(むかぁしむかし——と始まるおとぎ話のお決まりがそうであるように、“アリス”はずいぶんと早く世界に馴染んだ。何か知りたければおさげのあの娘に問うて、助けてほしければ—それから、会いたいなと思えば—エースの名を呼んで。このワンダーランドでは困り事すら微笑ましいみたい。そう思うのはきっと、そのそばに彼の姿があるからだ。そんな風にこころにぽうと光が灯るたび、もっと世界を知りたくなってゆく。いつか覚める夢だとしても。これはアリスがひとりでだって街を歩けるようになったころ——迷い込んで5日が経ったころのおはなし。)ドードーちゃん。どうやって用意してくれてるの、この服。「今まででいちばん好き!」って毎日思うわ……(今日袖を通したのは、前立てに花柄の透かしレースをあしらったロングパフスリーブの白いブラウスに、深い緑のコルセットスカート。ウエストに編み上げたリボンにも、長くふわりと靡く丈にも、うっとりしてしまう。好きな服が着れるのも、この世界の好きなところのひとつだった。おさげのその子の不器用な謙遜に途切れ途切れについてきたのは「きっと、ヒノイロ花の髪飾りが似合いそうです」という言葉で——街に散歩に出た最中、ふとその言葉を思い出したのは、緑の小道を見つけたからだった。似合うと言ってくれた火の色を見つけられるかしら、ふらりと迷い込んで——木々、のようなものは増えるけれど、視界から緑は減ってゆく。見上げると実っているのはいつかの可愛らしく赤い果実なんかでない、つめたくきらめく、鏡?いや、これは——?)ーーっ、!?(にわかに頭に流れ込むノイズに頭をおさえ頽れる。『みことちゃんってぇ、』『背ぇまた伸びたの?(笑)』『カッコイイ〜』『あいつだろ、女子が言ってるのって』きゃらきゃらの高音からひそひその嘲笑までぜんぶぜんぶぜんぶ、紛れもない現実のそれ。聞いたことがある。やめて。——やめて。『王子様って感じ』お姫様じゃなくって?『似合わねーな』制服のスカートですら?『えっ、そういうの好きなの?』だいすきよ、ずっと。 いつかの言えなかった言葉はノイズにすらならず、内側から蔓のように心臓に巻き付くよう。戸惑いに顔をあげると、鏡にうつるのは) !? あ、ぁ……(ピンクのポーチは引き出しに仕舞った。似合わないと言われたロングヘアを切った。部屋に友人は呼ばないと決めた。私服の殆どがパンツになった。好きなものを好きと、言えなくなった。そんないつかの自らのひどいかおに囲まれた、深い森の底。わかってる、日々に毒のかけらは溢れていたって、いつもとどめは自分でさした。首元までおりる手で、肌に爪を立てる。)……やだ、もう、いや、(悲痛なつぶやきがこぼれおつ。俯き涙を落とすかんばせも、映るそれらときっとよく似て——大好きな服を着てるのに、自身の呪縛が私を覆う。ぐ、と噛み締めた唇じゃあ、あの名前だって呼べやしない。)
ミコト 2020/02/01 (Sat) 20:26 No.15