Mome Wonderland

幼い日々のよろこびの巣
魔法のことばに確と捉えられて 嵐の咆哮もきみの耳には入らない

〈しあわせな夏の日々〉はやがて過ぎ 夏の輝きは色褪せるさだめ――
よしや 溜息のかげがちらちら 物語のなかに仄めいたとしても
僕らのおとぎ話のたのしみに そんなものが厄ひとつもたらせやしない

――Lewis Carroll
“Through the Looking-Glass, and What Alice Found There”
 ファンタスマゴリアへ迷い込んでから、およそ5日程度。…未だそれしか経っていないの?と吃驚してしまうくらい、何だかんだでここの生活に慣れ始めている自分がいた。お喋りする草花や動物、翅の代わりに花弁を羽ばたかせる蝶、“お誕生日じゃない日”のお茶会……不思議なことはたくさんあるけれど、辛いことはひとつもない。
 思えば、それが一番不思議ね。病気も災害もなければ、国全体が仲良しだから戦争も存在しないなんて。理不尽に怒鳴る人もいないし、誰かを邪魔者扱いする悲しい風習もない……まあ、女王さまはちょっと例外みたいだけれど。ここではみんな、日々を楽しくするために生きているようだった。

 そう、辛いことはひとつもない、――と思っていたから。だから、もしかすると油断していたのかもしれない。ちょっと散歩してくるだけのつもりだったのに、どうやら迷子になってしまったよう。今歩いているのは一体どこなのか、どうすれば元の場所に帰れるのか。どこかの森だということはわかるのだけど、それ以外のことがさっぱり。

 だんだんと暗くなってゆくのは日暮れの兆しか、この森がそういう場所なのか。
 寄る辺なく周りを見回していたら、樹の一本がきらりと光って……鏡のように、実像が映し出された。見知らぬ森の中で戸惑う今の姿ではなく、いつかに経た過去の記憶。
 わたしの知人、わたしの学校、わたしの日常。置いてきたはずの“現実世界”で起こった出来事が不意に、忘れかけていた“心の隙間”から入り込んでくる。

 目に飛び込むのはよく知る誰かの嘲笑か、いつか訪れた永遠の別れか、わたし自身の情けない失態か。
 耳に雪崩れ込むのは理不尽な叱責か、信頼していた友達の陰口か、自分で発してしまった取り返しのつかない失言か。
 ともかく二度と振り返りたくなかった辛い記憶ばかりが、容赦なく心を叩いてくる。どちらを向いても、まるで時を逆巻かせて再生したかのように鮮やかな映像が映り込む。堪らなくなって目を閉じても、声や物音まで緻密に再現されてしまう。更に、耳を塞げばそれらの音は音量を増す始末……どう足掻いても全てを遮断はできず、逃げようにも道がわからない。文字通りの、八方塞がりだった。
 滅多打ちにされる心は、なすすべなく苛まれてゆくばかり。そのまま耐え切れなくなって、心身ともに崩落してしまうかと思った時。

――おいっ、大丈夫か!

 まやかしの映像もノイズも突き抜けて、まっすぐに届いたのはあなたの声だった。

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本イベントにおいて、“アリス”が迷い込むのは「鏡の森」。名の通り、草木も地面も何もかも鏡で出来ている森です。入り込んだ人の姿形ではなく、その人が抱えた記憶を引き摺り出して映す魔法の鏡。殊に辛い、悲しい、思い出したくない、そんなマイナスの記憶はよく映ります。
“アリス”の場合も同様に、最も思い出すのが辛い記憶が映ってしまいます。ずっと昔の出来事か、まだ傷口が新しい最近の記憶か。その際の反応はお任せ致しますが、視覚・聴覚に訴える情報とは克明なもの。胸奥に押し込めている間は平気でも、今一度眼前に突きつけられれば人の心は存外堪えるものではないでしょうか。
青年は、そんな“アリス”を迎えに来てください。森へ入っていくのを遠目から見掛けた、住民から彼女の行方を聞いた、ドードーが彼女を心配していたなど、辿り着き方はお任せ致します。あなたもファンタスマゴリアの住民なので「鏡の森」がどういう場所なのかは知っていますが、怖いことはないはずです――なにしろ、鏡に映るべき記憶そのものが無いのですから。

森の中にいる限り鏡は“アリス”を苛み続けますので、解決策としてはまず森の外に連れ出してあげるのが一番かと思われます。が、その辺りも皆さまの反応やお心次第です。“アリス”もまた、突きつけられた記憶について青年に話すか否かは自由です。
今日も良き一日をお過ごしくださいますように。

【開始】女性 【場所】鏡の森
【時間】夕刻(日没前) 【期間】02/01~02/07