(露わになった“御御足”は女性的でありながらしなやかな曲線を描き、足首に至っては容易に捕まえられてしまいそうなほど細い。男の身長に比例した掌と比べると精巧に造られた人形のようにも思える其れを、とりわけ丁寧に丁重に扱った。かと言って過剰に臆病になる風でも無く、床板に膝をついたまま相手の足許へと擦り寄り、患部を固定するように膝裏の窪みへそっと指を差し入れる。作業に集中していた眼差しを上向け、)“さみしい”……(唇の裏側で呟いた。初めて耳にする単語のように、どことなく放心した響き。付け足された一言に慌ててふるりと頭を振る。)……町の方々も森の皆さまも、私にとてもよくして下さります。私にとってはそれが何よりの幸いでございました。足りていないものなど、考えた事も……。(低い声で率直な心情を吐露するほど、目線は心許なげに沈降していった。己が“さみしい”のか、満たされていないのか、彼女に問われるまで考えてみた試しも無かった。ファンタスマゴリアは幸いと祝福に溢れていて、男は今の暮らしより他の生き方を知らないのだから。加えて他人に何かを求める事にも不慣れであれば、吸い込んだ酸素も行き場を失い結局口篭る。沈黙を誤魔化す風に、薬箱の中身を探る小さな物音が手元で鳴った。平坦な声色を耳にして「まさか、」と跳ね上がった語気すら、後に続く台詞を持たない事に気がつき打ち止めを食らう。)何故……そう思われるのでしょうか。貴方様がいらっしゃらない方が、向こうの世界の方々は喜ばれると?(一瞬迷った後、踏み込んだ。会話を続ける意図もあったが、純粋に彼女の事をより深く知りたかった。知りたい。もっと見たい、彼女の奥の奥を。一方で、必要以上に神経を刺激しないよう、絶妙な力加減で冷たく湿った繊維を患部に数度触れさせる。慎重に目を細め、傷口の状態を確認してから、手にしていた道具を薬箱の蓋に置いた。向け直した面差しは、複雑な苦笑に歪んだ風。)ルカ様のために首を差し出せるならば本望ですが、美しいお姿を拝見できなくなるのは難儀でございますね。貴方様との出逢いが、このような形でなかったら……(言葉を切る。血は既に止まっているようだが、念のためハンカチを裏返して細長く畳み、被覆の要領で彼女の膝に括りつけようとする。膝の外側で布の端をずり落ちないよう結んだなら、熱を帯びる瞳の行く先は膝から脹脛へ。滑らかなミルクを思わせる素肌に触れた事のある男は、自分以外に何人いるのだろう。)……貴方様のお傍にいると、自分が強欲な人間になっていくようでございます。(思惟に耽るような神妙な面持ちを数秒続けた後、宝石を手にするような恭しさで脹脛の膨らみに両手を添え、傷一つない脛におもむろに唇を寄せる。何かのまじない、或いはマーキングのように口付ける事が叶うだろうか。はたまた文字通り足蹴にされるか。いずれにしても男にとって“褒美”になる事に変わりはない。顔を僅かに離してから、妙に冴え冴えとした視線だけで主人を見仰いだ。)お仕置き?(先の己の言動を思い出し、命令を待つ犬よろしく続く言葉に従順に耳を傾ける。“お仕置き”の内容がどのようなものであるにせよ、男は盲従の悦びを湛えて肯くだろう。結局のところ、彼女に望まれ命じられる事こそが、今の男にとって何よりも重大な望みであるのだから。)
ヨハネ〆 2020/02/10 (Mon) 22:59 No.103