Mome Wonderland

夢かうつつかわからぬままに ふたたび下へと滑り落ち
重さに引かれ坂から坂へ 目もくらむほど真っ逆さまに
ふもとの野辺へ落とされた

「ええその通り 不可思議ですよ
 つまらない嘘みたいですが でも本当に本当のこと――」

――Lewis Carroll “Phantasmagoria”
 いつもと何ら変わらぬはずの、平和な一日が更けゆく頃。何の気なしに見上げていた宵の月から、見知らぬ娘が落ちてきた。
 如何なる不思議もまかり通るはずのワンダーランドとて、これは流石に奇異なる事態だったらしい。目が合った娘と言葉を交わす暇もなく、異変に気付いたらしいトランプ兵達に取り巻かれ――何故か、発見者である僕もろとも捕まって。あれよあれよという間に女王の城、謁見の間へ引き摺り出された。

 小さな身体で玉座に居住まいを正して、基ふんぞり返って僕達を見下ろす赤の女王。
 彼女が統治するファンタスマゴリアはその配下、純然たる国民のみで秩序を保つ世界である。国から出ていく者が居ない代わり、外界から民を受け入れないことは僕も知っている。が、それにしても。

余所者の侵入をひとたび赦し、徒に民が増える切っ掛けにでもなっては困る。その者の首を刎ねよ!

 あまりにもあんまりな理由だった。横暴にも程がある、可哀想だ。と僕の良心はしきりに声なき叫びをあげるけれど、女王の理不尽は今に始まったことではない。常識やモラルなど、彼女の前では無力なもの。僕のような下々の意見なんて、にべなく跳ね除けられるのが関の山だ。
 助け舟を出せる者が居るとすれば、ただひとり。そのひとりが口火を切るのを此度も、密かに、無意識に待っていた。

お待ちください」――願いが通じたかのよう、恐らく頃合いを見ていたのであろう声が冷静に申し述べる。女王の傍らに控えていた、静かな佇まいの従者。ナイトメアだ。
 彼は文節ごとに絶妙な間を置き、幼い少女に傅きながらも教え諭すような口調で語りかけ始めた。曰く、月は太古より変化の象徴として世の理を描いてきた。また豊穣を司り、あらゆる命を産む源とも崇められてきた。よってそこから迷い込んできた命があらば、殺めるよりも然るべき場所へ帰した方が安全であろう……と、概ねこんな所だ。

それに女王陛下は常日頃から、変わらぬ日々に退屈を覚えておいでとお見受け致しました。この娘の来訪も、捉えようによっては良い退屈しのぎとなりましょう。
ふうむ……なるほどのう?

 終止符とともに納得がいった様子で頷き、割と柔軟に意思の舳先を変えようとする女王。この光景ももうすっかりと定番じみていた。不変の信頼関係、というものか。同じことを他の住民、例えば僕が言った所で何の意味も成さないような気がする。
 などと最早他人事めいて思いをくゆらせていたものだから、咄嗟には理解が及ばなかった。女王が手にしているハートの王笏が、いつの間にか真っ直ぐに僕を指していたことにも。その意味にも。

月から降ってきた娘を、初めに見つけたのはそなたであったな? よし。出会ってしまったのが運の尽きとでも思って、戻り方とやらを一緒に探してやれ。

 ……何を言っているんだこの女王。
 仰せの通り、僕はたまたま彼女と“出会ってしまった”だけだ。そもそも一緒に捕まったのも半ば巻き込まれ事故なのに、女王の中で何がどう“よし”と判断されたのだろうか。
 訝しさから無意識のうちに眉を顰めていたらしく「面倒そうな顔をするでない!」と一刺しを頂いてしまった。

よいな、月が消えるまでじゃ。今宵の天満月から数えて、おおよそ十四回ほど日を数える頃になろうかの。それまでに戻り方を見つけ、娘を元の世界とやらに送り返すこと。
 もし期限に間に合わぬようなら……ましてや、わらわの命令に背きでもしようものなら。その娘とお前と。両方を打ち首にした上で、ふたつの首をボールにクリケットと洒落込もうぞ?


 可憐な女王は花顔いっぱいに無邪気な笑顔を湛え、この上なく悪趣味な提案をしてきた。
 ここファンタスマゴリアで、実際に彼女の機嫌を損ねて首を奪われた例は聞かない。が、恐らくただ単に偶然が重なって前例が生まれなかったに過ぎない。現に女王の目は本気、のような気がした。
 面倒だろうと不条理だろうと何だろうと、選択肢など初めからない。恭しく頭を垂れて、本心はどうあれ諾と肯いた。

 ――…と、ここまでが昨夜の出来事。
 物騒な命令に、娘は息を呑んだだろうか。恐ろしさに涙したか、何を理不尽なと憤ったか。
 いずれにしても命令から逃れる手立てはないし、彼女だって帰る場所があるなら帰りたいはず。
 僕も首が飛ぶのは避けたいから、とりあえず行動を共にするしかなさそうだ。

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ファンタスマゴリアへ迷い込んだ“アリス”が青年と出会った夜、二人は初めましての挨拶もままならず女王の城へ連れてゆかれます。我が侭放題の女王から下された命令は「月が消えるまでに二人で“アリス”の帰還方法を見つけ、元居た世界に送り返すこと」。できなければ首を刎ねる、という物騒かつ理不尽な条件付きですが、逆らったところでただ打ち首が早まるのみ。各々がどんな反応を示そうと、最終的には二人で解決の糸口を探す他に道はないと突きつけられるでしょう。
“アリス”は城の近くに小さな家を宛がわれ、帰る方法が見つかるまでは一先ずそこで寝泊まりするよう言い渡されます。

1stイベントは、そんな怒涛の夜が明けた「出会いの翌朝」。邂逅したその日は女王のせいでろくに会話もできずに終わってしまいましたので、きちんと言葉を交わすのはこれが初めてとなります。
青年は自ら“アリス”に会いに行くか、各々好きな場所で過ごしている様子を描写してください。
“アリス”は青年が訪ねてきた場合、それに対するレスポンスから物語を始めていただきます。屋外にいる時に偶然出くわす、住民に居場所を聞いて会いに行く等も可能です。レス内において、何らかの形で青年と接触してください。
なお、ファンタスマゴリアの施設は自由に設定可能ですが、国の外へ出ることはできません。

思いがけず出会い、当人達の意向とは関係なく運命共同体になってしまった二人。
お互いのことを知る第一歩として、どうか良き一日をお過ごしくださいますように。

【開始】青年 【場所】ファンタスマゴリア内どこでも
【時間】午前中 【期間】01/26~01/31