしの声だった。時機を見極めて身を引くだけの潔さもなく、かといって自分を信じてやることもできない。夢の亡骸を胸に抱くいつかに、怯えながらも踊り続けているわたしの声だったから。――まいったなあ、と苦笑いする自分を、青年が見つめているのがわかる。気まぐれを装って星くずを散らしてみせたのは、これ以上の心配をかけたくないという気持ちもあってのことだった。)―――……。………うん、……そう。そうだね。わたしは踊ることがすごく好きで……この足のことが、すごく、たいせつ。(話を聞いたのがわたしなら、どんな言葉を選んだだろう。自信を持って? 上手にできるよ? 鼓舞するようなそれらではなく、大好きなんだね、という肯定の言葉をごく自然に紡いだこのひとは、底抜けに優しいひとだと思う。薄く浮かべた笑みはきょとんとした表情に変わり、それからまた、微笑みに還るだろう。言葉のとおり大切そうに、両手で包みこむみたいな声で頷くむすめが踊りを愛する気持ちだけは、まごうことなきほんものだから。)………。ジェスターさん、おじいちゃんみたいなこと言うのね。(平素より低く響いた声にどきりと胸が鳴いたのは、宝物をぞんざいに扱うことを咎められたゆえか、あるいは。すっかり調子を取り戻した減らず口でいなしながらも、「なんてね。」とほんのり口角を上げたなら、)ジェスターさんの言うとおりだね。自分の丈夫さを過信せず、極力痛めないように練習することにします。(ぴっ、と切れのよい敬礼をしてみせよう。一旦はぐらかした代わり、これまでよりも素直な声音で。そうして。)あっ……?そう、そうだ、わたし虹玻璃のすずらん、探しに来たんだった。ジェスターさん、ロンに聞いたの?(青年の言葉に当初の目的を思い出したなら、ぽんと両手を軽く合わせた。履かせてあげる、と靴を片手に向けられた笑顔、次いで提示される選択肢には、先ほどのことを思い出してむぐ、と頬を赤くする。けれど、そこで黙りこむほど初心なむすめでなければ、)お姫さまだっこじゃなくて、おんぶがいいなあ。ジェスターさん、腰痛めても知らないからね。(挑発的な笑みを浮かべて、その悪戯に受けて立つのだ。もちろん冗談半分だから、青年の反応なんてさして待たずに、さっさと歩き出してしまうかもしれないけれど。)

(陽光を抱く虹玻璃のすずらんを目にしたなら、むすめはその美しさに息を飲むだろう。やわらかなひかり揺れる幻想の宵空舞台の片隅で、ひそやかにステップを踏むこともするかもしれない。それは今宵、この場所だけの踊り。とびきりやさしい碧眼の奇術師。ジェスター、―――あなたのためだけにささげる、エチュードだ。)
コユキ 2020/02/07 (Fri) 19:05 No.92
(あえかに瞬く星明りよりも弱々しい笑みを見つめると、そっと口端を釣り上げて笑う。夜空を満たす月光が冴えていれば霞んでしまいそうな弱さだけど、確かに瞬く優しいひかりは彼女の内面に瞬くものの現れだろう。記憶が齎す不安や恐れは未だ消えてはいないだろうに、それでも微笑みを宿せるような灯火を想う。)うん、それはとても素晴らしい事だね、エトワール。大好きって言えるような、大切なものを持っている。キミをそんなに素敵に笑わせてくれるものが、しっかりと有るんだから。(淡い驚きに蕾が丸くなったかと思えば、やがて綻ぶりんどう色の可憐なことよ。真面目でしっかりとした面が前に出る彼女にしては、どこか稚くも思える純粋な笑顔を見つめながらフフフと密やかな笑みを浮かべる。胸に抱く”大好き”がほんものであるなら、何よりも大切にして欲しかった。だからつい零してしまったお節介だったがむすめが告げた形容には「おじいさん?」と疑問符を宿そうか。だけど彼女が冗談めかした口振りだったから、軽口の類だろうと受け止めて男もニヤリと笑い返した。トランプ兵のような敬礼を受ければ「分かればよろしい!」と偉ぶるのは女王の真似だ。二人きりの草原ならば不敬を怖れる事も無い。そして彼女が目的を忘れかけていた様子であれば、おやおやと呆れを装った嘆息を零した。かと思えばすぐさま背筋を伸ばして、こう続けるのだ。)”だってアリスがあんまり楽しそうに踊ってくれるから、お礼に素敵なものを教えたかったんだ!”そう聞いたからキミを探しに来れたのさ。(ビオラを弾く仕草でおどけてみせれば、誰の真似をしているかは伝わるだろう。鏡の森へ到った経緯を明かせば、ニィと歯を見せて笑っていた。)後でロンにありがとうって言う為にも、ちゃんと見に行かなくちゃね!(さぞ正当な理由が有るかのように宣ったなら、むすめに足を出すよう催促しよう。いよいよ地平へ沈む夕陽の下で口籠る彼女の顔を眺めていたけれど、挑戦状を頂戴すればまるで口笛を吹くかのように楽し気に唇が結ばれる。)おんぶが良いなんて、意外と甘えん坊さんだね、エトワールは。(からかう声にしては幾らか甘い音を捧げながら、恭しく彼女の足へといちご飴色を差し出そう。むすめの足首に己の手を添えて、爪先が靴の中へと収まれば──直ぐには手を離してなんてあげない。)キミの宝物に魔法をかけてあげる!(彼女の抵抗が無いと信じ切っている不届き者は、弾む声で告げるとむすめの足首に何かを結び付けた。男が手を離せば、そこに宿るのは薄紫のリボンに白菫の花がチャームとなって揺れているアンクレット。マダム・ヴィオレットご自慢の花びらコレクションから「どうぞアリスに差し上げて」と預かった代物だ。ブレスレットとして譲り受けた気もするが、きっと彼女には足首の方が似合う気がしたから。これで良しとばかりに機嫌良くむすめの足を解放すれば、今度こそ虹玻璃を目指して進むとしよう。リクエスト通りおんぶを実行したか、はたまた先行く背を追う形になったのかは、彼女だけが知っている。)

(丸い花弁に陽光を溜め込んだ小さなすずらんは、まるで夜を照らすランプの様に暖かく咲いていたことだろう。虹玻璃の美しさに息を呑む横顔を満足気に眺めていたが、たったひとりの観客に選ばれたのなら今度は男が息を呑む番だ。軽やかに羽搏くような優しいステップを照らすのは柔らかなスターライト。このやさしいひかりが、いつまでもキミを照らし出してくれればいい──。祈りを託した拍手が、宵空の下で響いていた。)
ジェスター 2020/02/08 (Sat) 00:29 No.100
Log Download